近藤真彦の歌唱変遷|『愚か者』を50歳で歌い直して見えた、歌の表情

2022年のインタビューに登場した近藤真彦 シンガー
2022年のインタビューに登場した近藤真彦

22歳で歌った『愚か者』を、50歳になって録り直す。
近藤真彦は、そのとき初めて歌えるようになったと感じたそうです。
すでに代表曲だった歌にも、年齢を重ねたからこそ込められる表情がありました。

その変化を具体的に語ったのが、2015年のセルフカバーアルバムです。
昔の歌を生バンドと一緒に歌い直し、本人は、これまでの経験が歌の表情になったという手応えを話しています。
近藤の歌唱の変化は、この一曲へ戻ったときの実感からたどれます。

「愚か者」――1987年のオリジナル録音

1987年|22歳の自分なりに歌った『愚か者』

『愚か者』が発売されたのは1987年です。
伊達歩こと伊集院静が詞を書き、井上堯之が作曲したこの曲で、近藤は日本レコード大賞を受賞しました。
歌手として大きな結果を残した一曲ですが、歌詞の意味は長く問い続けることになります。

本人は後年、「愚か者」の頃から、ムードや色気を意識した大人の曲を受け取るようになったと振り返っています。
それ以前の、観客と手を上げて楽しむような歌とは違う世界でした。
ただ、そうした変化は、近藤自身の理解や経験が追いつくのを待って始まったわけではありません。

2015年の対談で、近藤は、当時も自分なりに歌詞を理解して歌っているつもりだったと振り返っています。
その時点の自分が理解できるところまで考え、歌にしていました。

一方、後年の取材では、22歳の自分には、この歌の意味を十分には分かっていなかったとも話しました。
歌詞が描く物語を伊集院に尋ねると、新橋で酔う男の歌だという答えが返ってきました。
近藤には、それだけで片づけるには深い曲だと思えたそうです。
しかし伊集院は、詳しい解説をする代わりに、歌い続けるように伝えました。
先に答えを教えてもらうより、歌いながら時間をかけて受け取っていく曲になりました。

2000年代から50歳へ|自分を見せる歌から、聴き手へ届ける歌へ

歌うことへの思いが変わった機会として、近藤は25周年の日本武道館公演を挙げています。
それ以前には、仕事のどこに軸足を置けばいいのか、居場所が定まらないように感じていました。
ところが会場には、自分の歌を待っていた人たちがいた。
その姿を目の当たりにして、歌うことを改めて受け止めたといいます。

50歳を迎える年の2014年には、歌の伝え方が以前と違ってきたとも話しました。
昔のように自分の格好よさを見せたいという気持ちは薄れ、もっと自然に歌っていられるようになった。
それでも、ファンへの感謝や歌への情熱がなくなったわけではないと説明しています。

目立ちたい気持ちが前面にあった頃から、待っている人に歌を届けることへ。
2015年の再録の前には、歌う自分と聴き手の関係にも、こうした変化がありました。

2015年|同じ歌を録り直し、表情の違いに気づく

2015年、近藤は『三十五周年 近藤真彦×伊集院静=二十四曲』を制作します。
伊集院が作詞した過去の24曲を歌い直した、初のセルフカバーアルバムでした。
『愚か者』も、その中に収められています。

収録は、生演奏と歌を同時に録るライブレコーディングです。
野村義男らの演奏と一緒に、一曲を歌って記録する方法を全24曲で採りました。
昔の作品を、今の歌と演奏で作り直したのです。

弦やホーンも含むバンド編成のアレンジには、船山基紀らが参加しました。
近藤だけが完成した伴奏に歌を重ねるのでなく、奏者たちと同じ時間を共有しながら歌う収録です。
スタジオには緊張感が漂い、録り終えると近藤もメンバーもほっとした様子だったそうです。
長く歌ってきた代表曲でも、その場で一緒に仕上げる緊張がありました。

