田所あずさの歌い方|高音の力強さと、言葉をそっと置く声を使い分ける

2023年12月22日「ころあこ vol.1」の田所あずさ シンガー
2023年12月22日「ころあこ vol.1」の田所あずさ

田所あずさの歌を考えるとき、高音の力強さは欠かせません。
ただ、曲ごとの歌い方を見ると、その力を前に出すだけでなく、裏声へ移り、言葉を小さく置き、話すように抑える選択もあります。
どれも同じ声を薄くしたり濃くしたりするだけでは説明できない、表現の違いです。

どこで声を張るか、どの言葉を立てるか、曲の中でどんな人物として歌うか。
田所の歌い方は、そうした選択を重ねることで形になっています。
具体的な制作時の工夫から、その声の使い分けを見ていきましょう。

高い音ほど、強く押し出せばよいわけではない

初期の田所は、裏声をうまく使えず、高い音も地声で出し切る歌い方だったと振り返っています。
対して、2025年の「ハレニウム」は、作曲した神田ジョンが、裏声を使う箇所を見込んで作った曲です。
強い声で全部をつなぐのではなく、声の切り替えを含めて曲が設計されています。

地声で押す高音には、言葉を強く投げかける力があります。
裏声を選べば、同じ高い場所でも別の軽さや余韻を作れます。
大切なのは、高さを競うように一つの出し方を押し通すことではなく、その場面の声が曲に合っているかという点です。

その使い分けは、高音だけに注目すると見落としやすくなります。
「レイドバック・ガール」のように低い音域も生かす曲では、下の音をどんな響きで保つかも歌の印象を左右します。
田所の表現には、高い音へ駆け上がる力と、低いところで声の色を聞かせる幅の両方があります。

きれいに整える声と、勢いを作る声

2016年の「Boom! Boom!」では、田所が普段きれいに歌おうとしていることが、かえって課題になりました。
録音で求められたのは、少し気だるく、荒さのあるアクセントでした。
ディレクターの実演も手がかりに、いつもの整った歌い方から離れる必要があったのです。

同じアルバムの「It's my CUE.」では、息を吸う場所やアクセントにも細かな指示がありました。
ロックの勢いは、ただ大きな声を出すことだけで生まれるものではありません。
どこで言葉を区切り、次の音へどう入るかという小さな選択が、歌の勢いを支えています。

その違いは、2021年の「Waver」公演でも曲ごとに現れました。
「いつか暮れた街の空に」では、オルガンやピアノの響きを受け、感謝の思いを素直に歌っています。
対して「ころあるこ。」では、言葉を吐き出すように扱い、反発する気持ちを前面に出しました。

同じ歌手の声でも、丁寧に差し出す言葉と、相手へぶつける言葉とでは、その扱いが違います。
荒い表現を常に使うのではなく、歌詞の感情に応じて選ぶことが、この歌い分けを支えています。

言葉を立てるところと、少し遅らせるところ

「運命ジレンマ」では、速い言葉を聞き取れる形にする工夫が必要でした。
Aメロの中で埋もれやすい言葉をはっきり出し、ラップでは日本語と英語のアクセントやリズムを繰り返し確かめています。
勢いを保ちながら言葉の輪郭も残すための作業です。

一方、Dメロでは歌い方が変わります。
それまでの押しの強さから、少しリズムの後ろへ寄るような、粘りのある表現へ切り替えました。
一曲の中でも、前へ進めたい言葉と、引き留めて聞かせたい言葉では、時間の使い方が違うのです。

「箱庭の幸福」は、小さな声ほど細部が見える

「箱庭の幸福」で田所が意識したのは、囁いたり、言葉をそっと置いたりするような歌い方です。
冒頭は声が目立つため、強く張る歌とは別の集中力が求められました。
柔らかく歌うことを、声を小さくして済ませてはいません。

伴奏の音が少ないAメロでは、言葉を置く位置やリズムが隠れません。
そのうえで目指したのは、絵本を読んであげるような距離感でした。
幸せだけにも悲しさだけにも寄せず、聞く人に近づきすぎない温度を探っています。

本人は、この曲の音の流れをたどることも難しかったと話しています。
穏やかなメロディだからこそ、ひとつの音を雑に通り過ぎると、歌の細やかな表情が保ちにくくなります。
力を抜いて聞こえる歌にも、音と言葉を丁寧に運ぶための準備があるのです。

2022年『箱庭の幸福』発売時の田所あずさ
2022年『箱庭の幸福』発売時の田所あずさ。
画像出典:画像掲載元

抑揚を足さない声、質感を残す声

「家弁慶 in da house」では、ラップを会話に近づけるため、抑揚をあまりつけない方法を選んでいます。
一つひとつの言葉を大きく演じると、曲が求める普段着の感覚から離れてしまうからです。
対して「産声はハミング」では、マイクにまとわりつくようなざらつきを目指しました。

ここで使い分けているのは、声の大きさだけではありません。
言葉にどれほど表情をつけるか、録音にどんな声の質感を残すかという違いです。
すべてを澄んだ強い声にそろえず、その曲で必要な人柄や空気を選ぶところに、田所の表現の幅があります。

声優としては、歌の不安定さにも理由を作る

アニメ『アイドルマスター ミリオンライブ!』で最上静香を演じた際には、劇中のオーディションで歌う「Rat A Tat!!!」に、緊張から音を外す場面がありました。
田所は単に音程を崩すのではなく、呼吸が浅くなってうまく歌えなくなる過程を表そうとしています。
普段の歌唱の失敗ではなく、登場人物の心情を伝えるための演技です。

その後、徐々に立ち直り、最後は力を発揮するところまで、細かく組み立てて録音しました。
同じ曲の中で声の状態を変えるには、どう歌うかに加え、なぜその人物がそうなるのかを考える必要があります。
歌の技術と演技がつながる、田所らしい具体例です。

伴奏と一緒に、声の強弱を作る

田所は、2015年のアコースティック配信で「Straight Forward」を歌った際、音数の少ない演奏が歌詞や曲調に合うと感じていました。
生演奏の強弱や奏者の導きがあると、歌にも気持ちを乗せやすいといいます。
実際にリハーサルでは、カホンの拍に合わせて歌い出すタイミングも調整していました。

この感覚は、アコースティックだから小声で歌う、という単純な分け方では捉えられません。
演奏が盛り上がるところで声を開き、言葉を聞かせたいところでは伴奏との間を確かめる。
周りの音を受け取って歌うことも、声を生かす大切な条件になっています。

田所あずさの歌い方を知る手がかりは、強い高音だけでなく、その前後にあります。
裏声への切り替え、言葉を置く位置、抑揚を足さない選択まで見ると、曲ごとに声の役割を変えていることがわかります。
こうした選択肢が増えてきた過程は、田所あずさの歌唱変遷でたどっています。

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