伊藤蘭の歌を発声から考えるとき、手がかりになるのは、本人が語る地声と裏声の関係です。
キャンディーズでは高いパートを担いましたが、地声そのものは他の二人より少し低かったといいます。
高い声をどう使うか、言葉をどんな長さで歌うか、無理なく曲を伝えるにはどうするか。
蘭さんの歌い方は、その選択の積み重ねとして見ることができます。
高いパートに、裏声を生かしていた
2023年のotonanoの取材で、蘭さんは高音域を歌うときに裏声を使っていたと振り返っています。
その特徴に気づいた穂口雄右が、歌の中での生かし方を見つけてくれたと受け止めていました。
当時のコーラスでは、地声とは違う声を選ぶことが、高いパートを歌う手段になっていました。
蘭さんは藤村美樹と歌い方の話をした際、音を長く伸ばしたり、反対に短く切ったりすることを例に挙げたとも話しています。
高さだけでなく、音を残す長さにも表情を作る余地がある。
メンバー同士の何気ない会話にも、蘭さんが歌をどう捉えていたかが表れています。
裏声は蘭さんにとって、三人の声の重なりを作る一つの方法でした。
ここで区別したいのは、もともとの地声の高さと、曲の中で受け持つ音の高さです。
地声が少し低い人でも、別の声の出し方を使えば、高いパートに持ち味を生かせる。
蘭さんの回想は、コーラスの担当だけでは一人の声の特徴を言い切れないことも教えてくれます。
声を揃えるために、歌詞の読み方から整えていた
三人で歌うときには、音の高さに加えて、言葉の揃え方も大切にしていました。
Cocotameの取材では、担当ディレクターが三人で声を揃えて歌詞を読む時間を設けていたことを、蘭さんが紹介しています。
本人も忘れていたような下準備が、歌い出すと一つの声にまとまる感覚の背景にありました。
『哀愁のシンフォニー』のコーラスも、譜面に書かれた音や言葉を歌っていたと振り返っています。
主旋律と、それを囲むコーラスを自分たちで受け持つことが、当時の歌では当たり前でした。
声の個性を出すだけでなく、他の声と重なったときに曲になるよう、言葉も整えていたのです。
同じ取材では、スタジオでピアノに合わせて音を確認し、一人ずつ歌ってパートを決めていたことも語られています。
役割を固定して当てはめるというより、実際に出た声を聴き、曲の中へ配置する作業でした。
歌詞の読み合わせは、その声の違いを残しながら、言葉の運びを一緒にするための準備と捉えられます。
三人の声を聴くときは、同じ言葉を重ねる部分と、主旋律の周りへ別の言葉や音が入る部分を追ってみたい。
一人の高音の伸びだけに耳を向けると気づきにくい、言葉が揃う心地よさや、声同士の受け渡しが見えてきます。
蘭さんの声も、その組み合わせの中で役割を持っていました。

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『My Bouquet』では、力を抜いて曲を伝えることを選んだ
2019年のソロアルバム『My Bouquet』の録音について、蘭さんは、無理をしないところで歌うことを一番のポイントとして挙げています。
若い頃には力に頼った部分もあったと振り返ったうえで、新しい曲を伝える歌い方を探していました。
声の勢いを増すことだけを、歌のよさにはしていません。
自ら詞を書いた『女なら』も、この再出発のアルバムに入っています。
一人で歌う録音には、三人でスタジオにいた頃とは違う心細さがあったそうです。
それでも、今の自分が歌えるところから曲と向き合う。
力を抜くという言葉は、蘭さんにとって、歌うことを続けるための具体的な選択でした。
『Shibuya Sta. Drivin’ Night』では、起伏を抑えて歌う
力を抜くという考えは、静かな曲だけで使うものではありません。
2023年の音楽ナタリーの取材で、『Shibuya Sta. Drivin’ Night』の録音について、蘭さんはまず抑揚を控えた無機質な感じで歌い、声にエフェクトをかけてもらったと説明しています。
声の表情をあらかじめ選び、その上で録音の音作りを重ねた曲です。
強弱や感情の起伏を大きくつける歌なら、声の変化が聴き手を引っ張ります。
この曲で本人が選んだのは、起伏を抑えた声をサウンドに組み込む方法でした。
生の歌声で行った表現と、録音の効果で生まれた響きの両方が、完成した歌を作っています。
声の加工だけを、生身の発声の特徴として捉えないようにしたい部分です。
同じ取材で『今』を振り返った際には、前向きな言葉も伝え方によっては押し付けがましくなると話し、歌を以前よりまろやかに表現できたという手応えを語っています。
元気な言葉に、どれほどの強さを添えるか。
蘭さんが無理なく歌うところを探すのは、言葉を受け取る側との距離を選ぶことにもつながっています。
語る歌では言葉を、ステージでは息の配分を大切にする
『Beside you』に入る『家路』について、蘭さんはシンプルなバラードだからこそ難しかったと話しています。
歌ネットの取材を担当した西山寧は、その歌唱を、語るように歌詞が伝わる歌と評しました。
大きく声を張る表現だけが、蘭さんの歌の持ち味ではありません。
蘭さん自身も、曲の世界を理解して自分の中に取り込めているかを、録音で気にかけていたといいます。
言葉をどんな気持ちで歌うかを決める時間が、声の表情を選ぶ時間になっています。
同じアルバムの『あなたのみかた』では、間奏に台詞が入り、そこから再びサビへ戻ります。
歌ネットの取材によると、この台詞も詞曲を手がけたトータス松本が書いたものでした。
歌の中に、音程に沿って歌う声と、相手へ話しかける声が並んでいます。
『家路』の語るような歌唱と聴き比べるなら、話す声から旋律のある声へ移る境目が手がかりになります。
同じ歌い手が、言葉をどんな距離で届け、どこから歌の流れへ戻るのか。
高音や声量とは別に、蘭さんの言葉の扱いを聴ける場面です。

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一方、踊る曲も含めて歌うステージでは、一曲だけでなく公演全体を考えています。
『Dance on! Love on!』を携えた2026年のツアーを控え、本人は息切れしないよう、歌いながら配分を考えることに触れました。
これは蘭さんが実際のステージで意識していることです。
歌の表情とともに、ステージを歌い通すための配分にも意識を向けています。
地声と裏声、音を伸ばすことと切ること、声を張ることと言葉を語ること。
伊藤蘭の歌い方には、曲を伝えるためのいくつもの選択があります。
三人で歌う経験から、一人で歌い方を試すようになるまでの歩みは、伊藤蘭の歌唱変遷でたどっています。







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