森久保祥太郎の歌を特徴づけるのは、力強く、ざらつきのある声です。
けれど、似た質感の声を出すだけでは、あの歌の動きはつかめません。
言葉を短く返すところ、拍に預けて話すところ、旋律からラップへ切り替わるところ。
声の質感をどう使うかに、曲ごとの違いがあります。
ハスキーな声は、強さを伝える一つの要素
2014年の「心・裸・晩・唱」では、太さのあるロックボイスと、ギターを中心としたバンドの音が、舞台の迫力を作っていました。
声だけが伴奏の上で目立つというより、強い演奏の中に強い歌がある。
森久保のソロを考える時、この関係は外せません。
ハスキーという言葉は、ここでは声にざらつきやかすれを感じる、という音の印象を指します。
声量の大きさと同じ意味ではなく、特定の喉の動かし方まで示すものでもありません。
その質感と、言葉の強調、音を伸ばす長さを分けて考えると、どこで歌の勢いが生まれているかを捉えやすくなります。
2026年の「Breathing」のステージでは、シャウトを交える歌が、打ち込みと生演奏の重なる音に向き合っていました。
同じ公演の「FIRE」で印象的だったハスキーボイスと、叫びを交える表現は、区別して聴きたい要素です。

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言葉を詰めるより、一音に気持ちを乗せる
「PHANTOM PAIN」では、言葉を詰めるより一音に気持ちを乗せることを重視。
勢いのある歌というと、速く、大きく歌うことを思い浮かべがちです。
しかし、一つの音に気持ちを乗せるという考え方では、言葉の数を増やすことが必ずしも強さにつながりません。
何を言うかが届く余地を保ったまま、気持ちを押し出す。
声の迫力と言葉の分かりやすさを、両方残すための選択として捉えられます。
「FIRE」では、短い返事が歌の一部になる
「FIRE」の追いかけの声には、聴き手が返しやすい短い言葉が使われています。
「TRY ME」でも、同じフレーズを繰り返して気持ちを高める考え方が基本にあります。
一度ごとに新しい説明を足すのでなく、同じ言葉へ再び戻ることで、参加しやすい歌になります。
掛け合いでは、主旋律をずっと伸ばして歌う時とは、言葉の役割が変わります。
一つの長い歌を聴かせると同時に、相手へ渡す短い返答の場所も作るからです。
歌の熱量は、声を出し続ける量だけでなく、返事が入るタイミングによっても生まれます。

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「I’m Nobody」は、拍に乗せて話すように
「I’m Nobody」で森久保が語ったのは、四分音符の感触と、話すような歌い口でした。
アコースティックギターの素直な音を背景に、肩の力が抜けた味わいを出すことが、新たな発見になっています。
四分音符は、一般的な四拍子で数える一拍の長さに当たります。
ここでのポイントは、歌のすべてが同じ長さの音になるということではありません。
細かい言葉を次々に送り込む感覚と、拍の流れに言葉を預ける感覚の違いです。
話すような歌も、リズムを手放した朗読ではなく、曲の拍と結びついています。
対して「WAY OUT」は、重い曲調に鋭いラップを組み合わせた歌です。
森久保がこの曲で前に出したかったのは、気分を明るく盛り上げることより、胸にあるメッセージでした。
同じ年の二曲でも、言葉を押し出す目的が違います。
この二曲を比べる時は、声が強いか弱いかだけでなく、言葉がどんな速さで届くかに目を向けたいところです。
拍の中に落ち着く歌と、次の言葉へ畳みかける歌。
同じ声の持ち主が、音の長さと言葉の密度を変えることで、違う表情を作れます。
ギターを弾く歌と、ラップが共存する「Realize」
「Realize」は、ゆったりした重みの中で、ギターを弾きながら感情を込めて歌える曲として作られました。
一方、途中のラップは井上日徳の編曲で追加されたものです。
森久保自身も、そこは難しかったと振り返っています。
旋律を歌う部分では、音の高さや長さの動きが、感情の流れを作ります。
ラップでは、言葉が拍のどこに入るか、どの言葉を続けて出すかが、より前へ出ます。
その切り替えを同じ曲に持ち込むと、ずっと強く歌い続けるのとは違う緊張感が生まれる。
森久保の歌を、勢いだけで説明できない理由の一つです。
ソロの外へ目を向けると、地声と裏声の選択も見える
声の使い分けを知る補助線になるのが、buzz★Vibesの「Earth goes round」です。
制作相手のShinnosukeは、Dメロをすべてファルセットにする想定でしたが、本番の森久保は一部を強い地声で歌ったと明かしています。
終盤のフェイクも、ガイドをそのまま写したものではなく、森久保のアドリブでした。
ファルセットは、一般に裏声と呼ばれる声です。
ここで使う地声という言葉も、制作側が説明した声の違いを表しており、音域だけで分類しているわけではありません。
同じ旋律でも、裏声でまとめるか、ところどころに強い声を入れるかで、フレーズの中の強調が変わります。
森久保は、この曲の最後のセクションで、抑えて進んできた流れから解き放つようにフェイクを歌ったとも説明しています。
フェイクとは、元の旋律に変化をつける歌い回しです。
初めから声の装飾を重ね続けるのではなく、終わりに向けて表情を開く。
裏声と地声の選択に加え、どの場面で自由に歌うかも、この曲の動きを作っています。
また、この曲では、楽器の規模を広げすぎず、声の重なりを大切にしています。
ウルトラ寿司ふぁいやーのメンバーもコーラスに参加しました。
主役の声に加え、周りで支える別の歌声が、曲の広がりを作っています。
これはソロ曲そのものの分析とは分けて考える必要がありますが、同じ歌手の声を知るうえでは大切な例です。
ロックで聴かせる強い声だけが、森久保の選択肢ではない。
柔らかい声を保つ場所と、力を戻す場所を選べるからこそ、落ち着いた曲でも歌に動きが生まれます。
ソロ曲でも、重なる声の担当には注目したいところです。
2021年の「瞬花繍灯」には、小野大輔、鈴村健一、寺島拓篤がコーラスで参加しています。
声が厚く重なる印象を、すべて森久保一人の歌い方に結びつけることはできません。
主旋律を担う声と、周りで支える声が合わさった歌として捉えると、ソロ名義の作品にも他者とのやり取りが見えてきます。
「FIRE」の短い掛け合い、「I’m Nobody」の拍に預ける歌、「Realize」のラップへの切り替え。
森久保祥太郎の歌い方は、声のざらつきだけでなく、言葉とリズムの組み合わせに特徴があります。
強い声を一様に使うのではなく、何を前へ出すかを曲ごとに変える。
その選択が、ロックの迫力を保ったまま、違う歌の表情を生み出しています。
歌の選択が広がった経緯は、森久保祥太郎の歌唱変遷でたどっています。







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