YUIさんの歌唱変遷で最も大きく変わったのは、声の高さでも上手さでもありません。
歌声を作品の一番前へ置く人から、声をバンドの中へ混ぜる人へ変わったことです。
路上でギター一本を抱えていた時、歌声は言葉を届けるための中心でした。
人気シンガーソングライターになり、エレキギターを持ち、活動休止を経てFLOWER FLOWERを組むと、声は次第に一つの楽器として扱われます。
ところが2020年、YUI名義で八年ぶりに「TOKYO」と「CHE.R.RY」を歌った時、昔の自分を再演するだけでは終わりませんでした。
バンドで得た自由を持つ現在の人が、若い時代の曲へ戻ったのです。
- 2004年から2005年:あぐらで歌ったオーディションが原点になった
- 2006年から2007年:素朴な歌声が大きなポップスの中心になった
- 2008年から2010年:休止の後、エレキギターが声の輪郭を変えた
- 2012年:二度目の活動休止は完成したYUI像から離れる決断だった
- 2013年:FLOWER FLOWERで声が一番前から降りた
- 2017年から2020年:休む時間を経て「きれいに歌う」以外の自由が増えた
- 2020年:八年ぶりのYUIは昔へ戻ったのではない
- 2021年:「NATURAL」はセルフカバーではなく二つの名義の合流だった
- 変わらなかったのは上手さより「自然な場所で歌う」姿勢
- まとめ:YUIの歌声は前へ出る力より、前から降りる自由を得た
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2004年から2005年:あぐらで歌ったオーディションが原点になった
YUIさんは福岡で音楽塾へ通い、路上で歌いながら曲を作っていました。
2004年のオーディションでは、決められた二曲ではなく三曲を短くして歌い、椅子ではなく床へあぐらをかいたと公式記録に残っています。
これは後から作られた演出ではありません。
ギターを抱えて歌う時に、自分が最も自然でいられる姿勢を、そのまま審査の場へ持ち込んだ出来事でした。
デビュー曲「feel my soul」の頃は、きれいな完成形より、言葉が生まれた場所の近さが大切にされています。
声量で押すのではなく、息の混じる声とギターの隙間が、歌の緊張感になりました。
初期の「TOKYO」には、上京した自分が追い込まれていた感覚が声へ表れていたと本人が振り返っています。
後年の落ち着いた歌唱と違い、この時期の声には、歌の内容と現実の距離がほとんどありませんでした。
2006年から2007年:素朴な歌声が大きなポップスの中心になった
「Good-bye days」と「CHE.R.RY」が広く届いた時期、YUIさんの声は路上の近さを残したまま、大きな作品の主人公になりました。
映画やCMと結び付いても、歌声を豪華に飾り立てるより、言葉を一人称のまま届ける形が保たれています。
「CHE.R.RY」の明るさは、「TOKYO」の張り詰めた空気とは違います。
それでも、音を大きく揺らさず、短い語尾と素早い子音で言葉を進める個性は共通しています。
この頃に完成したのは、単なる弾き語り歌手のイメージではありません。
ギターを持つ自然体の人物像と、ロック、バラード、軽いポップスを同じ声でつなぐ強いブランドでした。
成功は大きな追い風でしたが、同時に「YUIならこう歌う」という期待も固めます。
後の変化は、この完成した像から離れるところで始まりました。
2008年から2010年:休止の後、エレキギターが声の輪郭を変えた
2008年の活動休止を経て戻ったYUIさんは、同じ弾き語りの続きをするだけではありませんでした。
「again」などのロック曲では、速い言葉と強いバンドの中で歌声を通す必要が増えます。
後に本人は、アコースティックギターとエレキギターでは、曲の作り方だけでなく声の出し方まで変わったと語っています。
歌唱の変化を、年齢や技術だけで説明できない理由がここにあります。
弦の響きが小さい場所では、息や語尾の細部まで歌になります。
大きなバンド音の中では、同じ声を大きくするだけでなく、言葉の始まりや中高音の芯を濃くする必要が生まれます。
この時期のYUIさんは、素朴な声を捨てたのではありません。
小さな声と強い声の間を、作品に応じて行き来できるようになっていきました。
2012年:二度目の活動休止は完成したYUI像から離れる決断だった
2012年、YUIさんは再び活動を休止します。
本人は、新しく挑戦したいことが生まれた一方、このまま同じ形を続けることへの違和感を語っています。

同年の「feel my soul」では、デビュー曲を当時の自分で歌い直す企画が行われました。
若い声を完全に再現するのではなく、七年間歌ってきた人が原点へ戻ることで、同じ曲の意味が変わります。
活動休止を「歌えなくなった」と結び付ける根拠はありません。
公式の発言から見えるのは、YUIという完成した名前を守るより、まだ試していない音楽へ進むための区切りです。
ここで止まったのは歌手活動ではなく、ソロシンガーYUIを中心にした作品の作り方でした。
2013年:FLOWER FLOWERで声が一番前から降りた
2013年、yuiさんは尊敬するミュージシャンへ声をかけ、FLOWER FLOWERを結成しました。
大文字のYUIから小文字のyuiへ表記が変わったこと以上に、音楽の作り方が変わります。
本人は、ドラムに対してボーカルが聞こえるかどうかを気にしなくてよいと伝えました。
