土屋アンナの歌声の変遷|高い声の出し方を学び、歌える曲を広げていくまで

土屋アンナ(2014年のインタビュー掲載写真) シンガー
土屋アンナ(2014年のインタビュー掲載写真)

かつては、歌って声が枯れることを、よしとしていた土屋アンナ。
2014年には、先生に学ぶ中で、高いキーの声も以前より出しやすくなったと話しています。
目指していたのは、好きな曲を、いろいろな場所で歌えるようになることでした。
ロックに思いをぶつけていた時期から、曲や聴き手に合わせて表現を広げていく歩みをたどります。

「Sugar Palm」(2014年)の公式音源。

「rose」では、ライブと同じ気持ちで歌う

2006年の「rose」は、アニメ『NANA』のオープニング曲です。
当時の取材で土屋アンナは、ナナになりきるのではなく、自分の思いを思いきり歌える曲を作ろうとしたと語っています。

アニメの中のナナが、本気で歌っている顔をしていた。
その画に向き合い、自分も本気で、ライブと同じように思いを出して歌ったと振り返っていました。
きれいに整えることより、気持ちを出し切ることを大切にした歌でした。

ANNA inspi’ NANA(BLACK STONES)「rose」(2006年)のMV。

「Switch On!」では、子どもたちに届く歌を考える

2011年には、『仮面ライダーフォーゼ』の主題歌「Switch On!」を担当します。
発表会見では、息子が喜ぶのではないかという思いとともに、自分の枯れた声でよいのか、と冗談交じりに話していました。

録音では、子どもたちが乗ってくれるように歌い方を変えたと明かしています。
「rose」で本気の思いを出すことを重視した彼女が、ここでは、その歌を受け取る子どもたちの反応も考えていたのです。
声の持ち味を生かしながら、届ける相手に応じて歌い方を考える姿勢が表れています。

「Switch On!」(2011年)のMV。

ゴスペルの先生に学び、高い声も出しやすく

2014年の『Sugar Palm』をめぐる取材では、ここ数年で声の出し方が大きく変わったと話しています。
ライブを観たゴスペルの先生から、まだ声が出ると言われたことが、トレーニングを受けるきっかけでした。

本人によると、高いキーの声が以前よりすんなり出るようになり、声も枯れなくなったといいます。
歌って枯れることをよしとしていた以前の考えと、学んだ後の手応え。
この違いが、彼女の語った転機でした。

その先に求めていたのは、歌える曲の幅です。
ロックフェスでも、アンプラグドの場でも、歌そのもので人を納得させたい。
いろいろな音楽が好きだからこそ、それを歌うために厳しく取り組んでいると話していました。

『Sugar Palm』では、可愛く見られることを避けていた自分の、きれいなものにも惹かれる面を出そうとしています。
薔薇なら棘に目を向けていたところを、花の美しさへ向けてみる。
本人はそんな例を挙げ、ロックもジャズも、さまざまな曲を歌いたいと説明していました。

歌える曲を増やすことが、ロックを届ける力になる

2017年の取材で、土屋はSpin Aquaを組んだ当初を振り返っています。
その頃はロック一筋で、CDを持っていき、こういう曲以外はやりたくないと言うほどだったそうです。

そこから変わったのは、好きな音楽を聴いてもらうには、歌の力で納得してもらう必要があるという考えでした。
バラードやアンプラグドでも、うまいと感じさせる歌手でありたい。
自分の土台を保ちながら、いろいろな音楽を取り込もうとしていました。

同じ取材では、幼い頃に聖歌隊で歌っていたことにも触れています。
ゴスペルに取り組むのは、本人にとって出発点へ戻ることでもありました。
ロックの活動から遠い場所へ行くというより、もともと自分の中にあった音楽も、歌に生かそうとしていたのです。

土屋アンナ(右)と、聞き手のトベタ・バジュン(2017年)
土屋アンナ(右)と、聞き手のトベタ・バジュン(2017年)。
画像出典:画像掲載元

この年の15周年公演に向けては、歌ったことのない曲や、難しいと感じる曲への挑戦を挙げています。
声を楽器のようにさまざまに鳴らし、いろいろな曲を自分なりに歌いたい。
それが、当時の目標でした。

実際に11月22日のブルーノート東京公演では、「rose」「黒い涙」とともに、「I Will Always Love You」や「Let It Be」なども歌っています。
この公演を伝えたBARKSの記事は、「Let It Be」で、幼い頃から親しんだゴスペルを生かした歌唱を評価していました。
自分の代表曲とカバーを、一つのステージで聴かせる。
目指していた歌の幅が、具体的な選曲にも表れています。

土屋アンナ(中央、2017年11月22日のブルーノート東京公演/撮影:Tsuneo Koga)。
土屋アンナ(中央、2017年11月22日のブルーノート東京公演/撮影:Tsuneo Koga)。
画像出典:BLUE NOTE TOKYO

優しい歌を歌っても、自分のロックは残る

2019年、首振りDollsとの対談では、ナオから、激しい歌だけでなく優しい歌い方も素敵だと伝えられています。
これに対し土屋は、以前は見た目も含めて好きなロックに集中したくて、可愛い曲やきれいな曲を歌いたくない時期があったと明かしました。

変わった理由の一つは、好きなロックを掘り下げたことでした。
アメリカのロックを追うとカントリーに行き着き、アコースティックで歌うとそのつながりが分かる。
メタルの中にもクラシックがある。
そうした発見や、自分の力を高めたいという気持ちから、いろいろな歌を歌いたくなったと話しています。

公演ごとに求められるものへ応えることも、その理由でした。
ロックらしさを、曲の種類だけで示す必要はない。
生き方や歌う姿から感じてもらえる方向へ進みたかったといいます。

いつ頃から柔軟になったのかと聞かれると、本人は20代後半頃だったと振り返っています。
きれいな曲を歌うことも、自分の表現の幅を広げる挑戦になった。
2014年に語った作品への姿勢を、後の取材では、音楽の捉え方が変わった経験として説明していたのです。

できることを増やしても、声への思いは単純ではない

2023年の取材では、自分の低い声に対する、少し複雑な気持ちも語っています。
歌手として海外の人から、その低さがよいと言われるのはうれしい。
一方、普段の声は可愛い高い声がよかったとも話していました。

仕事で声を求められる喜びと、自分の声への個人的な好みは、必ずしも同じではありません。
高いキーが出しやすくなったという歌の手応えも、日常の声への好みとは別の話です。
自分の声をどう感じるかに揺れがあっても、その声でできる表現は探していけるのです。

土屋アンナは、歌える曲を増やしながら、ロックを歌う自分のあり方も考え直してきました。
好きな音楽を守る気持ちが、ほかの曲に挑む動機にもなっていく。
その変化を知ると、力強い歌と優しい歌が、同じ人の中から生まれることにも納得できます。
曲や共演者、聴き手に応じた声の選び方は、土屋アンナの歌い方で取り上げています。

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