山内惠介の歌い方・発声|声を伸ばさず「余韻」で歌える理由

山内惠介の歌い方と発声を解説する記事のアイキャッチ シンガー

山内惠介さんといえば、まっすぐ伸びる声と端正なビブラートを思い浮かべる人が多いでしょう。
しかし、25年を超える歌手人生の先で本人が手に入れたのは、長く伸ばす技術だけではありません。

音をあえて短く切り、その後の沈黙に感情を残す。
少ない言葉の間を、息や表情でつなぎ、聞き手の頭の中に景色を作る。

現在の山内さんの歌唱を面白くしているのは、この「鳴っていない時間」まで歌として扱う力です。
若い頃には歌の登場人物になりきれず悩んだ人が、舞台経験を経て、三分の歌に一人分の人生を入れられるようになりました。

明るく通る声は、派手に飾らなくても輪郭が消えない

山内さんの声は、明るく前へ飛び、言葉の輪郭が見えやすい声です。
音楽ライターによる評では、金管楽器を思わせる華やかさがあり、情熱的でありながら制御を失わない点が特徴として挙げられています。

専門家の解説では、ビブラートの中心がぶれにくく、音程をわずかに曲げる表現、低音の安定、ロングトーンを支える息の持続が評価されています。
難しい言葉を使わずに言えば、声が揺れても「どの音を歌っているか」がぼやけにくいのです。

この土台があるため、強く伸ばすだけでなく、小さく置いた語尾も歌として残ります。
声量を落とした瞬間に息だけにならず、音を切った瞬間にも、その前の言葉の意味が消えません。

演歌の高音を地声かミックスボイスかだけで決めようとすると、この面白さを取り逃がします。
曲の高さ、母音、音量によって使い方は変わり、外から声帯の状態を断定することもできません。

山内さんの場合、声区名より先に注目したいのは、音をどこまで伸ばし、どこで離し、その後をどれだけ聞き手に委ねるかです。

新人時代は、歌の中の女性になれなかった

意外なことに、山内さんは最初から物語を自在に演じられたわけではありません。
初期の「船酒場」では、酒場で客を待つ女性の気持ちがつかめず、どう歌えばよいのか分からなかったと振り返っています。

高校生で演歌歌手になった青年に、年齢も性別も生活も異なる人物を三分で生きろと言われたようなものです。
節回しが正しく、声がよく通っても、人物の心が分からなければ歌は説明に聞こえてしまいます。

このつまずきは、山内さんの歌唱を理解するうえで重要です。
現在の端正な歌い方は、感情が薄いから整っているのではありません。

すぐに泣き崩れたり、大声で悲しみを示したりせず、人物の感情が聞き手の中で育つ余地を残すために整えられています。
若い頃に分からなかった「他人の人生を歌う」という課題が、後の表現の中心になりました。

恋の手本を歌う山内惠介

二時間の芝居が、三分の歌の密度を変えた

転機になったのが、2014年に舞台『曽根崎心中』で主演した経験です。
そこで生まれた「恋の手本」を歌う時、山内さんは、二時間かけて演じる物語を三分ほどの歌へ凝縮する感覚を学びました。

歌の主人公には、曲が始まる前の生活があります。
最初の一音で突然生まれ、最後の音と同時に消えるわけではありません。

一番を歌い終えた後にも、言葉にできなかった考えが残っている。
間奏の間にも人物は呼吸し、次の言葉を選んでいる。

そう考えると、間奏は歌手が休む時間ではなくなります。
語尾を長く伸ばすことだけが表現でもなくなります。

「恋の手本」が初のオリコン週間トップ10入りを果たしたのは、人気の転機であると同時に、歌い手としての考え方が変わった時期とも重なります。
売れるまでの時間については、山内惠介さんの歌声の変遷で詳しくたどります。

