2024年、See-Sawの「去り際のロマンティクス」を録音した石川智晶は、あえて「あんなに一緒だったのに」の頃の歌い方へ戻しました。
長い経験を積んだ歌手が、新曲のために過去の歌い方を選ぶ。
この出来事から振り返ると、石川の歩みは、昔の声を新しい声で塗り替えていく歴史とは違って見えます。
ソロで自分の世界を広げ、舞台や他の作曲家との仕事で表現を試しながら、以前の歌にも、今の歌では代わりにならない価値を見つけてきました。
See-Sawで歌い始め、ソロで自分の世界を形にする
1993年にSee-Sawでデビューした石川は、2002年の「あんなに一緒だったのに」で、『機動戦士ガンダムSEED』の物語と深く結びつきます。
2003年には石川知亜紀名義の『Inner Garden』を発表。
ユニットの歌い手であると同時に、自分で作品を作るソロの活動も進めていきました。
2007年の『僕はまだ何も知らない。』には、アニメ『ぼくらの』の主題歌「アンインストール」が収められています。
石川は作品に登場する十四人の子供たちに加え、もし十五人目がいたら、その子はどう考え、どう動くかを想像しました。
架空の人物の気持ちを通して、自分の中から出てくるものも表す。
作品のための歌に、本人の感情が入る余地を見つけていたのです。
See-Sawとソロの違いを、声質だけで切り分けるのは難しいところです。
同じ人が歌っていても、誰の言葉を引き受け、どのような世界を作るかで、歌手の立つ場所が変わります。
「アンインストール」を含むこのアルバムでは、物語を受け取った本人が、新たな人物を想像する作り手でもありました。
2009年――録音の完成と、歌い手としての完成は違う
2009年の『誰も教えてくれなかったこと』では、アイルランドでの録音を経験しました。
日本で用意した歌や曲に、現地の演奏家がアイデアを加えています。
既発の「Prototype」も、アルバムでは声とピアノをより前へ出す形になりました。
同じ曲でも、声がどの楽器と並び、どれほど目立つ位置にあるかで、聴き手の注目するところは変わります。
歌声の印象を年代で比べる際にも、本人の発声の変化と、録音の中で声をどう置いたかは分けて考えたいところです。
この頃、本人は曲を作る自分と、人前で歌う自分を区別していました。
制作では、頭の中に完成形があり、仲間の手を借りてそれを形にできる。
けれど生で歌う時には、その場の空気も変わり、二年後になって歌詞の意味に気づくことさえある。
歌い手としての仕事には、終わりがないと考えていたのです。
録音が残れば、その曲の解釈まで固定されるわけではありません。
以前と同じ言葉を歌っていても、歌っている本人が見つけるものは変わり得る。
後に昔の歌をどう捉え直したかを考えるうえで、この二つの立場は重要です。

