「Respect」は、もともとアレサ・フランクリンのために書かれた曲ではありません。
オーティス・レディングが1965年に発表した歌を、彼女が1967年に録音し直しました。それでもアレサの代表曲として思い浮かぶのは、あの声で歌ったから、という理由だけでは説明しきれません。
言葉を変え、コーラスを加え、誰が何を訴える歌なのかまで変えているからです。
アレサは、出来上がった伴奏の上で見事に歌うだけの人ではありませんでした。自分の声がどう届くかを、周りの声や楽器と一緒に作っていた。その仕事を知ると、力強い歌声の聴きどころも少し変わってきます。
「Respect」は、歌う側の立場まで変わった
原曲の「Respect」は、男性が相手の女性に、自分を尊重してほしいと求める歌でした。
アレサの版では、女性が自分を尊重するよう相手に求めます。同じ題名でも、誰が誰に向かって言うのかが変われば、言葉の意味は変わります。
さらに彼女は、曲名の綴りを一文字ずつ歌う部分を加えました。
ただ「尊重して」と訴えるだけでなく、その言葉を区切り、相手の前へはっきり差し出すような歌い方です。高い音を長く伸ばす見せ場とは違って、短く区切った声が、要求を一つずつ念押ししていくように感じられます。
そこへ、姉アーマと妹キャロリンのコーラスが繰り返し入ってきます。
アレサの歌を後ろから薄く重ねるだけではなく、短い言葉で応答し、曲を前へ進める声です。一人の女性が訴える歌に、もう二人が加勢しているようにも聞こえる。この声の組み合わせが、「Respect」の頼もしさを作っています。
もっとも、本人が最初から社会運動のための歌として録音したわけではありません。
アレサが語った出発点は、人と人の関係で、自分が相手を尊重するように、相手にも尊重してほしいという思いでした。その訴えが、やがて公民権運動や女性たちにも受け取られていきます。
大きな声だから大きな意味を持った、という順序ではないのでしょう。
自分は相手にどう扱われたいのか。それを曖昧にしない言葉と歌い方があったから、恋人同士の関係を超えて、自分のこととして受け取れる歌になったのだと思います。
「I Say a Little Prayer」では、サビをコーラスに任せる
別の歌手の曲を歌い直した例に、1968年の『Aretha Now』に収められた「I Say a Little Prayer」があります。
バート・バカラックとハル・デヴィッドが、ディオンヌ・ワーウィックのために書いた曲です。朝の身支度や日々の暮らしの中でも、大切な相手を思って祈る。相手に尊重を求める「Respect」とは、違う場面の歌です。
アレサは当初、この曲を録音するつもりではありませんでした。
リハーサル中、バックコーラスのスウィート・インスピレーションズと楽しみで歌っていたものが、アルバムに入ることになったのです。
この版では、コーラスがサビの主要な旋律を歌い、アレサがその合間へ短い歌を差し込んでいきます。
普通なら主役が歌い上げそうな場所を、ほかの歌い手が受け持っている。だからアレサは、同じ旋律を最初から最後までなぞらずに、言葉を重ねたり、声を伸ばしたりできるのです。
自由な歌い回しを「思いつくままに歌っている」と捉えると、支えている人たちの仕事が見えなくなります。
聴き手が追える旋律をコーラスが保ち、その周りでアレサが歌う。二つの役割があるから、自由に動く声も、曲から離れずに届きます。「Respect」では訴えに応答していたコーラスが、ここでは歌の中心を受け持っているわけです。
この録音を、作曲者のバカラック自身も高く評価しました。自分たちが作ったディオンヌの録音よりも良かった、と振り返るほどでした。
すでにヒットした曲にも、作曲者を驚かせる余地が残っていた。アレサたちは、コーラスとの歌い分けによって、同じ曲から別の表情を引き出したのです。

自分の歌に合う伴奏を、自分で弾く
声と伴奏を一緒に作るという姿勢は、アレサがピアノを弾く理由にも表れています。
1967年、アトランティック移籍後の最初の録音で取り組んだ「I Never Loved a Man (The Way I Love You)」には、演奏がなかなかまとまらなかったという話が残っています。
場所はアラバマ州のマッスル・ショールズ。腕の立つ演奏家が集まっていたのに、求める音楽にならない。
ところがアレサ自身がピアノに座って弾くと、急にうまく進み始めたといいます。本人も、自分で自分の歌を伴奏する方法は、ほかのピアニストとは違うのだと説明しています。
この録音では、完成した譜面を全員に配って、その通りに演奏する方法を取っていませんでした。
プロデューサーのジェリー・ウェクスラーによれば、和音を出発点に、演奏家たちと曲の形を作っていったのです。そんな作り方なら、歌手自身の弾くピアノも、周りの演奏を決める手がかりになります。自分が歌いやすい伴奏を実際に弾き、ほかの演奏家もそれを聴きながら合わせていけるからです。
それから長い年月がたった2015年、ケネディ・センター名誉賞でキャロル・キングをたたえて歌った「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」でも、アレサはピアノに座りました。
このときも、自分の求める感じを出すために、自分で弾きたかったと語っています。当時は公演でピアノを弾く曲も増やしていました。
あの強い声を持っていても、伴奏は誰が弾いても同じ、とは考えていなかった。
歌い始める前の一音から、自分がどう歌いたいかは始まっている。ピアノを弾くアレサを見ると、歌手としての表現と、演奏家としての判断がつながっていることが分かります。
あの声が生きるように、曲全体を作っていた
「Respect」をアレサの歌にしたのは、あの声を使って、自分の要求をはっきり伝えるための工夫でした。
誰の立場から歌うかを変え、言葉を区切り、コーラスの応答を加える。「I Say a Little Prayer」では、逆にコーラスへ主要な旋律を任せることで、自分の声が自由に動ける場所を作っています。
アレサの歌い方に注目するなら、声が高くなる瞬間だけでなく、そのとき周りで誰が歌い、何を弾いているかも聴いてみたいところです。
一人で何もかも歌い切る力と、ほかの声に任せる判断。その両方を持っていたからこそ、あの声は曲の中でひときわ鮮やかに響くのでしょう。
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