ポップスを歌ったことで、こぶしを足すより引く判断が増えた

演歌歌手がポップスを歌うと、持ち味のこぶしを強く見せる方向へ進みそうです。
山内さんは、むしろ逆のことを学びました。

さまざまな作家の歌に取り組む中で、無意識に付いていたこぶしを外し、音符をそのまま運ぶ「引き算」が必要になったと語っています。
これは演歌らしさを捨てる話ではありません。

飾りが必要な場所と、言葉をまっすぐ置いた方がよい場所を選べるようになったということです。
全部の語尾を揺らせば、聞き手はどこを大切に聞けばよいか分からなくなります。

反対に、まっすぐ歌う箇所があるから、ここぞという場所のこぶしやビブラートが際立ちます。
山内さんの華やかさは、装飾の量ではなく、出す場所を絞れることによって保たれています。

この感覚は、氷川きよしさんが演歌とロックで言葉の投げ方を変える理由と比べると分かりやすくなります。
同じく演歌を土台に別ジャンルへ広がっても、言葉との距離の作り方は一つではありません。

「北の断崖」は、少ない言葉の外側を歌う作品

2025年の「北の断崖」は、言葉を詰め込んだ歌ではありません。
主要な詞のまとまりは少なく、同じ言葉が戻ってくるため、文字だけを追えば短い作品です。

ところが本人は、この簡潔さを楽とは捉えませんでした。
聞き手の目の前に断崖を描き、内側へ語りかける場面と、外へ感情を放つ場面を分け、言葉と言葉の間を息や表情で埋める必要があったからです。

長い歌詞なら、次の言葉が物語を説明してくれます。
短い歌詞では、歌手が急げば景色ができる前に曲が終わります。

山内さんは、少ない言葉を大げさに膨らませるのではなく、聞き手が情景を作る時間を残します。
声が鳴っている場所より、次の一言を待つ時間の方が緊張する瞬間さえあります。

「余韻で歌う」とは、何となくゆっくり歌うことではありません。
言葉を離した後も、その人物が何を見ているのかを見失わないことです。

北の断崖の山内惠介

「闇にご用心」では、伸ばせる音をあえて切った

この考え方がさらに鮮明になったのが、椎名林檎さんが作詞・作編曲を手がけた「闇にご用心」です。
制作では、本来なら長く伸ばせる音を、提案によって短く切る歌い方が選ばれました。

音を切れば、表現が小さくなるとは限りません。
直前の言葉が耳に残り、沈黙の中で感情が続くことがあります。

山内さん自身も、鳴らさない場所によって気持ちがさらに伸びていく感覚を受け取っています。
長いロングトーンを持つ歌手だからこそ、伸ばさない選択に説得力が生まれました。

歌の人物も、男性か女性かへ簡単に固定できません。
これまで多くの女性主人公を演じてきた経験と、歌い手自身の内面が重なり、性別を越えた不穏さと色気が残ります。

新人時代には、酒場の女性になれずに悩みました。
その人が現在は、人物を外から説明するのではなく、自分の一部を通して、言葉のない時間まで演じています。

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山内惠介の歌い方を見るなら、語尾の後を聞きたい

山内惠介さんの歌唱を参考にする時、まず真似したくなるのは長い声やビブラートでしょう。
けれど、表面だけをまねると、すべての語尾が同じ形になり、歌の人物が見えにくくなります。

「恋の手本」「北の断崖」「闇にご用心」を比べるなら、音が鳴っている間だけでなく、語尾の直後へ注目してください。
間奏へ入る瞬間に人物が消えるのか、それとも次の場面まで感情が続いているのか。

そこに、若い頃から積み重ねた舞台経験と、こぶしを引く判断と、現在の余韻が集まっています。

山内さんの声は明るく、よく通り、長く伸ばせます。
それでも現在のいちばん面白い技術は、鳴らし続けることではありません。

声を離した後まで歌を終わらせないことです。
その沈黙があるから、次の一音が単なる高音ではなく、一人の人物の決断として聞こえてきます。

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