「タッチ」を何十年も歌うなら、1985年の録音をなぞり続けるのが正解なのでしょうか。
岩崎良美はそう考えてきたわけではありません。
フランス語でも歌い、ダンス向けのアレンジも試し、2007年と2024年には自分の代表曲を録音し直しました。
その末に、いま大切にしているのは、意外にも原曲にあるギターの響きです。
同じ曲に戻ることは、若い日の声に戻ることではありません。
彼女自身、年齢とともに歌い方も変わったと話しています。
何を変え、何を残そうとしているのか。
「タッチ」の歌い直しを軸にたどります。
1985年――歌が始まる前に、ギターが走り出す
岩崎良美の「タッチ」は、1985年3月21日に発売されたテレビアニメ『タッチ』の主題歌です。
岩崎は1980年に「赤と黒」でデビューしていましたが、この曲によって、歌手の名前を知らない子どもにも声が届くようになりました。
本人は後年、イントロのギターを聴くと気持ちを引き込まれると語っています。
このイントロは、ただの勢い任せではありません。
作曲した芹澤廣明を取材した音楽番組の記録によると、次のコードを半拍早く弾くことで前へ進む感覚を生み、ギターは矢島賢に託されました。
歌の第一声が出る前から、曲は走り始めていたのです。
岩崎の声だけで「タッチ」の速度を作っていた、と捉えると、この曲の強さを見誤ります。
当時の録音が基準として残ったからこそ、その後の歌い直しには二つの難しさが生まれました。
新しく歌う意味を出したい。
しかし、聴き手が覚えている曲の輪郭まで壊してしまえば、別の歌になってしまう。
その間を、岩崎は長い時間をかけて探しています。
2007年――別の言葉、別のリズムを試す
2007年のセルフカバー盤『タッチ(21st century ver.)』には、「タッチ」の新録とともに、フランス語版「タッチ~Touche」、ダンス向けのリミックスが収められました。
野村義男がギターで参加した新録もあり、一枚の中に複数の答えが並んでいます。
原曲を守るか変えるかの二択ではなく、同じ曲がどこまで違う姿になれるかを試した作品です。
フランス語への関心には、10代で観たフランス映画から続く憧れがありました。
2026年の取材で岩崎は、40代にフランス語の歌をライブで披露した際、カタカナの発音で済ませず言葉を学ぶよう、友人に勧められたと振り返っています。
好きな歌を、その言葉らしい流れで届けたい。
そこから一年間、個人レッスンで発音を学び、さらに文法も習うようになりました。
すでに日本語では長く歌ってきた人が、別の言葉では初歩から学び直す。
この経験は、代表曲を外国語に置き換えるという企画を越えて、自分の口から出る音を確かめる仕事でもあったはずです。
フランス語への関心は続き、後にはアコースティックなカバー作品にもつながっていきます。