近藤は前年末から準備を始め、曲を何度も聴き込んで収録に臨みました。
録音は3月末から約2か月にわたり、1日平均2曲のペースで進んでいます。
移動中などにも音源を聴き、24曲を録り切るための準備を重ねています。
本人は、奏者に何度もやり直してもらうわけにはいかないという思いも語りました。
過去にないほど熱心に音楽へ取り組んだという実感は、懐かしい曲を気楽に歌い直すだけではなかったことを伝えています。

録り終えた本人が語った手応えは、経験してきたことが歌の表情に出てきた、というものでした。
その典型として挙げたのが『愚か者』です。
50歳になってようやく歌えるようになったという言葉には、22歳で歌った曲へ、別の実感を持って戻れたことが表れています。

同年の対談では、今は、この曲の良さをかみしめて歌えるようになったとも話しています。
昔も理解しているつもりだったけれど、今、歌い直すと受け取れるものが違う。
その違いが、本人のいう歌の表情につながっていました。

一曲を歌い直す作業が、以前と今の自分の違いを確かめる機会になりました。

2022年|変化しても残したい、近藤真彦の歌い方

歌に表情が増えた一方で、近藤には、歌い続けても残したいものがありました。
2022年のインタビューで話しているのは、自分にしかできない歌い方を大切にする考えです。

2022年公開のインタビューに掲載された、ステージ上の近藤真彦
2022年公開のインタビューに掲載された、ステージ上の近藤真彦。
画像出典:写真掲載元

以前、レコーディングでうまく歌えなかったことを山下達郎に話すと、近藤にしかできない歌い方があると助言されたそうです。
その言葉を受け、うまいと思わせるために小細工するより、デビュー時と同じように、曲をまっすぐ歌えばいいと考えました。
歌がうまくなったと評価されることより、いつまでも自分らしいと思ってもらうことを望んでいます。

『愚か者』で感じた歌の表情と、この考えは両立します。
曲から受け取れるものは増えても、歌う自分まで別人のように作り替える必要はない。
経験で変わる部分を受け入れながら、近藤の歌として届ける土台は保とうとしていました。

60歳を迎えても|歌詞に感じる「別れ」と、終わらない理解

2023年に伊集院をしのんだ取材では、近藤は、歌うと胸に込み上げてくるものがあるようになったと話しています。
その説明で思い出したのが、伊集院から酒席で聞いた、人との別れの話でした。
伊集院がさまざまな男たちと付き合い、別れも経験してきたことが、自分にくれた歌に表れているのかもしれない。
近藤は、そんなふうに受け止めるようになっていました。

作者が歌詞の意味を一つに決めて教えたのではなく、歌い手が年月の中で、自分なりの読み方を見つけている。
何を受け取るようになったのかが、こうした後年の説明で具体的に見えてきます。

2024年、60歳になった近藤は、コンサートで『愚か者』を歌い続けながら、少しずつ意味が分かってきたと語っています。
50歳の録音で手応えを得た後も、この曲との関係は続いていました。

「愚か者」――2024年11月18日放送、MBN「韓日トップテンショー」での歌唱

2015年には、5年後に歌えば、また違う『愚か者』を歌えそうだとも話していました。
長く歌ううちに受け取り方が変わることを、本人も感じていたのです。
歌い直した後の時間も、この曲を歌う自分の実感へ重なっていきます。

2025年のテレビ番組の収録後にも、伊集院が書いた言葉の意味を、今も探していると話しました。
「愚か者」を長く歌い続ける中で、そのときの自分がどう受け取るのかを確かめているのです。

2025年7月放送のSound Inn Sで歌う近藤真彦
2025年7月放送のSound Inn Sで歌う近藤真彦。
画像出典:写真掲載元

近藤の歌唱変遷で具体的に見えるのは、22歳で自分なりに理解して歌った曲を、50歳でかみしめて歌えるようになったという変化です。
その後も、同じ歌から受け取るものは増え続けています。
まっすぐ歌う自分を残しながら、歌の表情を重ねていく。
『愚か者』へ何度も戻る歩みが、その変化をよく示しています。

実際の歌で声の強さをどう選ぶかは、近藤真彦の歌い方で紹介しています。

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