JUJUの歌い方・発声|好きなハスキー声をいったん封印した理由

JUJUの歌い方と発声分析 JUJU

JUJUさんの歌声は、低く息を含んだ音色と、ジャズを感じさせる大人びた節回しが魅力です。
ところが、現在の歌い方を作った決定的な出来事は、その好きな歌い方をいったん抑えたことでした。

デビュー初期のJUJUさんは、かすれた声、多いビブラート、英語のように子音を強く立てる歌い方を好んでいました。
しかし、日本語の意味が届きにくいと指摘され、装飾を減らした二つ目の歌唱を録音します。
聴き比べると差は明らかで、そこから「言葉を先に届けるJUJUの歌」が生まれました。

面白いのは、抑えた歌い方が消えたわけではないことです。
後にジャズを歌った時、本人はポップスとは別の喉を使っているように感じ、JUJUになる前の声が残っていたことに気づきました。
つまりJUJUさんの強みは、ハスキーな一種類の声ではなく、言葉と曲に合わせて二つの歌い方を行き来できることにあります。

「日本語が届かない」の一言からJUJUの歌い方が始まった

転機は、「奇跡を望むなら…」の発表を控えた時期でした。
当時はジャズやクラブミュージックの感覚を日本語へ持ち込み、ビブラートやアドリブも自分が気持ちよい形で加えていました。

そこで受けたのが、今のままでは日本語が届かないという指摘です。
好きな歌手たちから吸収してきたものを否定されたように感じるほど、本人には厳しい言葉でした。

試しに、自分の好きな歌い方と、余分なビブラートや強すぎる子音を減らした歌い方の両方を録音します。
後者の方が曲の内容をはっきり伝えていたため、好みよりも言葉を優先する方向へ舵を切りました。

ここが「奇跡を望むなら…」の説得力を考えるうえで大切です。
感情を大きく見せる装飾を足したから切なくなったのではありません。
歌い手が一歩引き、歌詞の中にいる人の苦しさを前へ出したことで、聴き手が自分の物語を重ねられる余地が生まれました。

低く息っぽいのに、声の輪郭が消えない

The Water期のJUJU

JUJUさんの声は「ウィスパー」「ハスキー」「芯が強い」など、正反対に見える言葉で説明されます。
これはどれかが間違いというより、息の柔らかさと音の輪郭が同時に聞こえるためです。

低い音では、息をまったく混ぜない硬い地声にはせず、少し曇った質感を残します。
それでも言葉の中心がぼやけないので、静かな歌い出しが独り言ではなく、すぐそばの相手へ向けた会話になります。

複数の歌唱解説では、声の鳴りが弱いのではなく、輪郭のある声へ息っぽさや細かなざらつきが重なっていると捉えられています。
ただし、外から声帯の状態を断定することはできません。
大切なのは「息が多いほどJUJUらしい」と単純化しないことです。

息漏れ声と芯のある声の違いで整理しているように、柔らかさと弱さは同じではありません。
JUJUさんの低音が存在感を失わないのは、吐息の雰囲気だけに頼らず、日本語の輪郭を残しているからです。

ビブラートを減らすと、かえって切なさが増える

歌が上手いことを示そうとすると、長い音すべてに揺れを付けたくなることがあります。
JUJUさん自身も、以前はかすれた声と多いビブラートを好んでいました。

けれども、日本語のバラードでは、揺らし続けるほど言葉の焦点が遠ざかる場合があります。
「奇跡を望むなら…」や「やさしさで溢れるように」が心へ残るのは、音を伸ばせる場所でも、まず言葉の形を置いてから余韻を作るためです。

ビブラートが少ない音は、感情が薄い音ではありません。
揺らさずに置いた一音があるから、次に揺れた語尾が出来事として聞こえます。

JUJUさんの節回しを細かく真似るより、どこで何もしないかに注目すると歌の設計が見えてきます。
装飾の量ではなく、言葉が届いた後にだけ装飾を許す順番が、バラードの切なさを深くしています。

子音を強くしすぎないのは、日本語を守るため

ニューヨークで長く生活し、英語の歌に親しんだJUJUさんにとって、英語は音へ乗せやすい言葉でした。
一方、日本語は小さな発音の違いで意味や印象が変わりやすく、洋楽の感覚をそのまま当てはめると別の音が混じって聞こえることがあります。

本人は、日本語の母音へ無意識に息の音を挟んでしまい、作り手から細かく指摘された経験も明かしています。
この修正は滑舌を機械的に良くする作業ではなく、作詞者が置いた言葉を別のニュアンスへ変えないための作業でした。

