田所あずさの歌声の変遷|高音を押し出すロックから、自分の声を選ぶ歌へ

2025年『HARE』『Qe』発売時の田所あずさ シンガー
2025年『HARE』『Qe』発売時の田所あずさ

田所あずさの歌声には、勢いよく高音へ向かうロックの印象があります。
けれども、その歩みをたどると、低い声の憂いや、そっと言葉を置く歌い方を、自分の表現として見つけていく過程も見えてきます。
声の持ち味だけでなく、それをどんな曲で生かすかという考え方も変わってきました。

ひとつの大きな節目は、2021年のセルフプロデュース作『Waver』です。
ただし、それ以前にも歌い方の試行錯誤はあり、その後もロックを手放したわけではありません。
初期から近年の作品を並べると、強く歌うために磨いてきた声が、別の感情にも応えられるようになった流れがわかります。

デビュー当時は、与えられた曲に全力で応えていた

2014年、田所はアルバム『Beyond Myself!』でソロデビューしました。
本人にとっては喜びと同時に、自分にできるのかという不安も大きい出発でした。
アルバム制作を知らされてから発売までの時間も短く、幅広い曲調に向き合うこと自体が新しい挑戦だったのです。

当時の田所は、録音では持っている力を出し切ったつもりでも、完成した歌を聴くと直したいところが見えてしまうと話しています。
まだ自分の歌に安心できる段階ではありませんでした。
最初から得意な歌い方だけを選んだというより、いろいろな曲を通して、自分に何ができるかを確かめていた時期と考えられます。

2014年、ソロデビュー時の田所あずさ
2014年、ソロデビュー時の田所あずさ。
画像出典:画像掲載元

ロックの中で、情感を武器にしたいと考えた

2015年の「君との約束を数えよう」から、音楽はロック色を強めていきます。
その制作に関わった堀江晶太は、田所の歌を、歌詞がまっすぐに伝わる声として捉えていました。
言葉の中心にいる人の気持ちを届けることが、この路線の大切な部分でした。

2017年の『So What?』では、その方向を田所自身も掘り下げています。
フェスへの出演などを経て、自分の武器を情感に置きたいと考えるようになり、その思いから生まれたのが「Crying」でした。
録音でも感情を強く込めたこの曲には、勢いだけで終わらせたくない思いが表れています。

2018年12月の「RESOLVE」公演では、すでに強弱を使い分ける歌唱が見られます。
「世界が終わったあとの夜」は抑えた入りから大きく感情を高め、最後には言葉を小さくこぼす構成で歌われました。
表題曲「RESOLVE」のサビには裏声も交えており、後年の変化を、ある日突然、柔らかい声を使い始めた出来事として捉えることはできません。

この公演では、昭和歌謡の流れをくむ「あなたの淋しさは、愛」も初披露しました。
控えるところは控えながら、ゆったりと歌う曲です。
ロックのライブの中に異なる歌の作法を取り込み、声の見せ方を広げていた点も、この時期の大切な変化です。

強く歌えることと、一曲をずっと同じ強さで歌うことは別です。
ロックを軸にしたこの時期にも、歌の中に落差を作る選択は育っていました。
その経験の上に、次の制作の転機が重なっていきます。

『Waver』で、自分の声を作品の出発点にした

2021年の『Waver』で初めてセルフプロデュースに踏み出した直接のきっかけは、デビュー以来のサウンドプロデューサーが離れることでした。
田所は自分の良さや表現したいことを書き出し、制作側へ提案します。
迷うことを否定せず、心の揺れを曲にするという考えが、アルバムの中心になりました。

まず表題曲を一緒に作ってほしいと頼んだ相手が、ライブのバンドマスターでもある神田ジョンです。
そこからアルバム全体のサウンドプロデュースを任せ、言葉にしきれない思いは大木貢祐に託しました。
表題曲では、湿り気のある声をバラードに生かす方向が選ばれています。

