増田貴久さんの歌声は、デビュー当初から単純に太くなったのではありません。
人数が減るたびに歌の中で空く場所が増え、その場所を埋めるように、ハモリの声から主旋律を背負う声へ変わってきました。
2003年には大人数の一人、テゴマスでは相手を支える一人、3人体制のNEWSではグループの歌を守る一人でした。
2025年の初ソロアルバムと2026年のカバーアルバムで、増田さんはついに一人で主旋律、ハーモニー、ラップ、過去の名曲まで引き受けます。
歌声の変遷は、声質の変化というより「歌の中で任される面積」が広がった歴史です。
- 2003年、大人数のNEWSでは「目立つ声」より一音を揃えることから始まった
- 2006〜2014年、テゴマスで「相手を聴く声」が増田貴久の看板になった
- 2012年、4人体制のNEWSでハモリの人が主旋律の柱へ移った
- 2017年、「U R not alone」で声は観客とグループをつなぐものになった
- 2020年、3人体制で「歌う場所」ではなく「歌を守る役」が増えた
- 2023年、20周年で過去を守る歌から「3人の今」を肯定する歌へ
- 2025年、「喜怒哀楽」で初めて自分の声だけを相手にした
- 2026年、カバーアルバムで「自分らしさを足す」より原曲と向き合った
- 変わったのは声の強さ、変わらないのは「自分だけで完成させない」姿勢
- まとめ
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2003年、大人数のNEWSでは「目立つ声」より一音を揃えることから始まった
NEWSは2003年に結成され、「NEWSニッポン」でデビューしました。
当時は9人で始まったため、一人が長く主旋律を担う現在とは歌の作りがまったく違います。
短い歌割りの中で自分を印象づけながら、ユニゾンでは大勢の声へ溶け込む必要がありました。
デビュー期の増田さんを、現在のようなグループの歌唱の軸として見るのは早計です。
むしろ、この時期に覚えたのは、声を前へ出すことと同じくらい、他の声とタイミングや語尾を合わせることだったと考えられます。
後にハーモニーで評価される土台は、大人数の中で自分の音だけを大きくしない経験から始まりました。
2006〜2014年、テゴマスで「相手を聴く声」が増田貴久の看板になった
2006年に手越祐也さんとのユニット、テゴマスがスウェーデンで先行デビューし、日本では「ミソスープ」で活動を始めました。
ここではNEWSの大人数ユニゾンと違い、二人の声の距離がむき出しになります。
一音ずれれば分かり、片方が強すぎても歌の形が崩れる環境です。
ライブ記録では、短い確認だけで伴奏なしのハーモニーを始めたことや、音を探る間を見せず二声を作ったことが語られています。
手越さんの華やかで前へ飛ぶ歌声に対し、増田さんの柔らかく包む声が重なるという受け止め方も広がりました。
ただし、増田さんは静かなハモリ専任になったわけではありません。
アップテンポでも音を保ち、相手が主役になる瞬間には支え、自分の歌割りでは曲の温度を上げる必要がありました。
二人で歌う時代に、声の大きさではなく役割を変える能力が磨かれます。
2012年、4人体制のNEWSでハモリの人が主旋律の柱へ移った
2012年、NEWSは小山慶一郎さん、加藤シゲアキさん、増田さん、手越さんの4人体制で再始動しました。
大人数の一部だった歌割りは、4人それぞれの声をはっきり聞かせる形へ変わります。
「チャンカパーナ」は、その新しいNEWSを広く印象づけた曲でした。

人数が減ると、一人が休める時間も、他の誰かに任せられる音も少なくなります。
テゴマスで身につけたハーモニーの感覚は、ここでグループ全体の歌を支える力へ変わりました。
相手の声へ合わせるだけでなく、自分が主旋律に立った時にも次のメンバーが入りやすい声を渡す役目が増えたのです。
2017年、「U R not alone」で声は観客とグループをつなぐものになった
4人体制の中期を代表する一曲が「U R not alone」です。
この曲は、完成した歌を観客へ見せるというより、会場全体が同じ言葉を歌う場面を作る曲として育ってきました。
増田さんに必要なのは、自分だけが美しく歌い切ることではなく、観客が入れる余白を残しながら言葉を遠くまで渡すことでした。
後に増田さんは、この曲を自分自身のこととして歌っていると受け取られる言葉を残しています。
人数の変化を何度も経験したグループにとって、「一人ではない」という言葉は一般的な応援歌以上の意味を持ちます。
この頃から、増田さんの歌はハーモニーの精度だけでなく、NEWSという物語を背負う声として聞かれるようになりました。
2020年、3人体制で「歌う場所」ではなく「歌を守る役」が増えた
