水森かおりさんは、旅先の女性になり切って歌っているように見えます。
けれど本人の説明は、少し意外です。
歌の主人公へ深く入り込むより、上空の「お天気カメラ」から景色と女性を眺めるように歌う。
しかも、その女性は土地の住人ではなく、いつも失恋の後を旅している人です。
だから水森さんの声は、悲しい物語でも感情で曇り切りません。
言葉は明瞭で、高音には明るさが残り、聞き手が自分の思い出を置ける余白が生まれます。
水森かおりは、歌の主人公になり切らない
演歌では「主人公の気持ちになって歌う」と説明されることがあります。
水森さんの考え方は、それとは少し違います。
頭の中にあるのは、海や岬を背景に一人の女性が歩く映像です。
自分が泣き崩れる女性になるのではなく、その人と景色を少し離れた場所から見ています。
この距離が、水森さんの歌を冷たくするわけではありません。
むしろ歌手が悲しみを全部説明しないため、聞き手が主人公になれます。
同じ失恋の歌でも、強い泣き声で感情を決められると、私たちは歌手の物語を見守る側になります。
水森さんの声には、景色の中へ入れる空間があります。
「鳥取砂丘」を聞いた人が、自分の別れや旅を重ねられるのは、その空間が閉じられていないからです。
東京育ちだから、知らない土地をまっすぐ驚ける
ご当地ソングを歌う人には、その土地の出身者であることが求められそうです。
水森さんは東京の下町で育ちました。
本人は、海や山が身近ではなかったからこそ、現地の景色へ素直に感動できると考えています。
土地の記憶を持つ人の代役をするのではなく、初めて訪れた旅人として驚くことができるのです。
これは、主人公がいつも旅人であることともつながります。
方言や土地柄を大げさに演じなくても、歌の中にある固有名詞や風景を、初めて見るものとして差し出せます。
その一方で、準備は軽くありません。
訪れた先では歴史や言葉を調べ、タクシーの運転手に観光案内には載りにくい場所や食べ物を聞くこともあります。
歌う時は説明しすぎない。
しかし、説明しないための材料は十分に持っておく。
水森さんの透明さは、何も知らない空白ではなく、調べたものを前へ出しすぎない透明さです。

明るい高音は、景色を消さないためにある
水森さんの声については、言葉がはっきり聞こえ、高音が明るく抜けるという評価が繰り返されています。
金管楽器のようにきらびやかだと表現する見方もあります。
専門用語を知らなくても、特徴は想像できます。
悲しい歌を低く暗い声だけで埋めず、遠くまで届く明るい線を残す歌い方です。
「五能線」や「松島紀行」のように高い位置から始まる曲では、冒頭から声が景色の向こうへ伸びます。
そこで音を太く押しつけるより、言葉の輪郭を保つことが、水森さんらしさになります。
高音のすべてを地声やミックスボイスの一語で決めることはできません。
曲の高さ、音量、母音によって使い方は変わるからです。
水森さんの個性を理解するうえで大切なのは声区名より、高い音でも地名と物語が置き去りにならないことです。
聞く時は、最高音だけを待たないでください。
高音へ向かう前の言葉がつぶれず、景色の位置関係まで分かるかに注目すると、歌の設計が見えてきます。
「鳥取砂丘」は、最初から似合った曲ではなかった
代表曲になった「鳥取砂丘」は、天から降ってきたように簡単に歌えた作品ではありません。
その前年の「東尋坊」で手応えを得た後も、水森さんはレッスンを重ね、次こそ期待に応えようと必死でした。
「東尋坊」の主人公は、日本海で進む方向を迷います。
作詞家の中では、その同じ女性が「鳥取砂丘」へ移り、さらに「釧路湿原」へ旅を続ける物語がありました。
この発想を知ると、水森さんの歌い方が一段分かりやすくなります。
曲ごとに別人を激しく演じるのではなく、同じ旅人を違う景色へ連れていくのです。
声の明るさと明瞭さは、どの土地へ移っても主人公を見失わないための共通線になります。
景色は毎年変わっても、聞き手は同じ人の旅を追えます。
「三陸挽歌」では、お天気カメラを低く下ろした
2024年の「三陸挽歌」は、いつもの水森かおり像を自分で崩した曲です。
明るく軽やかな「日向岬」の次に、男性歌手の海の歌を思わせる重い曲調が届きました。
水森さんは、この作品では声を下へ落とすようにして、かっこよさと力強さを意識したと説明しています。
歌い出しも低い位置にあり、いつもの高音から始まる印象とは異なります。
さらに、男性の声による印象的なコーラスを提案し、編曲では尺八を入れる案も出しました。
長く作家から曲を受け取ってきた歌手が、作品の音像へ積極的に参加しています。
それでも、主人公へ完全になり切る方法には変えていません。
漁へ出た人を待つ女性を眺めながら、命を見送り、待つ土地の重さへカメラを近づけています。
いつものカメラを捨てたのではなく、高さと距離を変えた。
その違いが、「三陸挽歌」を単なる低音挑戦ではなく、水森さんの歌の視点を広げた一曲にしています。

表面だけ真似すると、景色より声が前に出る
水森さんらしさを、高い声や明るい笑顔だけで真似すると、歌は平たくなりやすいでしょう。
明るさは感情が浅いからではなく、歌手が感情を独占しない結果だからです。
逆に「三陸挽歌」の力強さだけを取り出し、低い声を喉へ押し込むのも違います。
本人が変えたのは、苦しそうな音色を作ることではなく、曲全体の視点と重心です。
参考にできるのは、景色を一枚思い浮かべ、そこにいる主人公を少し離れて見る姿勢です。
声を派手に飾る前に、誰がどこを歩き、何を見ているのかを見失わない。
水森かおりさんの歌唱力は、地名を美しく発音する技術だけではありません。
知らない土地を知ったふりで塗りつぶさず、旅人の目で受け取り、聞き手へ返す力です。
水森かおりの声は、旅人と聞き手の間にある
水森かおりさんは、主人公になり切って泣くのではなく、お天気カメラのような視点から旅人と景色を見ます。
その距離が、明瞭な言葉、明るく抜ける高音、聞き手が入り込める余白を生みました。
東京育ちのよそ者であることも、弱点ではありません。
知らない海や山へまっすぐ驚けるから、土地の住人を演じず、全国の人を旅へ連れていけます。
そして「三陸挽歌」では、長年の方法を捨てずにカメラの位置を下げ、低く力強い世界へ踏み込みました。
水森さんの歌い方は、感情を強く見せるほど伝わるとは限らないことを教えてくれます。
「東尋坊」から「鳥取砂丘」、30周年を経て173曲へ至った歩みは、水森かおりさんの歌声の変遷で時代順に紹介します。






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