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2013〜2017年――自分の公演が、作品の届け方を変える
実は、2009年頃の石川は、自分がライブで歌う姿を思い描けないと話していました。
影山ヒロノブに公演を勧められても、曲の間のトークをしなくてよいのかと尋ねています。
本人が望んでいたのは、ひたすら集中して歌うことでした。
歌唱力があるから、自分に合う公演の形まで初めから分かっていたわけではありません。
歌と客席の間に、どんな時間を作るのか。
それは、曲を録音する仕事とは別の課題でした。
2013年には「裏窓からみえるモノ」と題したソロライブを開催しました。
客席と向き合うようになると、石川は、ファンが音楽だけでなく、自分の言葉や考えも見に来ていると感じます。
そこで、今の自分をもっと短い間隔で届けようと、自分のレーベルから2014年のミニアルバム『前夜』を発表しました。
活動の変化は、作品を出す速さにも及んでいます。
ライブで声を届ける方法にも工夫を加えました。
2016年には、会場の各所へスピーカーを置き、多くのコーラスが周囲から聞こえる公演について話しています。
本人が挙げた曲は「アンインストール」。
声を重ねて作った世界を、客席を包む空間として届けようとしたのです。
録音を作り込むことと、ライブでそのまま再現することの間には、まだ選択の余地があります。
歌声の重なりを客席の正面へ集めるのか、周囲へ広げるのか。
自分の公演を持つことで、声を発するところから、聴き手がその声に囲まれるところまでを考えるようになりました。
一方、舞台『Sin of Sleeping Snow』で歌った「雪が眠るとき」は、2017年のアルバムでピアノ版になっています。
本人は、戦いの場面で歌う舞台版には迫力があり、アルバムでは悲しさや寂しさを届けたかったと説明しました。
一つの曲を、別の場面に合う表現へ作り直す試みです。
公演や編曲が変わると、前の版で成功した表現をそのまま持ち込む必要もなくなる。
過去の曲は、もう完成したものとして保管するだけでなく、違う感情を表すための材料にもなっていきます。
2019年――独自の歌を持ったまま、他の人の難曲へ入る
2019年には、藤井麻輝のユニットminus(-)の『C』に参加しました。
「アンインストール」などの時代から声に惹かれていた藤井は、歌と詞を依頼しています。
二つの歌詞が同時に進む「内側に向かう」など、複数の旋律を扱う構成もありました。
ただし、長く活動してきた石川にとっても、用意された曲は簡単ではありませんでした。
藤井は、彼女が全体に難しいと話していたことを明かしています。
自分で書く歌なら、自分の声をどう生かすかも含めて組み立てられます。
他の人が作った曲では、その人が考えた旋律の動きや重なりに向き合わなければなりません。
独自の世界を確立した後にも、その外で歌う難しさは残っていたのです。
自分らしさがあることと、新しい曲をすぐに歌えることは、同じではありません。

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2020年に語った、今の自分では置き換えたくない歌
2019年のSee-Sawライブを経て、石川は昔の二曲を異なる見方で捉えていました。
「また会えるから」は、言葉の捉え方が増えた今なら、違う表現で届けられる。
一方、「遠いティンパニ」は、当時のまっすぐな声のまま聴いてほしい。
人生経験を重ねるほど、すべての歌がよくなるとは考えていなかったのです。
この違いには、古い録音を聴く面白さがあります。
歌い手が後から得た理解を加えることで深まる曲もあれば、その時にしか持てなかった率直さが似合う曲もある。
昔の録音を、現在へ至る途中の未完成品として一括りにはできません。
石川自身が、曲ごとに過去と今のどちらを聴いてほしいかを考えていたのです。
2024年――「ガンダムSEED」のために、過去の歌い方を選び直す
「去り際のロマンティクス」で昔の歌い方へ戻った理由は、『ガンダムSEED』らしさを強めるためでした。
梶浦由記も「あんなに一緒だったのに」の印象を取り入れて作曲しています。
梶浦は、自分たちと作中の人物で、過ぎた時間が違うことにも気を配りました。
石川には以前より制作に向き合う余裕があり、その現在の自分が、曲に必要な過去の歌い方を選んだのです。
何をどれほど変えたかという発声の細部まで、本人は説明していません。
それでも、過去へ戻ることが後退ではなく、作品の時間に合わせる積極的な判断だったことは分かります。
新しい歌を作るために、古い歌い方が必要になる。
長い歩みの中で、声の選択肢にはそうした往復も加わっていました。
なお、2025年に公開された「アンインストール~Acoustic Version~」は、2007年に購入者特典として贈られた録音です。
公開年と歌った年は異なります。
音源は2007年、映像は2023〜2024年のライブ場面。
その時々の新しい試みと、以前に残した声を、時期を確かめながら聴く。
石川の変遷には、表現が増えたことだけでなく、昔の一曲の価値を改めて見つける面白さもあります。
主旋律の芯や、多重コーラスの使い方を曲ごとに掘り下げるのが、石川智晶の歌い方です。

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