ティナ・ターナーの歌といえば、ざらりとした声と、ステージを動き回る姿が浮かびます。
ところが、代表曲「Proud Mary」は、初めからその勢いで押してくるわけではありません。
まずはゆっくり、落ち着いた調子で歌う。
やがてテンポが上がると、同じ曲がまるで違う顔を見せます。
強い声を持っているのに、なぜ最初は抑えるのか。
そこには、ティナの歌を楽しむうえで大切な工夫があります。
声そのものの迫力に加えて、聴く人がその迫力を待ちたくなるように、曲の進み方まで考えられているのです。
激しくなると知っていても、待ってしまう
「Proud Mary」は、もともとクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの曲です。
ティナがアイクとのデュオで歌った版では、穏やかな前半から激しい後半へ、大きく曲調が変わります。
後年のソロ公演でも、その構成は見せ場になりました。
2009年、オランダのアーネムでの公演でも、ゆっくりした始まりから次第に会場を熱くしていく歌を楽しめます。
初めの落ち着いた歌には、後半へ向かう期待が生まれます。
ここから何が起こるか知っている人なら、なおさらでしょう。
早く激しくなってほしい気持ちと、まだその瞬間を待っていたい気持ちが、いっしょに湧いてくる。
これは後年になって作られた見せ方ではありません。
1972年のフランクフルト公演を伝えた記事にも、「Proud Mary」が始まると、客がこの先の展開を知っている様子で立ち上がったと書かれています。
曲が切り替わる瞬間を、歌手も観客も待っていたわけです。
もし初めから終わりまで激しく歌ったら、迫力はあっても、この変化は生まれません。
ティナの声が一段と強く感じられるのは、その前に静かな歌があったから。
「Proud Mary」の楽しさは、大声を出せることだけでは説明できないのです。
「The Best」では、最後の盛り上がりを自分から求めた
1989年の「The Best」でも、ティナは曲の盛り上がり方に関わっています。
この曲は、前年にボニー・タイラーが録音していました。
ティナは、それをそのまま自分の声で歌い直したわけではありません。
作者のホリー・ナイトによると、ティナは新しいブリッジと、終盤での転調を求めました。
ブリッジとは、曲の途中で、それまでのAメロやサビとは違う展開を作る部分です。
同じサビを繰り返す前に、いったん別の旋律を通る。
さらに最後はキーを上げて、もう一度サビへ進む形になりました。
よく知っているサビでも、戻ってくるまでの道筋が違えば、受ける印象は変わります。
終盤の転調では、歌がもう一段上へ向かったことが分かる。
最後のサビをそれまでより高いキーで歌うことで、ティナの声にも、もうひと押しするような勢いが生まれます。
「Proud Mary」が速さと勢いを変えるなら、「The Best」は曲の展開とキーを変える。
方法は違っても、声が最も生きる瞬間を曲の中に作っている点は共通しています。
何度でも強く歌えることと、最後のサビを特別に感じさせることは、別の工夫なのです。
「Private Dancer」は、誰の気持ちを歌うのか
ただし、ティナの曲がすべて、最後の大きな盛り上がりを目指しているわけではありません。
1984年の「Private Dancer」では、歌の中にいる人物をどう捉えるかが大切になります。
金を受け取って踊りながら、今とは違う暮らしを思い描く女性の歌です。
ティナ自身の人生を、そのまま語っている曲ではありません。
作者はダイアー・ストレイツのマーク・ノップラー。
当時のギタリスト、ハル・リンデスによると、もともとはバンドのアルバム用に録音したものの、女性の視点で書かれた曲をマークが歌うことには違和感があり、採用されませんでした。
それが後に、ティナへ渡ります。
ティナはこの曲を気に入りましたが、主人公の仕事を単純に売春と捉えていたわけではないと、後のインタビューで話しています。
マークが歌った録音を美しいと感じながらも、そっくりに歌おうとはせず、自分なりのソウルの表現を加えたと振り返っています。
ここでは、「強い女性の歌だから力強く歌う」とだけ考えると、曲の面白さが狭くなります。
仕事として相手に合わせる姿と、自分の望む暮らしへの思いが、一人の人物の中にある。
題名の言葉を繰り返す部分では仕事をする自分を、夢を語る部分では仕事の外にある願いを歌っている。
同じ声の持ち主でも、歌詞の中で語っていることは変わります。
大きく歌うかどうかに加え、その変わり目をどう表すのかが、この曲を聴く楽しみになります。
「Proud Mary」では、観客が待つ激しさに応える。
「Private Dancer」では、観客の期待とは別に、歌の主人公が抱えている気持ちがある。
ティナの声を楽しむときには、迫力の大きさとともに、何を伝えるためにその声を使っているのかにも注目したいところです。

強い声を、ずっと強く使う必要はなかった
「Proud Mary」が静かに始まるのは、その静けさが、後の激しさを大きな出来事にするからです。
初めから最大限に声を張らなくても、客は歌から離れない。
むしろ、これから起こる変化を待ちながら、歌へ引き込まれていきます。
「The Best」でティナが求めた曲の変更にも、声の力を十分に生かすための判断がありました。
一方、「Private Dancer」では、歌う人物をどう理解するかによって、同じティナの声が違う意味を持ちます。
この強い声に、録音の場ではもっと静かな歌い方が求められたこともあります。
1980年代のヒット曲ができるまでの具体的なやり取りは、ティナ・ターナーの歌声の変遷でたどっています。
ティナの魅力は、聴く人を圧倒できる声を持ち、その声をいつ、どんな気持ちで使うかまで選んでいたことです。
次に「Proud Mary」を聴くときは、激しくなる前の歌も、もう少し待っていたくなるかもしれません。
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