1983年の「Midnight Pretenders」は、亜蘭知子の代表的な録音として聴かれ続けています。
けれど、2010年の復帰ライブに向けた本人の記録には、自分の歌を歌うことへの思いがけない戸惑いが残っています。
声を出す準備と並んで難しかったのは、かつての歌手・亜蘭知子になりきることでした。
この一年をたどると、過去の録音を知っているだけでは見えにくい、舞台へ戻るための試行錯誤がわかります。
「Midnight Pretenders」(1983年作品、WM Japan提供音源)
まず、自分が歌った曲を聴き直す
亜蘭知子は作詞家として活動し、1981年から自身のアルバムも発表してきました。
2006年には渚のオールスターズの再結成にも参加しています。
その経歴の中で、本人が20年ぶりの復活と呼んだのが、2010年5月27日の「復活SPECIAL LIVE」でした。
3月25日のブログには、リハーサルが始まる前に、自分の歌をじっくり聴き直していると書かれています。
過去の曲は、本人にとっても改めて向き合う対象でした。
一度歌った曲だから、そのまますぐ舞台で歌えるという感覚ではなかったのです。
記憶の中の自分と、実際に残っている歌を確かめるところから、準備が始まっていました。
歌手の自分が、照れくさくなる
5月6日の練習記録では、誰も見ていないスタジオで歌っているのに、照れてしまうと打ち明けています。
そこで自分に掲げた言葉が「なりきり亜蘭知子」でした。
かつて歌手として舞台に立っていた自分が、今の自分にすぐ重なるわけではない。
自分自身の歌手としての姿へ入っていくことが、復帰の最初の課題になっていました。
体の感覚にも、久しぶりの歌唱ならではの戸惑いがありました。
動きを意識して練習すると、思った以上に疲れてしまう。
マイクの重さにも、二日目になってようやく慣れてきたと記しています。
声を出すことに加えて、マイクを持ち、動きながら歌うところまで、もう一度体で確かめていたのです。
声が立ち上がるまでの時間と、バンドとの調整
5月16日には、休みを挟みながら三時間の個人練習をしたことを書いています。
最初の一時間ほどは声がなかなか立ち上がらず、発声練習のような時間になったといいます。
スタジオの雰囲気には慣れてきても、歌う声が整うまでには、まだ準備の時間が必要でした。
この時点では、メンバーがそろってのバンドリハーサルはまだ先でした。
それぞれの予定があり、まず各自で練習を進め、全員で合わせる最初の日は5月20日。
本番まで一週間という日程に本人は緊張しつつ、共演者なら仕上げてくれるだろうという信頼も記しています。
実際の5月20日の練習については、後日のブログに、ギターの増崎とキーボードの小野塚の呼吸が合い、演奏が素早くまとまっていく様子が残っています。
そこには、半音下の譜面を見ながら鍵盤を弾く場面も登場します。
曲名や変更の理由までは書かれていませんが、当日の演奏に向けて調整された譜面を使っていたことはわかります。
個人練習で声を整える段階から、共演者と一つのステージを作る段階へ進んでいました。
緊張が消えなくても、届ける相手が見えてくる
本番前日の5月26日には、会場へ来る人だけでなく、来られない人にも思いを向けています。
応援を送ってくれた人たちの顔を思い浮かべながら歌いたい。
ブログを通じて受け取った反応が、舞台から歌を届けたい具体的な相手につながっていました。
一人のスタジオで自分の歌手姿に照れていたところから、待っている人へ向かって歌うところへ、意識も移っていきます。

画像出典:写真掲載元
5月27日の公演では、アンコールで「Everything」を歌い、最後は「Body To Body」で締めくくりました。
後の公演記録には、最後まで緊張していたけれど、とても幸せだったと書かれています。
練習を重ねた結果、緊張がすべて消えたという話ではありません。
緊張を抱えたまま歌い切り、応援してくれた人たちと復帰を喜べたことが、この舞台の到達点でした。
次の公演では、仲間に合わせて曲を選び直す
同年11月26日の「AGELESS PARTY with Friends」へ向けた準備では、共演者から広がる楽しさが前に出てきます。
10月の選曲時には、サックスの古村が参加することになり、サックス入りの曲を増やしたと書いています。
最初に曲を少し多めに選び、リハーサルをしながら最終的なセットリストに絞り込む方針でした。
同じ持ち歌でも、誰と演奏するかによって、その日の選曲を考え直していたのです。
11月16日の最初のバンド練習では、和やかな雰囲気の中で演奏が決まっていくことを喜び、その楽しさを本番でも伝えたいと記しています。
その後の練習では、新しい編曲や即興も加わりました。
自分の曲なのに思わず演奏に聴きほれる、という本人の言葉からは、よく知る曲の中に新しい面白さを感じていたことが伝わります。
5月には、歌手だった自分へ戻る難しさを強く意識していました。
11月には、目の前の奏者が作る音を楽しみ、それを観客にも届けたいという気持ちが記されています。
過去の自分を思い出す準備から、今の仲間と歌う場を作ることへ、関心が広がっていったと読めます。

画像出典:本人ブログ
楽しく歌えた舞台も、映像で見れば課題が残る
11月の公演を終えた後、自宅へ届いたDVDを見ると、本人は自分の歌にまだ満足できませんでした。
12月3日のブログでは、気持ちよく歌っているように見えるステージ写真を紹介する一方、ボイストレーニングも、歌うための体づくりも、さらに必要だと振り返っています。
観客の前で歌う喜びを得たことと、自分の歌を見直す目は、同時に存在していました。
亜蘭知子の2010年は、昔の歌を思い出せばすべて元に戻る、という一年ではありませんでした。
自分の録音を聴き直し、声が整うまでの時間を取り、共演者と演奏を作り、公演後の映像でまた歌を見直す。
その積み重ねに、歌うことをもう一度自分の生活へ戻していく過程が残されています。
録音での柔らかな歌声や、曲によって大きく変わる声の表情については、亜蘭知子の歌い方で扱っています。







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