エリック・クラプトンの歌い方|声を張らずに、言葉を届けるための選択

エリック・クラプトン(2017年インタビュー掲載プロモーション写真) エリック・クラプトン
エリック・クラプトン(2017年インタビュー掲載プロモーション写真)

エリック・クラプトンのバラードを、自分でも穏やかに歌いたい。
そう思ったとき、声量を落とすだけでは、かえって言葉がぼやけることがあります。
彼の歌い方を考える鍵は、声の高さ、最後まで歌う息、伴奏との距離です。
本人の試行錯誤をたどると、静かな歌を成立させるために、何を選んできたのかが見えてきます。

1992年の歌唱。
2025年公開の再編集・リミックス版。

低い声を、フレーズの終わりまで運ぶ

クラプトンは、低いキーで歌うほうが、体の支えを使い、仕事が増えると感じていました。
歌う際には音程と発音、息が最後まで均等に続くかを気にしているとも話しています。
フレーズの終わりで息が尽き、言葉が消えてしまわないようにする必要があるのです。
歌の後に待つギター・ソロにも、注意を配らなければなりません。

「Tears in Heaven」では、悲しみをブルースの怒りや自己憐憫として表すのは違うと、本人は考えていました。
強い思いがあるほど、激しい歌い方を選ぶとは限らない。
その経験をどんな曲として表せるかを考えることが、歌の前提になっています。

声を聞ける伴奏が、小さな歌を可能にする

『Unplugged』の頃、本人はアコースティックの編成では、自分の口から出る声を聞きやすいと語りました。
そのため声量を調節しやすく、静かに歌うこともできる。
結果として、使える強弱の幅が広がると考えていたのです。
声を張らない歌は、伴奏とのバランスも含めて作られています。

これは、その公演だけの工夫ではありません。
1976年にも、声を含めてできるだけ同時に録りたいので、アンプの音を大きくしすぎないと説明していました。
大音量では、ほかの楽器のマイクへ音が入り、歌うこと自体も難しくなるからです。
録音でも、ヘッドホンを通した音だけでなく、部屋で鳴っている音を聞きたいと考えていました。
『461 Ocean Boulevard』の「Motherless Children」では、小型のアンプを使っています。
穏やかな声を保つために、歌い手だけが頑張るのではなく、周囲の音の条件も整える発想です。

1978年6月23日、ロッテルダム公演/撮影:Chris Hakkens
1978年6月23日、ロッテルダム公演/撮影:Chris Hakkens。
画像出典:画像掲載元

「Wonderful Tonight」のかすれは、曲の温度になる

「Wonderful Tonight」の歌声には、少しかすれた質感があります。
1977年の発表時にも、そのハスキーな声と、柔らかなギター、女性コーラスの組み合わせが評されています。
少しざらついた本人の声があり、その周囲をほかの音が包む。
声の質感と、歌全体の温かさは、別々に存在しているのではありません。
かすれを強く作ることより、元から持っている声を伴奏の中でどう聴かせるかが、参考になる点です。

1977年の録音。

「Layla」では、歌とギターを一人で抱え込まない

2000年、翌年のツアーに向けて語った際、クラプトンは「Layla」を舞台で歌う難しさも明かしました。
クラプトンは、歌とギターで互いに異なる動きを同時に行う部分があり、小編成では難しいと話しました。
十分な人数がいれば、必要な要素を分担できる。
代表曲を歌い切るためには、本人の器用さに頼るだけでなく、バンドの組み方も大切だったのです。
彼は、聴く側にいるときには、相手が自分だけに、あるいは自分自身のために歌っているように感じられる舞台を好むとも語っています。
人数を増やすことと、歌の距離を近く保つことは、矛盾しません。

同じ難しさは、ロバート・ジョンソンの「Stones in My Passway」にもありました。
クラプトンは、歌と伴奏のリズムのずれ方が異なり、ある部分を自分一人で弾きながら歌えないと説明しています。
そこで必要になるのが、合奏として曲を作ることでした。
声だけを取り出して上手いかどうかを考えるより、歌を支える動きを誰に任せるかまで見ると、彼の歌の組み立てが分かります。

ブルースを歌うとき、原曲の声をそのまま借りない

『From the Cradle』の選曲では、その歌に思い入れがあることと、自分が歌として表現できることを、両方確かめていました。
たとえばハウリン・ウルフの曲には、本人の声と存在そのものに支えられていて、変えすぎると大事なものを失うと感じる曲がありました。
声を似せれば完成するわけではないのです。
選ぶ基準は、難易度の印象より、自分の歌として成立しているかでした。

「River of Tears」は、一つの歌い方で決めつけない

『Pilgrim』の録音では、何回か歌って良い部分を組み合わせたあとも、その歌を完成形と決めていませんでした。
エンジニアのアラン・ダグラスによると、まず基準となる歌を作り、それより柔らかく、あるいは強く歌う別案も録っていたのです。
声を整える作業と、歌の表情を選ぶ作業は別にありました。
繰り返し歌うことは、失敗を直すためだけでなく、まだ試していない表現を見つけるためでもあります。

2021年の「River of Tears」は、小編成で再び歌った例です。
この演奏では、歌の合間にギターを差し込みながら、感情を込める姿が伝えられています。
スタジオで作り込んだ歌と、仲間の演奏に乗ってその場で進む歌。
同じ曲だからこそ、伴奏の密度や言葉を受け渡す間にも、耳を向けたくなります。

この公演の選曲は、アコースティックだけに限定されていません。
エレクトリックも交え、無観客の場だからできる繊細な演奏を目指しました。
静けさを保つことと、音楽の選択肢を狭めることは別です。
どんな楽器を使うかに加えて、目の前の編成で、どこまで細かな表現を届けられるかを考えていたのです。

『The Lady in the Balcony: Lockdown Sessions』(2021年)の録音。

2021年「The Lady in the Balcony」収録時、左奥でギターを弾くクラプトン/撮影:Dave Tree
2021年「The Lady in the Balcony」収録時、左奥でギターを弾くクラプトン/撮影:Dave Tree。
画像出典:画像掲載元

完成させた歌と、その場から生まれる歌

『I Still Do』では、テープを使うグリン・ジョンズと、できるだけその場で演奏と歌を録る方法を選びました。
クラプトンが良い同時録音の例に挙げたのは、「Cypress Grove」です。
舞台でもこれ以上にはならないのでは、と感じるほど、その演奏に手応えがありました。
歌を後から細かく選ぶ方法にも、一緒に鳴った瞬間を残す方法にも、それぞれの良さがある。
彼は作品によって、その両方を使っています。

「Moon River」は、別々に録ることで共演が生まれた例です。
クラプトンの歌とギターを先に録り、まとまった音源をジェフ・ベックへ送り、その演奏を加えました。
最初から全員で鳴らす場合とは、作る順序が違います。
先に歌の表情があるから、後から参加する演奏者は、それを受け取って音を重ねられる。
声とギターの組み合わせには、同じ部屋にいることだけではない作り方もあります。

クラプトンの歌い方から見えてくるのは、声を無理に大きくする前に、歌える条件を作る姿勢です。
自分の声が聞こえる音量にし、難しい伴奏は仲間と分担し、曲によって柔らかくも強くも歌う。
その先に、近くで言葉を渡されるような歌が生まれます。
こうした選択を重ねてきた歩みは、エリック・クラプトンの歌唱変遷でたどれます。

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