Jean-Ken Johnny(MAN WITH A MISSION)の歌唱変遷|掛け合いから、一曲を担う声へ

Jean-Ken Johnny(FenderNews、2018年掲載) Jean-Ken Johnny
Jean-Ken Johnny(FenderNews、2018年掲載)

MAN WITH A MISSIONの中で、Jean-Ken Johnnyはラップも歌も担います。
Tokyo Tanakaへ歌を渡すこともあれば、自分の声でサビまで押し切ることもある。
その違いがよく見えるのが、バンドの外へ出たときの歌です。

二人で曲を動かしてきた歌い手が、一曲を通して任されたとき、何を変えたのか。
初期の掛け合いから、外部の作曲家との録音、弦楽器と歌うステージへ。
声の持ち味を残しながら、担う役割が広がってきた過程をたどります。

ギターと歌を一緒に鳴らすことが出発点

ジャン・ケン・ジョニーが憧れたのは、カート・コバーンやビリー・コーガン、J・マスシスのように、ギターを弾きながら歌う人たちでした。
楽器を置いて歌だけに専念するほうが楽だとしても、二つが同居することで感情が強く伝わる。
一人でも曲の根幹を再現できることが、うれしかったと振り返っています。

バンドが活動を始めたのは2010年です。
メンバーには、80年代後半から90年代の、ジャンルの境界を越えるロックへの憧れがありました。
歌とギターに、DJやさまざまなリズムが加わる編成は、その好みから生まれています。
歌声も、楽器から切り離された独立した見せ場というより、一緒に曲を動かす存在として育っていきました。

2012年のSWEET LOVE SHOWERでは、「distance」でジャン・ケン・ジョニーとTokyo Tanakaの激しい応酬が繰り広げられています。
同じステージでは、NIRVANAの「Smells Like Teen Spirit」にダンサブルなビートやラップを持ち込んだカバーも披露しました。
二つの声で勢いを生むことも、好きな曲を自分たちの形式へ組み替えることも、すでに初期のライブにありました。

「distance」— 2012年発表曲のMV(2013年公開)

2013年、声を重ねて曲の世界を広げる

「Emotions」では、声の重ね方そのものが壮大な導入を作ります。
ジャン・ケン・ジョニーによれば、歌いだしのコーラスは旋律としては三つか四つでも、録音では数え切れないほど重ねていました。
一人の声を大きくするだけでは得られない厚みを、複数の旋律と録音の層で生んでいたのです。

曲の原案を作ったKamikaze Boyには、当初からドラマティックな作品にしたいという構想がありました。
冒頭の英語の語りも、その世界へ聴き手を導く役割を持っています。
初期から、掛け合いと声の重なりの両方を、曲の表情に使っていたことが分かります。

2017年、声にする言葉と向き合い直す

「Hey Now」では、DJ Santa Monicaと温めてきたダンスロックの発想を、中野雅之との制作で形にしました。
ジャン・ケン・ジョニーは、少し無機質で英国のロックを思わせる旋律をイメージしており、原型のメロディをほぼ残しています。
新しさを足し続けるだけでは行き詰まると感じ、自分の好みを素直に出すことが、かえって大きな変化になった時期でした。

同じころの「Dead End in Tokyo」では、Patrick Stumpとの共同作業が、言葉の選び方を揺さぶります。
編曲の前に尋ねられたのは、経験してきた苦労や人生観でした。
歌う本人から自然に出てくる言葉を探すためのやり取りです。
流暢に英語を乗せることに加えて、その声の主が本当に歌う理由を、制作の入口から確かめるようになっていきます。

2020年、一曲を通して任された「Chaos Drifters」

澤野弘之がジャン・ケン・ジョニーを迎えた「Chaos Drifters」は、歌唱の役割がはっきり変わる一曲でした。
澤野は、MAN WITH A MISSIONではジャン・ケン・ジョニーがAメロやBメロを担当し、サビでTokyo Tanakaのハーモニーに回ることが多いと捉えていました。
だからこそ、自分の曲でサビを任せたとき、何が出てくるのかを楽しみにしていたのです。

録音は、普段のジャン・ケン・ジョニーのやり方で進みました。
澤野からの注文も、サビは激しく歌ってほしいという程度だったといいます。
いつもの分担を離れたときに現れる力を引き出す共演でした。

一方、サビ直前のブレイクでは、慣れない譜割りに何度か挑んでいます。
慣れたバンドの外で歌うことで、持ち味を発揮するだけでなく、相手のリズムへ入り込む試行も生まれました。