2020年にNEWSが3人体制になると、増田さんは一人になってもNEWSを続ける意思を持っていたと明かしました。
もちろん実際には3人で歩みを続けますが、その言葉は歌唱の立ち位置にもつながります。
これまで別の声が担っていた高音、主旋律、ハーモニーを、残った3人で再配置する必要があったからです。
3人のNEWSで増田さんの声が急に別人になったわけではありません。
変わったのは、同じ声に求められる責任です。
柔らかく支えるだけでは曲が足りず、前へ出る強さだけでも3人の違いが消えます。
支える声と引っ張る声を一曲の中で行き来する現在の形が、この再編で明確になりました。
2023年、20周年で過去を守る歌から「3人の今」を肯定する歌へ
2023年、NEWSは結成・デビュー20周年を迎え、3人体制では初めて東京ドーム単独公演へ戻りました。
増田さんは、違う人生を選ばず3人がここにいること自体を伝えたいと語っています。
人数が減った事実を隠すのではなく、残った3人の選択をライブの中心へ置く考えです。
この段階で、過去曲を歌うことの意味も変わります。
昔の人数を再現できないからこそ、現在の3人がその曲をどう受け取るかが歌になります。
初期曲の歌割りを穴埋めするのではなく、20年分の時間を現在の声で引き受ける段階へ進みました。
2025年、「喜怒哀楽」で初めて自分の声だけを相手にした
2025年、増田さんは芸能活動27年目にして初のソロアルバム「喜怒哀楽」を発表しました。
本人は歌だけで勝負するソロアーティストとして戦ってみたいと語りながら、その成果がNEWSの力にもなることを望んでいます。
ソロはグループから離れるためではなく、グループへ持ち帰るための挑戦でした。
作品には、アカペラ、ハーモニー、ラップ、多重録音、カバーが並びます。
30本のマイクに囲まれたMVは、一人の声を一本だけ聞かせる構図ではありません。
テゴマスで相手の声へ合わせ、NEWSでメンバーと観客へ声を渡してきた歌手が、録音した自分の声を相手にハモる段階へ進んだのです。

ソロライブでも、マイクを通さないアカペラからラップ、バンド、ストリングスまでを一人で担いました。
声量が増えたというより、これまで複数人で分けていた感情とジャンルを一人で切り替える幅が表に出た時期です。
2026年、カバーアルバムで「自分らしさを足す」より原曲と向き合った
2026年の2ndソロアルバム「増田貴久のカバー」は、思い入れのある曲や時代を超えて歌われる名曲を集めた全曲カバー作品です。
公式には、原曲への敬意と増田さんの歌唱表現が交差する作品と説明されています。
ここで再び、増田さんの「相手を聴く声」が生きます。
相手は隣の歌手ではなく、原曲を歌った人と、その曲を長く聴いてきた人々です。
自分の声色で塗り替えるだけではなく、元の曲を残しながら自分がどこへ入るかを考える作業は、ハモリで磨いた姿勢とよく似ています。
導入部に置いた公式映像では、2026年時点のカバー歌唱を確認できます。
初期のNEWS映像と見比べる時は、声の高低だけでなく、一人が画面と曲のすべてを引き受ける立ち位置の違いにも注目してください。
変わったのは声の強さ、変わらないのは「自分だけで完成させない」姿勢
デビュー期から現在までに、増田さんが担う主旋律の量と表現の幅は大きく増えました。
大人数の一音から、二声のハーモニー、4人と3人の歌唱の柱、一人多重録音、カバー曲の解釈へ進んでいます。
一方で、変わらないものもあります。
曲を自分の声だけで占領せず、他の声、観客、過去の歌い手が入る場所を考える姿勢です。
現在の発声の特徴は、増田貴久さんのハモリとソロをつなぐ歌い方で詳しく整理しています。
手越祐也さんのNEWS・テゴマスからソロまでの変遷と並べると、同じユニットを出発点にした二人が、異なる形で一人の歌手になったことも分かります。
増田さんは支える力を一人の中へ広げ、手越さんは前へ出る表現を引き算しながら磨きました。
まとめ
増田貴久さんの歌声の変遷は、単純な声量や音域の成長ではありません。
NEWSの大人数で一音を揃え、テゴマスで相手を聴き、4人と3人のNEWSで主旋律を背負い、ソロで自分の声を何層にも分けるまで、歌の中で任される範囲が広がってきました。
2026年のカバー作品では、その経験を過去の名曲へ向けています。
原曲を尊重しながら自分の声を置く姿勢は、二人でハモっていた頃から続くものです。
増田さんの現在の強さは、一人で何でもできるようになったことだけではありません。
一人で歌う時にも、曲の中にいる別の誰かを聴き続けていることにあります。
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