田所自身が新たに意識したのは、低音の魅力と声にある憂いでした。
キャラクターソングを含む多くの歌を経験する中で、初期には気づかなかった持ち味が見えてきたといいます。
高音へ向かう力に加えて、低いところにとどまる声にも、作品を支える役割を見つけたのです。

アルバム冒頭の「レイドバック・ガール」には、その変化がわかりやすく表れています。
ジャズやR&Bの要素もある曲の中で、低い音域の響きと、澄んだ高音の両方を生かしています。
一方で、ロックの作り手と組んだ曲も残り、作品全体が一色に落ち着いたわけではありません。

同年4月3日のオンラインライブでは、アルバム曲に加えて「ヤサシイセカイ」も披露しました。
その1番はピアノだけの伴奏で歌われ、声の温かさや切なさが前に出る構成になっています。
新作で見つけた表現は、新しい曲だけに閉じず、すでにある曲を別の響きで届けることにもつながっていきました。

タイアップ曲にも、自分の感じ方を持ち込む

2022年の「箱庭の幸福」では、作品との関わり方にも変化が現れます。
以前は物語を外側から見渡すように歌っていたのに対し、『Waver』を経て、自分がその作品から何を感じるかを大切にするようになりました。
タイアップの世界を守りながら、歌っている自分の感情も置き去りにしない姿勢です。

ただし、それは気楽に歌えるようになったという意味ではありません。
「箱庭の幸福」の録音では、出来上がった歌詞とメロディを自分の歌で損ねてしまわないか、強い重圧も感じていました。
神田に自分のままでよいと支えられながら、穏やかな曲に必要な細かな歌唱を作っていったのです。

2023年12月の「ころあこ vol.1」では、ギターとキーボードを中心とする演奏で、曲の表情を改めて見せました。
「箱庭の幸福」は原曲よりゆったりしたテンポで、初期の「Hello My Revolution」も柔らかなギターに包まれる形で披露しています。
昔の曲をそのまま再現するだけでなく、その場の編成に合わせて歌を届ける幅が広がっていました。

2023年12月22日「ころあこ vol.1」の田所あずさ
2023年12月22日「ころあこ vol.1」の田所あずさ。
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こうした舞台は、過去のロックと現在の穏やかな曲を切り離すものではありません。
同じ曲でも、伴奏やテンポが変われば、言葉の聞こえ方も変わります。
自分の声を生かす場を増やすことが、昔からの曲を歌い続ける方法にもなっているのです。

高音を出し切ることから、声を選べることへ

2024年の『Ivory』では、声の質感にもさらに細かな目が向けられます。
「産声はハミング」では、マイクにざらつきが残るような声を目指して、何度も録り方を相談しました。
音域や曲調に加えて、録音された声の手触りまで表現として考えるようになっています。

2025年に初期を振り返った田所は、以前は高い音も地声で押し切っていたと話しています。
その後のトレーニングでは中低音の魅力にも目を向け、裏声を使う選択肢も増えました。
高音に届くことだけでなく、どの声で届けるかを考えられるようになった変化です。

田所はソロ活動について、自分自身の本当の気持ちを表現する場だとも説明しています。
登場人物の心情を引き受けるキャラクターソングとは、歌の出発点が違います。
だからこそ、自分が迷ったことや感じたことを制作に持ち込む変化は、歌声の説得力にも関わってくるのでしょう。

初期の「ヒカリになって」を振り返ったときには、当時の自分に、周囲の目を気にしすぎず楽しんでほしいとも語っていました。
声の出し方を覚えるだけでなく、自分がどう歌いたいかに耳を傾けられるようになったことも、長い活動で得たものといえます。

田所あずさの歌の変遷は、強い声が弱い声に置き換わった歴史ではありません。
強く押し出す歌に、低音の憂い、控えた言葉、裏声という選択肢が加わり、それを本人が選べるようになった歩みです。
個々の曲で声をどう使うかについては、田所あずさの歌い方でさらに掘り下げています。

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