2021年、憧れの歌を自分たちの声へ移す

「Break and Cross the Walls Ⅰ」に収めたAC/DCのカバー「Thunderstruck」では、原曲のボーカルに近づける難しさが課題になります。
ジャン・ケン・ジョニーが考えたのは、ブルージーな歌い方をどう自分たちのボーカルへ落とし込み、どんな姿勢で歌うかでした。
音を現代的にすること以上に、原曲の圧倒的な力を保つことを重視しています。

初期からのカバーへの関心を保ちつつ、原曲の何を残し、どこを自分たちの声に託すかを考える。
憧れの再現から一歩進んだ、歌い手としての向き合い方です。

「Thunderstruck」— 2021年アルバム収録の公式音源

2022年、アリーナで弾き語りを届ける

2022年11月6日の有明アリーナでは、「Rain」をストリングスと二人の歌声で演奏したあと、ジャン・ケン・ジョニー自身の弾き語りも披露されました。
「blue soul」を支えたのは、Spear Ribが叩くカホンです。
大きな会場でも、小さな編成でゆったり歌う場面を作る。
バンドの一員として勢いを足す役割と、自分の歌で時間を運ぶ役割を、同じライブの中で担っていました。

2025年、弦楽器と歌う「higher」

15周年ツアーのKアリーナ横浜公演では、いつもの大編成とは違う場面が設けられました。
2025年3月23日、映像パートのあとに登場したのは、ジャン・ケン・ジョニーとサポートギタリストのE.D.Vedder。
そこへストリングスが加わり、「higher」をアコースティックで披露しています。

激しい曲や大合唱を誘う曲が並ぶ中、バンド全員が戻る前に、歌と弦の響きへ耳を向ける時間が置かれました。
ジャン・ケン・ジョニーの役割も、掛け合いの一方から、その場面を支える歌い手へ変わります。
同じバンドの歴史を、音数と顔ぶれを変えて見せる選択でした。

2025年3月23日、Kアリーナ横浜公演のJean-Ken Johnny(撮影:酒井ダイスケ)
2025年3月23日、Kアリーナ横浜公演のJean-Ken Johnny(撮影:酒井ダイスケ)。
画像出典:画像掲載元

「higher」は、2022年のSAIでは「Emotions」に続く、バンドの熱量を押し出す曲として演奏されていました。
2025年のアコースティック演奏は、その曲を別の編成で差し出すものです。
声の役割の広がりは、新曲の数だけでは測れません。
すでにある曲を、誰とどう歌うかにも表れています。

2026年、別の相手との掛け合いへ

「PROVANT」で澤野弘之と再び組んだときは、10-FEETのTAKUMAも加わりました。
澤野には、以前の共演でジャン・ケン・ジョニーの言葉のはめ方や歌声に感じた信頼があり、リズムの立った新曲にも合うという見込みがありました。
2020年に一曲を任された声が、今度は違う個性を持つ歌い手と並びます。

左からTAKUMA、澤野弘之、Jean-Ken Johnny(「PROVANT」対談、2026年)
左からTAKUMA、澤野弘之、Jean-Ken Johnny(「PROVANT」対談、2026年)。
画像出典:画像掲載元

歌割りを決めたのは澤野です。
ジャン・ケン・ジョニーがTAKUMAの担当部分もいったん歌い、その音源を譜割りの確認に使ってから、TAKUMAが録音しました。
完成形では、サビでも基本的に交互に歌い、それぞれの声を前へ出す構成になっています。

二人で歌うという点では、バンドでの出発点とつながっています。
けれど、相手も、声を渡す位置も、曲を作る人も違います。
一人でサビを担った経験を経て、再び別の掛け合いへ進む。
その往復が、ジャン・ケン・ジョニーの歌える場所を増やしてきました。

声の出番が変わると、同じ個性も違って見える

初期の「distance」、サビを任された「Chaos Drifters」、弦と歌う「higher」、TAKUMAと並ぶ「PROVANT」。
この流れをたどると、ジャン・ケン・ジョニーの変遷は、ラップから歌へ単純に移った歴史ではないと分かります。
刻む声も、伸ばす声も、誰かを支える声も残したまま、曲の中で引き受ける範囲を広げてきたのです。

一曲の中で、声の勢いや言葉の響きをどう選んでいるかは、Jean-Ken Johnnyの歌い方で詳しく扱っています。

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