松島聡の歌声の変遷には、声の印象が変わる話と、その声を本人がどう受け止めるようになったかという話があります。
少年時代の高い声から、甘さを含んだソロ、短く低い声を生かすダンス曲へ。
表現を増やした先で待っていたのは、自分の声を好きになるという、もう一つの転機でした。
Sexy Zoneでの歩みからtimeleszでの活動までをたどると、歌の変化を支えているのは、経験を積んだ本人だけではないことも分かります。
一緒に歌う仲間、舞台の演出家、曲の作り手。
異なる相手と声を交わすたび、自分の声の使い道を見つけ直してきたのです。
2011〜2017年――期待された高い声から、一人で見せる表情へ
2011年にデビューする以前から、松島の歌は身近な人に強い印象を残していました。
佐藤勝利は後年、Jr.時代の松島が歌唱力を評価されていることをうらやましく思い、ライバル視していたと明かしています。
一方の松島は、佐藤が呼ばれる現場へ自分は行けないことに嫉妬していた。
同じグループに入った二人でも、相手に見えていた長所は、自分から見えている景色と違ったのです。
デビュー初期には、高い声でソロやハーモニーを担いました。
初めてのオリジナルソロ曲「Break out my shell」を発表した2016年には、かすれを含みながら甘さも残す声が印象的だったと評されています。
グループの一節を受け持つ時とは違い、一曲を通して自分の表情を見せる場ができました。
2017年の「ROCK THA TOWN」では、マリウス葉と重なる素直な歌声も持ち味になっています。
一人で存在感を示すことと、誰かと声を合わせて曲を支えること。
松島の歌には、早くから両方の役割がありました。
2020〜2021年――復帰後の挑戦は、英語詞と短い低声へ
2018年からの休養を経て、2020年に活動を再開します。
この時の松島は、以前の経験を振り返りながら、自分や相手に余白を残すことの大切さを語りました。
何事も極端に考えがちだった自分が、どう振る舞えば心地よいのかを考えられるようになった。
復帰の場には大きな緊張もありましたが、準備と話し合いを重ね、仲間のいる場所へ戻っています。
その後に待っていた大きな課題が、2021年の「RIGHT NEXT TO YOU」でした。
全編が英語詞で、本人も難しかったと話しています。
休養中に発表された「Small Love Song」を挙げつつ、復帰後に「Arms Around Me」を歌った経験にも触れ、難しい課題を力に変えていこうとしました。
英語詞を難しいと感じながらも、挑戦の機会として引き受けていたのです。
「RIGHT NEXT TO YOU」の1番には、松島が低く吐き出すように短い言葉を置く部分があります。
長い旋律を歌い上げるだけでなく、一瞬の声の質感で曲の展開を印象づける役割です。
初期の高い声と比べるなら、単に声が低くなったという説明では足りません。
同じグループの曲でも、誰の声を、どこに、どれだけ置くかが変わる。
短い一節が曲の表情を決める音楽へ踏み込んだことで、松島の声にも新しい見せ場が生まれました。
2021〜2022年――舞台で学んだことが、歌詞の歌い方へ戻ってきた
2021年の「赤シャツ」に続き、2022年には舞台「こどもの一生」に主演します。
慣れない環境で迷う松島に、演出家のG2は、一緒に冒険する相棒になろうと声をかけました。
共演者のやり取りについていく大変さは、次第に舞台の楽しさへ変わっていったそうです。
毎日違う演技を見せる相手と関わり、自分の芝居も更新していきたいと考えるようになります。
その経験の手応えを、松島は「Trust Me, Trust You.」の録音で感じました。
芝居を学んだことで歌詞の意味を捉え、感情を込めて歌えるようになり、発声にも多くの学びがあったと振り返っています。
平井大が手がけたこの曲では、人を信頼する意味を問う歌詞を大切にしました。
舞台で身につけたものが、役を演じる現場を離れ、グループの歌へ戻ってきたのです。
2023年――曲の作り手の一言で、自分の声を好きになる
ところが、経験を積んだ松島も、自分の声をずっと好きだったわけではありません。
「本音と建前」を提供した椎名林檎に声を褒められたことは、本人にとって大きな出来事でした。
前年にはG2からも肯定する言葉をもらっており、あらためて自分の声が好きになれたと話しています。
自分が持つ声の受け止め方も変わったのです。

画像出典:画像掲載元
同年の「ChapterⅡ」横浜アリーナ公演では、ソロ曲「Turbulence」で、普段の柔らかな人柄からは意外な、荒々しいステージを見せています。
日常の表情と舞台での姿を大きく変えることも、松島の見せ方の一つになりました。
人から声を認められることは、ただ安心して同じ歌い方を続けることだけにつながるわけではありません。
声そのものへの信頼が生まれる一方で、曲に合わせて違う自分を見せる余地もある。
松島のこの時期は、自己評価の変化と、表現する姿の広がりを分けて見ると、その面白さが伝わります。
2024年以降――審査する立場になっても、自分の歌を学び直す
2024年、グループはtimeleszへ改名し、新メンバーを募るオーディションを始めました。
そこで松島が刺激を受けたのは、音楽やダンスを一筋に追ってきた候補生の熱量です。
自分たちは多方面で活動する一方、ボイストレーナーからは独特の歌の癖を指摘されている。
今までと違う技術も一緒に身につけたいと語り、審査する側にも学ぶことがあると考えていました。
審査をする立場でも、歌を学ぶ側であり続ける。
新しい仲間を迎えることを、自分の歌い方を広げる機会としても捉えていました。

画像出典:画像掲載元
2025年2月には五人の新メンバーが加わり、八人体制が始まりました。
同年の「Steal The Show / レシピ」では、松島の中低音がメインの歌を支え、高い声のフェイクが厚みを加える点も注目されています。
2026年のアルバム「MOMENTUM」では、松島、橋本将生、猪俣周杜による「No Map Just Vibes」も発表されました。
新体制でのユニット企画は、それぞれの旅や出会いを作品に持ち込むものです。
一人で歌うソロとも、全員で歌う曲とも違う、三人の組み合わせが生まれました。
同年の横浜アリーナ公演でも、この三人の歌は、互いに寄り添う温かな表現として受け止められています。
新しい仲間との組み合わせは、人数が増えたという出来事を越えて、声をどう重ね、どんな空気を作るかという表現になっています。
松島聡の歌声は、少年時代の印象を離れ、短い低声やソロの強い表情を持つようになりました。
その一方で、声を合わせる相手から学び、自分の声の価値を見つけ直す姿勢は続いています。
曲ごとにどんな声を選ぶのかは、松島聡の歌い方で掘り下げています。

こちらの記事もおすすめ

曲と相手が変わる時、松島聡がどんな声を選ぶのかを、歌唱の具体例と本人の言葉から掘り下げます。

Sexy Zone時代の歌唱を、時期のわかる評と作品情報からたどります。

2011年のデビュー時は…



コメント