エディ・ヴェダーの歌声は、低く深い響きと、感情が一気にあふれるような強さで知られています。
パール・ジャムの初期の姿を思い浮かべる人には、その切迫した歌が何より印象的かもしれません。
けれど、長い活動の中で育ててきたのは、激しさだけではありませんでした。
声を抑えて言葉を届ける歌、映画の人物の内面を担う歌、小さなウクレレと寄り添う歌。
さらに近年には、リズムの異なる曲や、新しい仲間との制作にも取り組んでいます。
初期の強さに加えて、どんな表情が増えてきたのかをたどってみましょう。
1991年、低い声と感情の強さがバンドの顔になった
パール・ジャムの始まりには、演奏だけが入ったデモにヴェダーが歌を加えた出来事がありました。
「Alive」「Once」などの原型で、ストーン・ゴッサードが強く惹かれたのは、その低い声でした。
高い音を競うようなロックの歌とは違う、深い響きと感情の強さが、バンドに必要な個性になったのです。
同時期のテンプル・オブ・ザ・ドッグでは、クリス・コーネルと「Hunger Strike」を歌いました。
低いパートをヴェダーが受け持ったことで、コーネルは歌詞の感じられ方まで変わったと振り返っています。
デビュー期から、声の違いが曲の意味を広げる場面を経験していました。
1991年の『Ten』では、勢いに任せて歌っていたわけでもありません。
録音を担当したドン・ギルモアは、ヴェダーが何度も歌を録り直し、自分の求める形を追っていたと語っています。
荒々しく聞こえる表現にも、本人なりの明確な判断がありました。

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1998年、抑えた歌と大きく開く歌が並ぶ
名声の大きさに苦しんだ時期を経て、1998年の『Yield』の頃には、メンバー同士の距離の取り方も変わっていました。
それぞれが別の時間を過ごし、また集まって音楽を作ることに、新鮮さを感じていたと話しています。
バンドを続ける方法を探るなかで、曲に向き合う余地も生まれていました。
『Yield』には、「Wishlist」のように声を抑えて感情を伝える歌と、「In Hiding」で大きく声を解放する歌が共存しています。
「Given to Fly」でも、穏やかな始まりから、演奏とともに歌の勢いが増していきます。
力強さを持ちながら、曲のどこでそれを出すかを選ぶ幅が、はっきり見える作品です。
この変化を、ただ大人しくなったと捉えると、「In Hiding」のような歌を説明できません。
声を大きく使う力は残しながら、静かな歌にも同じくらいの役割を与えています。
後のソロ作品で目立つ親密な表現は、バンドの中でもすでに育っていました。
『Into the Wild』で、歌が人物の内面を語る
2007年の映画『Into the Wild』では、ショーン・ペンが、台詞だけでは語らない部分を歌に託しました。
撮影を進めるうちに、主人公の内面に重なるのはヴェダーの声だと感じたと説明しています。
歌手本人の存在感を示すだけでなく、映画の人物が抱く思いを引き受ける仕事でした。
作品の冒頭に並ぶ「Setting Forth」「No Ceiling」には、孤独だけでなく、外へ向かう自由も描かれています。
音を絞った曲の中で、ヴェダーの声が近くに感じられることも、この作品の大きな魅力でした。
ロックバンドの厚い音の中とは違う形で、歌の持つ感情が前に出ています。
「Guaranteed」では、アコースティックギターの旋律に、低い声の自然な重みを重ねています。
大きな音の壁がなくても、声が言葉の思いを支える歌です。
ここで重要なのは、バンドから離れたこと自体より、歌の役割が変わったことです。
観客へ自分をぶつけるだけでなく、画面の中の人物と聴き手の間をつなぐ声にもなりました。
歌を置く場所が変わることで、もともと持っていた静かな表現が、より長く、まとまった形で示されたのです。
2009年から2011年、静かな歌が近さを生む
その後も、静かな歌はソロだけのものにはなりませんでした。
2009年のパール・ジャムの公演では、弦楽四重奏を迎えた「Just Breathe」「The End」が、繊細な歌を聴かせる場面になっています。
大きな会場でのロックの演奏と、感情をそっと差し出す歌が、同じステージの中にありました。
2011年の『Ukulele Songs』は、1990年代半ばから手にしていたウクレレとの時間を形にした作品です。
ヴェダーは、この小さな楽器となら、バンドの曲より物語を伝える余地があると感じていました。
新しい趣向を急に思いついたというより、私的に育ててきた歌を表へ出したアルバムでした。
「Sleeping by Myself」では、声の輪郭を柔らかくした歌が、小さな伴奏に合っています。
「Without You」にも、低い声の深みを保った穏やかな表情があります。
声の厚さを、そのまま強い圧力にする必要はないことが伝わる歌です。
グレン・ハンサードやキャット・パワーとのデュエットも収められました。
一人で強く歌を引っ張る姿だけでなく、相手の声と並んで、小さな歌を一緒に作る姿が見えてきます。
親しみやすい編成の中でも、ヴェダーの低い声は曲を支える中心にありました。
『Gigaton』では、リズムの異なる声を見せる
2020年の「Dance of the Clairvoyants」では、トーキング・ヘッズを思わせる歌い回しが現れます。
制作したジョシュ・エヴァンスは、その表現もヴェダーが以前から好んできた音楽に由来すると説明しています。
従来の激しい歌とは違っていても、無理に別人を演じたということではありませんでした。
『Gigaton』の制作では、メンバーが持ち込んだアイデアを、後から別のメンバーが組み替えることもできました。
一度決めた形を固定せず、曲を変えながら、全員が面白いと感じるところを探しています。
こうした進め方が、いつものバンドの音だけに収まらない作品を支えていました。
長く活動した歌手に、新しい声の表情が現れることがあります。
それは必ずしも、声そのものが別のものへ変わったという意味ではありません。
違うリズムや曲の形を選んだときに、それまで前面に出ていなかった音楽の好みが、歌い方として現れることもあるのです。
『Earthling』で、仲間と歌うソロへ
2022年の『Earthling』では、ソロ作品でも大きなバンドの音に戻りました。
アンドリュー・ワットと楽器を触りながら曲が生まれ、エルトン・ジョンらとの共演へ広がった作品です。
一人で作る自由だけでなく、相手の案を受け入れることで音楽が育つという考えが、制作の中心にありました。
「Long Way」には、親しくしていたトム・ペティへの思いが重なっています。
簡潔な和音から生まれた曲に、ハートブレイカーズのベンモント・テンチのオルガンが加わりました。
自分を育てた音楽と、今の声を自然につなぐような作品になっています。
エルトンと歌う「Picture」では、息を含む、比較的軽い高めの声も見せています。
また「On My Way」では、亡き父の録音に自身の歌を重ねました。
共演する相手や、声を重ねる意味によって、ソロ作品の中でも違う表情を選んでいます。