TEAM Entertainment掲載
一枚の中に日本語の新録とフランス語版、リミックスが並んだことにも意味があります。
言葉を変えてみたいときと、耳に親しんだ形で聴かせたいときでは、同じ曲でも歌の置かれ方が違う。
どれか一つを唯一の正解にせず、代表曲と付き合う選択肢を増やしていました。
2015年――同じ曲でも、毎回同じ歌にはならない
2015年のNHK『新・BS日本のうた』で歌った「タッチ」は、レコード発売から30年後の舞台の記録として、のちにポニーキャニオンの公式チャンネルで公開されました。
1985年のスタジオ録音、2007年のセルフカバーと違い、これは観客に向けたテレビ歌唱です。
同じ曲が、スタジオで作品を作る場と、その日の客席へ届ける場の両方に残っているのです。
岩崎にとって、芝居は歌への気持ちを新しくする仕事でもありました。
デビュー当時は周囲の期待を重く感じたものの、歌と芝居の両方に携わることで、一方の仕事から他方へ戻ったときに新鮮さが生まれたといいます。
長く歌うための支えは、歌だけを繰り返すことの中にあったわけではないのです。
2021年の取材では、九年間出演したミュージカル『アニー』にも触れています。
初めて観に来る人と同じ気持ちで向き合うため、同じ作品でも飽きることはなかった。
同じせりふでも同じ演技にはならず、歌も毎回同じにはできないというのが、本人の考えでした。
「タッチ」も、原曲のコピーを一度完成させれば終わる仕事ではない。
ステージごとに、その日の聴き手と自分の声で成立させる歌として捉えられます。
2016~17年――フランス語の歌が、日本語の歌を考え直す手がかりに
「タッチ」を歌い続ける一方、岩崎は別の言葉でも歌を育てていました。
2016年のアコースティックCD『My Life』では「おもいでの夏」「さよならを教えて」など、2017年の『Someday』では「男と女」「イパネマの娘」などをフランス語でカバーしました。
本人のフランス語サイトにも、二枚の収録曲が紹介されています。
「タッチ」を一度違う言葉で歌ってみる段階から、その言葉で歌う曲を蓄えていく活動になっていたのです。
2021年の取材では、日本語の歌も力を抜き、会話のように歌いたいという願いを語っています。
本人がフランス語の歌に感じたのは、カフェで話すときのような親しみやすい響きでした。
音を伸ばし、きれいに歌い上げることだけでなく、相手に話しかけるように日本語を届けたい。
外国語の歌が、日本語で目指す表現を考え直す手がかりにもなっています。
発音の学習は、その後も続いていました。
2026年には、一曲を歌い込んで口を発音に慣らすことも、自分の勉強法として紹介しています。
自然に聞こえる歌を目指して、言葉の響きを学び続ける。
岩崎のいう力の抜けた歌は、そうした積み重ねの先にあるものなのでしょう。
2024年――新録でも残した、原曲のギター
2024年には「タッチ(2024)」を新たに発売しました。
後の取材で岩崎は、フランス語や英語、ディスコ調やハウス調など、さまざまな形を試してきたと振り返っています。
そのうえで、原曲のギターのフレーズは欠かせないと考えるようになり、2007年版と2024年版は当時の音にかなり近づけたと説明しました。
ここで戻したものは、歌手の年齢ではなく、曲を曲として認識させる音の流れです。
2007年の時点でも、別のアレンジを試すことと、原曲に近い形を作ることは、同じ作品の中に共存していました。
2024年の再録まで振り返った本人が、両方の時期に通じる大切な部分として挙げたのが、ギターのフレーズだったのです。
歌い直すたびにすべてを新しくするのではなく、変えてみたからこそ残したい音が分かる。
その判断に、この曲との長い付き合いが表れます。

デイリースポーツ掲載。
2024年の再録時の写真ではありません
岩崎は近年、ライブで「タッチ」をほぼ必ず歌うようにしています。
フランス語の曲を中心にして、意図的に外した時期もありました。
いまは観客の期待と本人の選択の両方で、再び舞台の中心に戻ってきた曲です。
「昔と同じ声」を約束せずに、期待へ応える
2026年の取材で岩崎は、年齢に合わせて歌い方が変わり、曲によってはキーを下げることもあると率直に話しました。
ただし、どの曲をどのキーにしたかまでは述べていません。
「タッチ(2024)」が原曲より低いキーだ、とここから決めつけることはできません。
同年四月のライブ盤発売イベントでは、原曲のキーで歌う曲と、変えている曲の両方があると説明しています。
本人が優先するのは、昔と同じ高さを守ることより、自分が表現したいキーで歌うことでした。
伴奏で原曲らしいフレーズを残す判断と、歌声に合う高さを選ぶ判断は、同時にできるのです。
大事なのは、本人が当時の勢いを期待する声を感じながら、できる限り応えたいと考えていることです。
自分も聴く人も楽しくいられる歌にしたい、という現在の目標は、無理に昔の自分を演じることとは違います。
「タッチ」は、同じ曲なのに、その時々の岩崎が何を選ぶかを映してきました。
異なる言葉とアレンジへ広げ、またギターのフレーズへ戻る。
その道のりが示すのは、変わった声で原曲の魅力を届け直すという、歌い続ける人ならではの選択です。
ギターと歌、コーラスがどう力を分け合うかは、岩崎良美の歌い方で一曲の中から考えます。







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