歌い手Souの歌声はどう変わった?15歳の投稿から『Panorama』まで

歌い手Souの歌声の変化を15歳の投稿からPanoramaまでたどる記事のアイキャッチ 高い声の出し方

歌い手Souさんは、歌唱に迷った時、完成度の高い最新作ではなく、昔の録音を聴き返すことがあるそうです。
2015年の声は現在より音域が狭く、うまく届かない音もある一方、限界ぎりぎりで歌う未完成さには、今では作れない魅力が残っていると本人は話しています。

この姿勢は、Souさんの歌声の変化をよく表しています。
初期の青さを捨てて上手な歌手へ変わったのではありません。
自宅で一人録る歌い手から、外部の耳を受け入れる歌手へ進み、自作曲を持ち、多数の作家へ自分から曲の景色を提案するようになっても、昔の必死さを現在の歌へ持ち帰っています。

15歳の投稿から2026年の「Panorama」まで、変わったのは声の高さだけではありません。
声を録る場所、曲を作る人との関係、そしてSouという声が作品全体で担う役割が大きくなりました。

2013年から2015年、届かない音まで歌った少年期

Souさんは2013年、15歳で動画投稿を始めました。
ボーカロイド曲を自分で歌い、自宅で録音とミックスを行う歌い手文化が活動の出発点です。

2015年の「右に曲ガール」は大きな注目を集め、同年12月には1stアルバム「水奏レグルス」でメジャーデビューしました。
当時の歌唱について、Souさん自身は、現在より音域が狭く、限界の端で必死に歌っていたと振り返っています。

音が完全にはまらなくても前へ進む、その未整理な熱量が初期の魅力でした。
現在の耳で聴けば直したくなる部分があるからこそ、技術を得た後に忘れたものを思い出させてくれる録音でもあります。

この時期のSouさんは、完成されたキャラクターを演じていたわけではありません。
投稿のたびに違う曲へ入り込み、自分の声がどこまで届くかを試しながら、聞き手がSouという人物を声から想像する関係を作っていきました。

2018年、一人で録る声に外からの耳が入った

2017年のナユタン星人とのアルバム、2018年のEveさんとのコラボアルバム「蒼」によって、Souさんの声は一人の投稿者の枠を越えていきます。
同じ2018年、「SUMMER VERSE!!」ではQ-MHzのメンバーがスタジオで歌唱をディレクションしました。

普段は自宅で録ることが多かったため、人に見られながら歌う環境そのものが新鮮だったと本人は振り返っています。
そこで指摘されたのは、得意な音域より少し低くなると声量が落ちることと、歌詞の頭をさらに明瞭にすることでした。

この出来事は、声質を別物へ変えたというより、自分だけでは見えにくい癖を外部の耳で知った転機です。
半音上と半音下のキーまで試し、最終的に原曲キーが最も声を生かすと判断された過程も、ただ高く歌えればよい段階から、作品に合う声を選ぶ段階へ進んだことを示しています。

2018年、外部の耳を受け入れて録音したSou

2019年、自分で曲を書くと声の主語が変わった

2019年の2ndアルバム「深層から」は、歌い手Souがオリジナルアーティストとして前へ出た作品です。
先行曲「愚者のパレード」では、初めて本人が作詞作曲を手掛けました。

提供された曲の感情を解釈するだけでなく、自分で生み出した言葉と旋律を、自分の声で成立させる責任が加わります。
歌声そのものが変わったというより、声が「曲を借りて表現するもの」から「自分の世界を始めるもの」へ広がりました。

同じアルバムには、かつてカバーした「心做し」と対になる書き下ろし曲「証として」も収録されています。
歌ってみたで築いた過去を切り離さず、そこから新しい作品を返していく構造が生まれたことも、この時期の大きな変化です。

2020年、全曲オリジナルで歌い手の外側へ出た

2020年のEP「Utopia」は、カバーを含まない全曲オリジナル作品でした。
アニメ「ID:INVADED イド:インヴェイデッド」のオープニング曲「ミスターフィクサー」と、自作の表題曲「ユートピア」が同じ作品に収められています。

