2017年の「Sign of the Times」では、ハリー・スタイルズの長く伸びる声が、曲の大きな聴きどころでした。
2022年の「As It Was」では、軽快な音楽の中で、穏やかに語りかけるように歌っています。
そして2026年の「Aperture」では、繰り返す電子音の中へ、歌声も加わっていきます。
高い声が出るようになった、低い声が増えたという変化だけではありません。
一人でどこまで歌い上げるかに加え、聴く人にどう音楽を楽しんでほしいかが、作品ごとに変わってきました。
One Direction時代からの歩みをたどると、その変化には、人前で自分の曲を歌ってきた経験が関わっています。
グループ時代――自分の言葉を、ずっと自分で歌うわけではなかった
One Directionでは、一曲の中で歌い手が交代します。
ハリーも曲作りに参加していましたが、自分の書いた気持ちを、最初から最後まで自分だけで歌うとは限りませんでした。
本人は後に、個人的な曲でも、数行ごとに歌い手が変わるグループの形には、ある種の安心感があったと振り返っています。
自分の話を歌っていても、すべてを一人で聴き手に差し出すわけではないからです。
けれども、曲がより個人的になると、自分で全部歌いたい気持ちが生まれてきました。
グループで声を合わせる経験を重ねる中で、自分の言葉を誰が歌うかも、本人にとって大切になったのです。
歌声の変化を考えるときにも、まず、一曲を一人で歌うようになった意味を押さえておきたいところです。

2017年――「Sign of the Times」で、一曲を大きく歌い切る
2017年のソロ・デビュー曲「Sign of the Times」は、ピアノから始まる長いバラードです。
比較的静かな声から、高く細い裏声、力を込めて伸ばす声へと進んでいきます。
歌い手の交代で曲を展開させるのではなく、ハリー自身の声の変化で、一曲を大きくしていきます。
One Directionの歌でハリーの声が好きだった人にとっては、その声を長い時間追えること自体が、新鮮だったでしょう。
静かな歌い始めの声も、終盤で強く歌う声も、同じ一人の歌としてつながっています。
高音の一部分だけを楽しむのではなく、そこへ至るまでの気持ちの変化も聴ける曲です。
本人にとって、ソロ作品の発表には、グループの時よりも自分をさらけ出す怖さがありました。
その一方で、この曲は、大きく歌い上げるロックの曲も自分の表現にできることを示しました。
次のアルバムでは、その力強さとは違う楽しみ方を持つ曲も並ぶようになります。
2019年――強く歌う声も、軽やかなポップスも選べるように
2019年の『Fine Line』には、親しみやすい「Adore You」も、静かに始まる「Falling」もあります。
「Falling」では、ピアノに乗せる声の近さから、サビの切実な歌へと進みます。
大きく声を伸ばす力を、今度は一人の迷いや弱さを感じさせる歌で使っています。
一方、「Adore You」のような分かりやすく楽しいポップスを書くことにも、以前より抵抗がなくなったと本人は話しています。
最初のソロ・ツアーで、自分の曲を歌う観客を見たことが、自信につながっていました。
聴く人は、自分が実験し、楽しんで音楽を作ることも歓迎してくれるのだと感じられたのです。
アルバム最後の「Fine Line」は、その広がりを別の形で聴ける曲です。
前半の繊細な高い声から、少しずつ楽器と声が増え、終盤は大きな広がりを持ちます。
この曲は、シンプルなフォークの曲から発展していきました。
ハリーは、大きく展開する終わり方にしたくて、自分の好きな弦楽器や管楽器、ハーモニーを加えたと説明しています。
声を張り上げることだけで盛り上げず、細い声のまわりに音を重ねて、曲全体を大きくする方法も試していたのです。
2022年――大きな見せ場を作らない歌が、代表曲になる
2022年の『Harry’s House』の「As It Was」では、歌声は穏やかです。
ドラムは軽快に進みますが、ハリーはその勢いに合わせて声を強くし続けるわけではありません。
短い旋律を繰り返し、話すように言葉を続けることで、一曲を聴かせます。
制作陣も、この曲は控えめすぎるのではないかと心配したことがあったそうです。
それでも、ハリーはアルバムに先がけて出す曲として「As It Was」を選びました。
「Sign of the Times」で大きく歌い上げた歌手が、今度は穏やかな歌を、次の作品の第一声にしたのです。
二曲を並べると、ハリーにとって歌手としての自信が、いつも強い声に表れるわけではないことが分かります。
大きな声を出すところまで待たせなくても、短い言葉と穏やかな歌い回しで最後まで聴いてもらう。
この曲の明るい伴奏と寂しさの残る声については、ハリー・スタイルズの歌い方で詳しく扱っています。

2026年――自分も客席の中にいるような音楽へ
2026年の『Kiss All The Time. Disco, Occasionally.』に収められた「Aperture」は、約5分のダンス曲です。
繰り返す電子音とリズムの中に歌声が入り、時間をかけて曲が広がっていきます。
ハリーの声だけを前に立たせるより、楽器の音と歌を一緒に浴びるような楽しみ方が似合います。
この方向に進んだ背景には、ツアーを終えてから、ハリー自身が観客として音楽を楽しんだ経験がありました。
誰かの公演へ行き、知り合いも見知らぬ人もいる場所で、一緒に歌って踊る。
長くステージに立ってきた本人が、その楽しさを改めて感じたのです。
新作で目指したのは、自分だけがステージから曲を届ける形よりも、自分も観客の中にいるように感じられる音楽でした。
「Aperture」の繰り返すリズムや、少しずつ増えていく音を聴くと、その考えが分かりやすくなります。
長い高音に拍手する瞬間を待つだけでなく、歌い手も聴き手も、同じリズムを楽しむ時間が続きます。
同じアルバムの「Coming Up Roses」では、広がるオーケストラとともに、伸びやかな歌も聴かせます。
「Aperture」のように電子音と歌を一緒に楽しむ曲もあれば、長く伸ばす声をじっくり味わう曲もある。
同じ時期にも、声をどれほど目立たせるかの選び方は違っています。
自分の曲を歌い切ることから、聴き手と過ごす時間を考えることへ
ソロを始めた頃のハリーは、個人的な歌を最初から最後まで自分で歌うことに向き合っていました。
「Sign of the Times」では声の強弱と高低で一曲を展開させ、「Fine Line」では楽器やハーモニーと一緒に歌を大きくしていきます。
「As It Was」では穏やかな声のまま、2026年の「Aperture」では踊れるリズムの中で、聴き手を引きつけています。
その歩みは、高音を増やす、声を太くするという一本道ではありませんでした。
自分の声を長く聴いてもらうことも、短い言葉を一緒に口ずさんでもらうことも、同じリズムで踊ってもらうこともある。
ハリーの歌い方は、自分がどう歌いたいかと、聴く人とどう音楽を楽しみたいかの両方を考えながら、広がってきたのです。
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