そのため、JUJUさんの歌は発音が明瞭でも、子音を一つずつ強打するようには聞こえません。
輪郭は残しながら、会話の流れを止めない位置に子音を収めています。

「低い声を太く作る」「語尾を大きく揺らす」より先に、どの言葉を一番自然に渡したいのかを決める。
この優先順位が、ジャズの経験を持ちながら、日本語のバラードを近く感じさせる理由です。

ジャズでは、封印した声がそのまま長所になった

ジャズを歌うJUJU

2011年に初のジャズアルバム『DELICIOUS』を制作した時、JUJUさんはポップスとまったく違う場所を使って歌う感覚に気づきました。
本人の言葉では、ポップス用に出来上がった「JUJUの喉」と、JUJUになる前の自分の喉が、別々に残っていたような発見です。

ジャズで戻ってきたのは、かすれた声、多いビブラート、英語の自由な崩し方でした。
日本語のバラードでは言葉を鈍らせた要素が、英語のスタンダードでは空気や個性を生む要素になります。

同じ技術が、ある曲では邪魔になり、別の曲では魅力になる。
この逆転こそ、JUJUさんの歌い方で最も面白い部分です。

「Take Five」のようなジャズ曲を聴いた後に「奇跡を望むなら…」へ戻ると、単にジャンルが違うだけではありません。
声のかすれ、語尾の揺れ、子音の置き方を、曲の言語と物語に合わせて選び直していることが分かります。

カバー曲が多いのは、自分の声を薄めるためではない

JUJUさんはオリジナル曲だけでなく、邦楽、男性曲、昭和歌謡、ジャズ、洋楽のカバーを長く続けています。
自分で作った曲だけを歌いたいタイプではなく、昔からカラオケで幅広い歌を歌うことが好きだったと話してきました。

カバーでは、原曲をJUJU色で塗りつぶせばよいわけではありません。
元の言葉や時代の匂いを残しつつ、現在の聴き手が自分の歌として受け取れる距離へ運び直す必要があります。

「スナックJUJU」では、普段のJUJUとは別の“ママ”という役を持つことで、客席の歌声や会話まで作品へ取り込みました。
2026年の『時間旅行』では、昭和期の洋楽を純喫茶という新しい舞台へ置き直しています。

ここでも一貫しているのは、声を固定しない姿勢です。
ジャズの自分、J-POPの自分、スナックのママを競わせず、曲が一番生きる人格を選んでいます。

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『The Water』は二つの喉をさらに細かく分けた

2025年の『The Water』で、JUJUさんはこれまでで最も多くの歌い方を試したと説明しています。
一曲ごとに人物や場面を考え、同じアルバムの中でも声の出し方を探り直しました。

これは、ポップスとジャズという二択を超えた変化です。
若い頃は好きな歌い方を通すか、日本語を届けるかの間で悩みましたが、現在は曲ごとに別の答えを持てます。

声が唯一無二でありながら、どの曲も同じJUJU節にはならない。
その両立は、持って生まれたハスキーさだけでは説明できません。
いったん自分の好みを疑い、必要な時に取り戻した経験が、声色を選ぶ判断力になっています。

真似したいのは声のかすれではなく、歌い方を選ぶ判断

JUJUさんを参考にするなら、まず三曲の違いを比べると理解しやすくなります。
「奇跡を望むなら…」では言葉の前に出ない装飾、「Take Five」では解放されたかすれと揺れ、「The Water」では曲ごとに変わる人物像へ注目してください。

そこで見えてくるのは、JUJUらしい音を毎回足す歌手ではなく、曲に不要なものを引ける歌手です。
自分の好きな歌い方を持ちながら、それが今の曲に合わないと判断できることが、長く歌い続ける強さになっています。

喉をこすってハスキーさを作ったり、低音を押し下げたりする方法は真似しないでください。
痛み、強いかすれ、普段の話し声の異常が出た場合は歌唱を止め、不調が続く時は耳鼻咽喉科などへ相談する必要があります。

同じく息を含んだ声でも、細いまま言葉を届かせる設計は中島美嘉さんの歌い方で異なります。
ハスキーさと芯を両立する別の例は、Aimerさんの歌声分析と比べると、声質だけで歌手を一括りにできないことがよく分かります。

まとめ

JUJUさんの歌い方は、好きだったハスキーさ、ビブラート、アドリブを否定されたところから始まりました。
日本語を届けるために装飾を減らしたことで「JUJUの喉」が生まれ、後のジャズでは封印前の声も長所として戻っています。

魅力の中心は、息の多い低音や大人っぽい声色そのものではありません。
曲の言語、物語、役柄に合わせ、どの自分で歌うかを選べることです。

この二つの歌い方が、NY時代、デビュー後の苦境、「奇跡を望むなら…」、ジャズ、スナックJUJU、現在へどう広がったのかは、JUJUさんの歌声の変遷で年代順にたどっています。

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