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2024年、同じ部屋で生まれる歌の勢い
『Dark Matter』では、ワットとパール・ジャムが一緒に曲を作る時間が重視されました。
ゴッサードは、完成した案を送るより、同じ部屋で作っているときのほうが、ヴェダーが強く反応し、歌が進むと説明しています。
声を後から載せるだけでなく、歌が生まれる勢いを、バンド全体で受け止める制作でした。
「Wreckage」では、伴奏が整いきる前の数テイクから、歌の形がすでに出来ていたといいます。
初期に何度も録り直した集中力とはまた違う、曲へ素早く反応する姿が見えます。
年月を重ねても、仲間の演奏を受けて歌が動き出す感覚は、創作の中心に残っていました。
静かな表現を深めた後に、またバンドの勢いへ向かう。
この往復があるため、ヴェダーの歩みは、激しい歌から穏やかな歌へ進んだという一本の線にはなりません。
歌う場所と相手を変えながら、声の使い方を増やしてきた歩みとして捉えるほうが、作品同士のつながりが見えます。
2026年、一人のステージに重なる長い歩み
2026年4月、初のソロ来日公演では、バンドの曲、ソロ曲、カバーが一つのステージに並びました。
ギターやマンドリンを使った弾き語りを軸に、「Just Breathe」の静けさと「Porch」の激しさが共存しています。
一人で歌う場所にも、パール・ジャムの力強さは持ち込まれていました。
深い声で感情をぶつけることも、抑えた声で言葉を近く届けることも、今のヴェダーにつながっています。
若い頃の強さを残すか失うかだけではなく、その強さをどんな場面で、どんな人に向けて使うかが広がってきたのです。
曲ごとの低い声や、声を大きく開く場面については、歌い方の記事でも掘り下げます。

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