石井竜也のコンサートでは、さっきまで笑っていた客席が、次の歌で泣いていることがあります。
ところが、歌っている本人の気持ちは、まだ悲しみに追いついていない。
そんな舞台裏を、石井はラジオで明かしていました。
甘く響く声や、大きく揺れるビブラートは、確かに彼の歌の魅力です。
でも、それだけで笑いから悲しみへ移れるのでしょうか。
石井の歌い方を面白くしているのは、声に加えて、表情やしぐさ、曲の順番まで使いながら、一曲ごとの気分を作っていくところにあります。
2012年の「ヒハマタノボル」は、彼のゆったりとした歌を知る一曲です。
この曲をラジオでかけたピストン西沢も、声のビブラートの大きさに注目していました。
悲しい気持ちになる前に、悲しい顔で歌う
2019年の「OH! ISHII LIVE」では、恋がうまくいっている歌を二曲、その後に失恋の歌を二曲続ける構成を試しています。
間にトークが入るとはいえ、歌手は、恋を楽しんでいる人から、失恋した人へと、演じる気分を切り替えなければなりません。
石井によると、本人の感情が十分に入るのは、失恋の歌を二曲目まで歌い、その二番に入った頃。
それまでは悲しそうな表情を作り、自分に悲しいのだと言い聞かせながら歌っていたそうです。
ここで面白いのは、悲しくなったから歌う、という順番だけではないことです。
コンサートは進んでいきますから、心が切り替わるまで待つわけにはいきません。
まず表情と歌を、その曲にふさわしいものにする。そうして歌っているうちに、自分の感情も近づいていくのです。
これは、感情がこもっていないという話とは少し違います。
石井は、伴奏するメンバーにも同じ気分になってもらう必要があると話していました。
歌手だけが悲しい顔をしていても、演奏が先ほどの陽気さのままなら、失恋の歌としてはまとまりません。
声、顔、伴奏をそろえて、次の曲の世界を作る。本人の気持ちも、その中で動き始めます。
伸ばした声を、ただの長い音で終わらせない
石井の声を特徴づけるビブラートは、音を伸ばす間に、音の高さが繰り返し揺れる歌い方です。
「ヒハマタノボル」を聴いた西沢は、その揺れの幅が一定であることにも驚いていました。
大きく揺れながらも、揺れ方がばらばらにならない。その組み合わせに、石井らしさを感じ取っていたのでしょう。
一つの音を長く歌う場面では、次々と言葉を足すことはできません。
それでも、まっすぐ保つのか、揺らしながら伸ばすのかで、同じ長さの音から受ける印象は変わります。
石井の場合、その伸ばす時間にも、聴き手の注意を引く特徴があるのです。
だからこそ、彼の歌は「高い音が出る」「声が大きい」だけでは説明しきれません。
一つの言葉を終えるまで、どれくらい時間をかけるか。その間、声をどう保つか。
同じ母音を伸ばしている間にも、声の揺れを聴かせる。
言葉をはっきり伝える部分に加えて、音を伸ばす部分にも聴きどころを作っているのです。

手に持ったペンライトまで、歌の相手になる
感情の表し方は、顔だけにとどまりません。
「OH! ISHII LIVE」を見たファンの記録には、石井がペンライトを歌の相手に見立て、胸に抱いたり、見つめたりする様子が残っています。
客席の明かりとして使う道具が、歌の中では、思いを向ける相手になるのです。
恋の歌では、歌詞に登場する相手は普通、ステージにいません。
石井は、手元のものへ視線を向けたり、抱き寄せたりすることで、見ている人にも、誰かを思って歌っていることが伝わるようにしています。
大きな会場でも、その動きがあれば、声だけでは分かりにくい感情を目で追えます。
衣装や舞台美術まで自ら手がけてきた人なので、派手な見せ方の話に聞こえるかもしれません。
けれど、この場面で使っているのは、手に持てる小さな道具と、視線と腕の動きです。
歌に出てくる人をどう思っているのか。その思いを、声の外側でも表しているのです。
笑わせることも、歌へ戻るための準備になる
では、感情を込めて歌うなら、トークもずっと真面目なほうがよいのでしょうか。
石井は、むしろ冗談を言って自分を大きく見せないようにしています。
2022年には、歌のうまい人であろうと意識しすぎると、かえって間違えてしまうと話していました。
見事に歌わなければ、と構えるほど、いつもできていることまで意識してしまう。
歌う本人にとっても、笑いには、その緊張をほどく役割があるのでしょう。
客席も、立派な歌手をかしこまって見上げ続けるだけでなく、一緒に笑える相手として石井を見られます。
ただ、冗談を言った後に悲しい曲を歌うのは、先ほどの話のとおり簡単ではありません。
笑いがあれば、自動的に次の歌が感動的になるわけでもない。
そこで、顔を作り、歌い始め、演奏者と気分を合わせるという仕事が必要になります。
笑わせる人と、泣かせる歌を歌う人。その両方を務めるために、石井は一曲ごとの切り替えをしているのです。
オーケストラの前でも、よそ行きの歌手にならない
伴奏が大きく変わったときにも、石井は自分のコンサートらしさを考えています。
オーケストラとの共演を準備した際、最初は、その編成に似合いそうな曲を選んでいました。
ところが指揮者の大友直人から求められたのは、もっと派手で、石井らしい曲でした。
クラシックの演奏者と共演するからといって、歌手まで別人になる必要はない。
指揮者が求めたのも、あの石井の歌を、いつもと違う伴奏で響かせることだったのでしょう。
選曲を考え直すやり取りは、そのことを教えてくれます。
一方、2016年の公演を振り返った中野香織のブログには、ゆったりしたオーケストラの伴奏によって、歌詞がよく届いたという感想もあります。
派手な曲を歌うことと、言葉をじっくり聴かせることは、同じコンサートの中にあってよいのです。

石井自身が、装飾の少ないステージでも歌で楽しませられる、と自信を持つようになった過程は、石井竜也の歌声の変遷でたどっています。
石井の歌を支えているのは、いつでも同じ濃さで、立派に歌い上げることではありません。
笑っていた空気をどう変えるか、伸ばす言葉をどう聴かせるか、見えない歌の相手をどう感じさせるか。
甘い声を持っているうえに、その声が一曲ごとに違う感情として届くよう、表情や演奏まで整える。
歌の途中だけでなく、歌う前から、その歌い方は始まっているのです。
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