花たんの歌い方――「アルカンシェル」では強い声をどう抑えた?

花たんの公式ビジュアル・2024年アニメ主題歌紹介 シンガー

花たんは力強い曲だけを歌う人でも、かわいらしい声だけを使う人でもありません。
2023年の「アルカンシェル」では、いつもなら強く歌いがちな言葉を、相手に話しかけるように届けようとしました。
その一方で、同じ盤の「不夜城」では、いくつもの声の案を録り、最終的に自分の予想よりかわいらしい歌が選ばれています。
花たんの歌い方を知る鍵は、広い声域をどんな人物の表現に使い、曲に合う声をどう選び直すかにあります。

「アルカンシェル」は、二人の主人公を一人の声で描く

「アルカンシェル」はアニメ『転生王女と天才令嬢の魔法革命』のオープニングです。
魔法を使えない王女アニスフィアと、才能がありながら婚約を破棄された令嬢ユフィリアが進む物語。
花たんは、主題歌の相談を受けた日に原作の漫画を買い、性格の異なる二人が道を開いていくところに引かれました。
歌う前に、誰の物語を届けるのかをつかもうとしたのです。

作詞作曲のdorikoはユフィリアの目線で歌詞を書いたといいます。
これに対し花たんは、歌う側からは二人のどちらの言葉としても受け取れると考え、とくにサビにはアニスフィアの印象を持ちました。
取材では、その部分を明るく開けるように歌いたかったと説明しています。
一曲を一人の性格に固定せず、言葉によって視線を変える。
歌声の表情を考えるうえで、これは重要な手がかりです。

「探してほしい」を、押しつけずに伝える

同じ曲でも、相手へ向ける短い言葉では別の選択をしました。
花たんは自分には強めに歌う傾向があると認めたうえで、「探してほしい」という言葉は話しかけるように歌いたかったと述べています。
サビの開放感と、隣にいる相手に届く距離感は同じ一曲の中で共存します。

dorikoは、花たんの力強いロックな声からかわいらしいウィスパーまで知っていたものの、この曲ではきれいな声を想定して書き、二曲とも声を抑えめにしてほしいと頼んだそうです。
花たんも、dorikoの曲は自分のキーに合い、その分歌い方の幅を試せると話します。
ここでの「抑える」は歌う力が足りないという意味ではありません。
登場人物の言葉が届くために、強さをどこで使うか決める仕事です。

「不夜城」は、格好よさを用意してからかわいさを選ばれた

同じシングルのカップリング「不夜城」では、花たんは格好よく歌う案、かわいらしい案、さらにかわいさに寄せた案の二、三種類を用意しました。
作者に選んでもらうつもりで仮のミックスを作ると、dorikoが選んだのは花たんにとって意外なほどかわいらしい歌だったといいます。
dorikoは、オープニング曲と違う一面を見せながら、女性らしさを残したかったと説明しました。

歌手が最初に思い描いた「格好いい」が、その曲に最もふさわしいとは限りません。
候補を実際に録って作り手と選ぶところまでが、花たんの歌い方です。
「アルカンシェル」と「不夜城」を一枚に収めた本人も、雰囲気と歌声が異なる二曲を楽しんでほしいと話しました。

「アネモネ」は中音域から高音へ、物語ごと大きく動く

一方、強い高音を生かす曲では、声が上がっていく動きそのものを表現に組み込んでいます。
2014年の本人作「アネモネ」は、最初はラプンツェルを題材にした恋の歌を考えていたものの、書き進めるうちに心の不安定な女性の物語になったそうです。
花たんはこの曲について、中音域から一気に高音域へ進む、自分らしい歌を思い描いたと説明しています。
高い音を独立した見せ場として置くのではなく、そこへ向かう前の声との落差がある曲です。

同じアルバムの自作曲「餓えた野獣」では、逆のことが起きました。
好きな漫画の登場人物を思って作曲したところ、自分が歌うことを忘れ、キーがかなり低くなってしまったと振り返っています。
得意な高さを選ぶ「アネモネ」と、人物のイメージを優先した結果、低くなった「餓えた野獣」。
二曲を並べると、花たんにとって声域は歌いやすさだけで決まらず、誰を描くかにも左右されることが分かります。

OSTER projectによる「泡沫の砦」などを歌った際も、難しい高音ほど挑みたくなると話していました。
ただし、その積極性をどの曲にも同じ強さで持ち込むわけではありません。
力を出して盛り上げる曲があるからこそ、「アルカンシェル」で抑える選択の違いもはっきりします。

『ERiCa』では、かわいらしい曲を大人の人物として歌った

2016年のアルバム『ERiCa』にも同じ発想を別の形で見られます。
OSTER projectの曲では、花たんは普段、少し子供っぽい歌い方になることが多かったそうです。
しかし表題曲「ERiCa」では、現場で大人っぽく歌ってほしいと求められ、落ち着きと色気のある女性を思い描きました。
本人は抑揚に気を配ったと語っています。
声を高くするか低くするかだけでなく、曲に登場する人物の年齢感まで変えて歌ったわけです。

同じアルバムの「カミソリパーティー」では、いわゆるヤンデレ的な主人公になりきりつつ、暗く沈みすぎない明るさを残しました。
「胸の箱」では、失恋したのかどうか言い切らない歌詞に合わせ、寂しさを漂わせながら事情を少しぼかして歌ったといいます。
正反対の感情を一つの声色へ丸め込まない。
歌詞の人物が何を隠し、何を見せるかによって表現を決めています。

「gradation」で、恋する二人の不器用さを引き受ける

2024年のアニメ『やり直し令嬢は竜帝陛下を攻略中』のエンディング「gradation」では、花たんはジルとハディスの不器用で純粋な恋心、そして互いを思う気持ちを込めたと公式にコメントしました。
二人の関係を単に甘い歌として扱わず、近づきたいのにまっすぐ伝わらない感情も歌の前提にしています。
「アルカンシェル」で二人の異なる視点を受け止めたように、ここでも歌う前に人物同士の関係を読み取っています。

カバーでは、好きな歌い回しを残しながら自分の声にする

2014年にアニメ主題歌をカバーしたときは、原曲の好きな細かい癖を取り入れつつ、自分ならどう歌うかを考えて丁寧に歌ったといいます。
歌い慣れている曲でも、覚えた音程を再現するだけではなく、残したい表情を選んでいたのです。
2025年の取材でも、浜崎あゆみ、宇多田ヒカル、HYDEの声の出し方や気に入った歌い回しを参考にし、そこから自分の歌い方にすることには苦労したと明かしています。

人から学んだ声と、曲の人物から考えた声。
花たんの表現は、その両方を録音の中で試すところに面白さがあります。
「不夜城」で複数の案を用意できたのも、一つの声色だけを正解にしない姿勢とつながります。

花たんの公式ビジュアル・2024年アニメ主題歌紹介
2024年の花たん公式ビジュアル。
画像出典:アニメ公式サイト

強く届かせたい場面では声を開き、相手へ向ける一言では語りかける。
録音した複数の案から予想外のかわいさを採ることもある。
花たんの歌い方は「力強い」「かわいい」のどちらかを選ぶものではなく、その曲の人物に必要な距離を一行ごとに見つける仕事です。
2008年の投稿から2025年の歌い直しへ、そうした選択がどう広がったかは、花たんの歌唱変遷でたどれます。

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