川嶋あいといえば、卒業式で歌われる「旅立ちの日に・・・」を思い浮かべる人も多いでしょう。
澄んだ声と、まっすぐなメロディー。
けれど、その歌が描くのは、晴れやかな気持ちだけではありません。
友達と離れる寂しさも、新しい場所へ進む不安もあり、その先に、歩き出そうとする気持ちがあります。
川嶋の歌の面白さは、優しい声のままで、気持ちが強くなる瞬間を作れることです。
ただ穏やかに歌うのでも、サビになったら大きな声で励ますのでもない。
一つの言葉をどう歌い始め、どこまで伸ばすか。
その小さな選択が、迷いを抱えた人の歌にも、決意した人の歌にもつながっていきます。
優しい声だからこそ、言葉の終わりまで大切になる
川嶋の声には、きれいな旋律をすっと届ける親しみやすさがあります。
その印象から、本人も思うままに自然に歌っているように見えるかもしれません。
ところが、録音では、短いフレーズの細部を何度も作り直すことがあります。
2015年のアルバム『Be Your Side』では、言葉の出だし、語尾を伸ばす長さ、地声と裏声の選び方まで、細かく考えて歌いました。
本人にとっても、勢いを大切にしていた以前の録音から、歌を組み立て直す経験だったといいます。
たとえば、同じ別れの言葉でも、短く言い切るのと、名残を惜しむように伸ばすのとでは、伝わる気持ちが違います。
歌でも、声をいつ終えるかによって、言葉の受け取られ方が変わる。
川嶋が語尾まで考えていたという話は、きれいな音程で歌うことと、気持ちの伝わる歌にすることが、別の作業でもあると教えてくれます。
声が穏やかでも、言葉に込めた気持ちまで弱いとは限らない。
川嶋の歌を聴くときは、サビの高い音だけでなく、一つの言葉をどんな表情で終えるかにも耳を向けると、歌の中の人物が見えやすくなります。

「360°」は、同じメロディーでも声の明るさが変わる
『Be Your Side』に収められた「360°」には、声の印象を変えるための、もう一つの工夫がありました。
制作中に、曲のキーを全音、つまりピアノの白鍵でいえばドからレへ上がるのと同じ幅だけ高くしたのです。
狙いは、歌をより明るく、軽やかにすることでした。
曲のキーを上げるというと、高音を聴かせるためだと思いがちです。
この曲の場合は、声が持つ雰囲気を、曲に合う方向へ変えたかった。
本人は録音に三日かかったと話しており、明るい歌を作る作業そのものは、決して気軽なものではありませんでした。
この話を知ると、歌の明るさを、歌い手の性格やその日の気分だけで説明できなくなります。
どの高さなら、この言葉が前向きに届くのか。
川嶋は曲を書くだけでなく、歌う段階でも、曲が伝える気持ちを選び直しているのです。
声に合わせて音の高さを考える視点は、他の歌手へ曲を書くときにもあります。
2015年の取材では、歌う人のいちばんよい声をサビで出すにはどうすればよいか、キーの設定を含めて細かく考えると話していました。
高畑充希への提供曲では、相手の高音がよく出ることを踏まえ、高い音を生かす曲を作ったとも振り返っています。
つまり、川嶋にとってキーは、自分が歌えるかどうかを確かめるためだけの条件ではありません。
誰の声で、曲のどこを聴かせたいかを決める、大切な要素なのです。
「360°」のキー変更も、その曲を明るく軽やかに聴かせるための判断として捉えると分かりやすいでしょう。
同じ音の並びを移すことで、歌い手には別の声の使い方が求められ、聴き手に届く表情も変わります。
「シンクロ」は、静かな思いが決意に変わる歌
2017年の「シンクロ」は、恋が始まった瞬間の高揚だけを歌った曲ではありません。
二人で時間を重ねたからこそ生まれる不安や迷いを通り、それでも一緒に進もうとする気持ちが描かれています。
初めから最後まで、同じ強さで愛を言い切る歌ではないのです。
川嶋自身も、この曲では静かな部分から大きく展開する流れを大切にしたと話しています。
特別に高いキーで押し切る曲ではなく、弾むリズムに乗るところもあり、終盤には思いが広がるところもある。
歌声も、その展開に合わせて動きます。

控えめな部分があるから、後半で気持ちが強まったときに、「この人は決めたんだ」と受け取れる。
これは音量の変化を聴く面白さであると同時に、歌の中の人の心を追う面白さでもあります。
川嶋の優しさは、不安を消してから励ましてくれる優しさではありません。
不安のある人が、それでも前へ進もうとするところまで歌う。
「シンクロ」は、その歌い方を恋人同士の物語として楽しめる曲です。
「頑張って」と言う前に、相手の弱さを聞く
川嶋がどんな気持ちを歌にするかは、曲の作り方にも表れています。
2015年の「とびら」を作る際には、東日本大震災を経験した岩手、宮城、福島の中学生たちに話を聞きました。
自分が伝えたい励ましの言葉を先に決めるのではなく、生徒たちの経験や将来の夢を聞くところから始めたのです。
そこで出会ったのは、大きな夢だけではありませんでした。
将来、自分の子どもが弱さを見せられるような母親になりたいと話した生徒もいました。
その話を受け止めた川嶋は、無理に強くなろうとするだけが前進ではないと考えています。
こうした曲作りを知ると、川嶋の歌にある柔らかさにも、はっきりした意味が見えてきます。
元気な人だけを歌の主役にしない。
ためらいや寂しさを持つ人にも、歌の中に居場所を作る。
そのうえで、少し気持ちが前を向く瞬間を歌うから、励ましの言葉が一方的になりにくいのでしょう。
澄んだ声の先に、誰の気持ちがあるのか
「旅立ちの日に・・・」は、川嶋自身の歌であると同時に、各地の生徒たちが自分の卒業を歌う曲にもなりました。
川嶋は学校で生徒たちの歌を聴き、その一人ひとりからメッセージを受け取るように感じたと話しています。
同じ旋律でも、歌う人が変われば、思い浮かべる友達や教室は違います。
川嶋の声の透明感は、それだけでも魅力です。
でも、その声で何を伝えようとしているかまで追うと、「きれいな声だった」で聴き終わらずに済みます。
語尾を考えて言葉の気持ちを伝え、「シンクロ」では静かな部分から終盤の決意へ進んでいく。
その積み重ねがあるから、優しい声を聴いているうちに、歌の中の人の気持ちが強くなったことも伝わります。
声の澄んだ印象を保ちながら、心の動きを歌えることが、川嶋あいの魅力なのだと思います。
録音の工夫や、声の不調を経て歌い続けてきた過程は、川嶋あいの歌声の変遷でたどっています。
2003年と2025年、二つの「明日への扉」を並べると、この声で歌い続けることの意味も考えたくなります。







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