この頃の本人は、もっとできるのではないかという感覚が、最後まで続く戦いになるだろうと話していました。
歌唱力を獲得して完成したのではなく、できることが増えるほど、自分が何を作りたいかという問いも大きくなっています。

まふまふさんの歌声の変遷にも、歌い手文化からオリジナル作品へ重心を移す過程があります。
ただしSouさんの場合は、歌ってみたの軽やかさを捨てず、多数の作家との共同制作を自分の世界へまとめる方向に進みました。

2022年、ライブとアルバムが同じ声を別の場所へ運んだ

2022年の3rdアルバム「Solution」には、川谷絵音さん、ピノキオピーさん、柊キライさん、煮ル果実さんなど、多彩な作家が参加しました。
「常夜灯」のようなバンド感のある曲から、ネット発の鋭い楽曲まで、一枚の中で求められる声色が広がっています。

同年のツアーは、コロナ禍以降初の有観客ライブでした。
自宅で何度も録り直せる歌唱と、その場で観客へ届ける歌唱は同じ条件ではありません。
活動初期には画面の向こうで想像されていた声が、会場の空気を動かす声としても育っていきました。

この変化を単純な「声量が増えた」という話にはできません。
録音では細部を選び、ライブでは一度の流れを成立させるという、別々の責任を同じ声が担うようになったことが重要です。

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2024年、曲ごとに歌い方を変えることが作品の軸になった

4thアルバム「センス・オブ・ワンダー」では、作風だけでなく、歌い方そのものの実験がさらに前へ出ました。
第三者の紹介でも、パワフルな曲、揺れるリズムへ軽く乗る曲、鋭い高音を使う曲、純粋な声色を見せる曲が一枚に並ぶ作品として捉えられています。

Souさんは一つの理想的な声へ近づくのではなく、作品ごとに何を残すか選ぶようになりました。
2025年のインタビューで昔の録音を聴くと話したのも、過去を卒業したからではなく、現在の洗練が消してしまった魅力を取り戻すためです。

多様な歌い方を一枚へまとめた2024年のSou

2025年から2026年、十年前の未完成さを未来へ持っていく

2025年には、1stアルバムから10年を記念するライブ「水想レグルス」が行われました。
初期曲を現在の自分が歌い直すだけでなく、当時の未完成さと今の技術を同じ舞台で向き合わせる公演です。

翌2026年の5thアルバム「Panorama」では、Souさんが作家へ求める景色を自ら提案し、異なる世界を自分の周囲360度へ配置するような作品を作りました。
じんさんには、一般に期待される疾走感のあるロックではなく、より自然体のポップソングを依頼しています。

さらに、2015年に転機となった「右に曲ガール」を、2026年にもう一度公式動画として公開しました。
過去の代表曲を懐かしい記念品として置くのではなく、現在の活動へ接続し直したのです。

初期より音域も制作技術も広がった一方、Souさんは当時の必死さを価値のない未熟さとは考えていません。
うまく歌えるようになった現在が、うまく歌えなかった過去から学び直す。
この往復こそ、Souさんの歌声が十年以上変化しながら、同じ「青さ」を失わない理由です。

まとめ

歌い手Souさんの歌声は、2013年の自宅投稿から、外部ディレクション、自作曲、全曲オリジナル作品、有観客ライブ、多数の作家を束ねるアルバムへと役割を広げてきました。

2015年には限界ぎりぎりで歌う未完成さがあり、2018年には低音の声量と言葉の明瞭さを外部の耳から学びました。
2019年以降は自分の曲を持ち、2024年には曲ごとに異なる歌い方を作品の魅力へ変え、2026年には自分から作家へ景色を提案する立場へ進んでいます。

それでも、変化は昔の声を消す方向には向かいませんでした。
歌唱に迷えば古い録音へ戻り、未完成だった声の勢いを現在へ持ち帰る。
Souさんの歌声の変遷は、上手さを積み上げる一本道ではなく、過去と現在を何度も往復しながら、自分の声が持つ青さを更新していく歴史です。

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