四人の音が合わさったものがFLOWER FLOWERであり、歌声だけを前へ出す必要はないという考えです。
「月」の公式ライブ映像は、結成初期の時代を確認できる資料です。
ここで大切なのは、ソロ時代と声質を比べて優劣を決めることではありません。
路上では歌とギターが本人の言葉を運びました。
バンドでは、声がベースやドラム、鍵盤とぶつかり、混ざり、時には後ろへ下がること自体が作品になります。
歌声が弱くなったのではなく、目立つことを義務にしない自由を得たのです。
2017年から2020年:休む時間を経て「きれいに歌う」以外の自由が増えた
FLOWER FLOWERは、家族や体調を含む生活上の変化と休止を挟みながら活動を続けました。
再始動後の本人は、音楽を作る意味やバンドの存在が以前とは変わったと語っています。
作品では、アコースティックな曲だけでなく、変則的なリズム、電子音、ささやく声、言葉の意味を前面に出さない歌唱まで選択肢が広がりました。
歌詞を正確に届けることより、四人で生まれる空気を残す場面も増えています。

2020年のアルバム制作では、スタジオで偶然出た声や遊びをそのまま作品へ残す考えが語られました。
若い頃のYUIが、書いた歌をまっすぐ伝える歌手だったとすれば、この時期のyuiさんは、演奏中に起きた予想外の音も受け入れる歌手です。
同年の配信ライブでは、FLOWER FLOWERとしてソロ時代の「SUMMER SONG」も演奏されました。
昔の曲を封印するのではなく、現在のバンドの音へ移し替えられるようになったことが分かります。
2020年:八年ぶりのYUIは昔へ戻ったのではない
2020年、YUI名義で「TOKYO」と「CHE.R.RY」を歌うのは八年ぶりでした。
床へあぐらをかき、ギターを抱えた姿は、デビュー前のオーディションと重なります。
ただし、これは原点をそのまま再現する企画ではありませんでした。
本人は「TOKYO」をソロツアーの最後に歌った大切な曲として選びながら、「CHE.R.RY」では相手を驚かせる遊びまで入れています。
若い時期の「TOKYO」は、上京の圧迫感と近い距離で歌われました。
十五周年の歌唱では、その時代を知る人が、緊張と一緒に余裕や遊びも持って曲へ戻っています。
同じ曲でも、歌った人の時間まで巻き戻るわけではありません。
YUI名義への復帰は、昔の声を取り戻す出来事ではなく、FLOWER FLOWERで得た自分を連れて昔の歌へ会いに行く出来事でした。
現在の歌声の特徴は、YUIさんの歌い方・発声分析で、息、言葉、バンドとの関係から詳しく整理しています。
2021年:「NATURAL」はセルフカバーではなく二つの名義の合流だった
2021年、デビュー十五周年を記念したセルフカバーミニアルバム「NATURAL」が発表されました。
「feel my soul」「CHE.R.RY」「Rolling star」「Good-bye days」など、YUI時代を代表する曲がFLOWER FLOWERの編成で録音されています。
この企画の面白さは、昔の曲を現在の声で歌い直したことだけではありません。
YUIとFLOWER FLOWERを別々の時代として切り離さず、一つの作品の中で出会わせた点にあります。
ソロ時代の曲は、歌手の声を中心に記憶されています。
バンドで演奏し直すと、声は過去を保存する主役でありながら、現在のメンバーと並ぶ一つの楽器にもなります。
公式に確認できる大きな作品の流れでは、このセルフカバーが二つの活動を結ぶ節目です。
その後の状態を、根拠なく「引退」や「活動中」と決めるべきではありません。
変わらなかったのは上手さより「自然な場所で歌う」姿勢
YUIさんの歌声は、路上、ポップス、ロック、バンド、セルフカバーと役割を変えました。
息の量、中高音の芯、言葉の置き方も、作品に合わせて一つではありません。
それでも変わらないのは、自分が自然に音楽へ入れる場所を探す姿勢です。
オーディションでは床へ座り、FLOWER FLOWERではボーカルを一番前へ置く決まりを外し、八年ぶりのYUIでも再びあぐらで歌いました。
形式だけを見ると、最初の姿へ戻ったように見えます。
中身は逆です。
若い頃は、その姿しか知らない人でした。
後年は、別の歌い方とバンドの自由を知ったうえで、自分から同じ姿勢を選び直しています。
あいみょんさんの歌声の変遷や、バンドの中で言葉の役割を変えてきた藤原基央さんの歌唱変遷と比べると、シンガーソングライターの声が作品との関係で変わることがよく分かります。
まとめ:YUIの歌声は前へ出る力より、前から降りる自由を得た
YUIさんの歌声は、デビュー初期の素朴さを捨てて別人になったわけではありません。
息を含む声、まっすぐな言葉、ギターと近い距離は、時代が変わっても残っています。
大きく変わったのは、その声を作品のどこへ置くかです。
路上では歌が中心にあり、ロック曲では輪郭を増し、FLOWER FLOWERでは声をバンドの中へ下げる選択を覚えました。
2020年のYUI名義と2021年のセルフカバーは、過去への後戻りではありません。
声を主役にする方法と、声を一つの楽器にする方法の両方を知った人が、二つの時代をつないだ結果です。
上手くなったか、声が変わったかだけでは、この変遷の面白さは見えません。
YUIさんが得た最大の変化は、歌声を前へ出す力ではなく、必要なら前から降りられる自由だったのです。
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