三橋美智也の歌唱変遷|「古城」の哀愁から、カールの親しみへ

キングレコード掲載の三橋美智也(赤い背景の肖像) シンガー
キングレコード掲載の三橋美智也(赤い背景の肖像)

民謡で育った三橋美智也の声は、「古城」では悲しみを深め、「カール」のCMではのどかな村を身近にした。
同じ声の持ち味が、二つの仕事でどう違う表情を見せたのか。
1959年のヒット曲と、1974年からのCM歌唱を手がかりに、その歩みをたどってみたい。

「古城」|キングレコード提供・公式音源(「青龍」収録)

民謡で育った声を、歌謡曲へ

三橋は幼い頃から母のもとで民謡を学び、1954年に「酒の苦さよ」でデビューした。
翌年の「おんな船頭唄」がヒットし、歌謡曲の世界でも広く知られるようになる。
キングレコードの紹介が挙げているのは、民謡で培った張りのある声と、情感の豊かさだ。

その張りを、いつも同じ強さで押し出したわけではなかった。
1959年に発表した「古城」には、持ち前の声を引くことで生まれる哀愁がある。

「古城」では、声を抑えて悲しみを深める

荒れた城の姿を描く「古城」は、三橋の明るく伸びる声を知っているほど、違う表情に目を向けたくなる曲だ。
当時のシングル盤を取り上げた個人ブログ「おじなみの日記」は、民謡でのよく抜ける歌声を抑え、引いて歌うことで悲しさが増すと評している。

この聴き手が心を動かされたのは、声を大きく響かせる力より、そこから一歩引く選択だった。
張りのある声の歌手が、張りを前面に出しすぎずに情景を描く。
「古城」の哀愁は、三橋の声の持ち味を弱点に変えることなく、その見せ方を変える歌唱として受け取れる。

三橋美智也「古城/祭り太鼓」のシングル盤
三橋美智也「古城/祭り太鼓」のシングル盤。
画像出典:写真掲載元

1974年、カールのCMに加わった歌声

それから時を経て、三橋の声はお菓子のCMでも親しまれるようになる。
明治のCM年表によると、三橋が「カール」の歌を担当した最初の作品は、1974年12月の「雪だるま篇」だ。
同じ年の春には寺本圭一、夏から秋にはつのだ☆ひろや小坂一也が歌っており、初めから三橋だけの歌だったわけではない。

ここで面白いのは、民謡育ちの声が、カントリー調の曲に入ってきたことだ。
評論家の堀家敬嗣は、川口真が作曲・編曲したワルツを、三橋の抜けのよい高音とこぶしが、三拍子の音頭へ変えてしまうと評している。

曲の拍子を変更したという意味ではない。
同じ三拍子でも、どんな声が歌うかによって、受け取る風景が変わるという指摘だ。
民謡の出自を残す三橋の歌は、CMに描かれた村ののどかさと結びつき、おやつの時間に似合う親しみを生んだ。

「カールの歌(いいもんだな故郷は)」|キングレコード提供・公式音源(CM放送版とは別の楽曲音源)

声の持ち味を残しながら、歌の役割を変える

「古城」では声を引く表現が、失われたものへの悲しみにつながる。
後の「カール」では、明るく抜けるこぶしが、村の暮らしを身近に感じさせる。
三橋の歩みには、民謡で育った声を手放すのではなく、作品に合わせて使う場所を変えていく姿が見える。

哀愁のある歌と、親しみのある歌。
その間を行き来できる声だったからこそ、歌謡曲の名歌手は、お茶の間のおやつの時間にも居場所を作れたのだろう。

高音とこぶし、伴奏の拍との関係については、三橋美智也の歌い方で紹介している。

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