HIPPYの「君に捧げる応援歌」は、歌う人がこちらに向かって身を乗り出してくるような曲です。
太い声と大きく広がるサビが、もう一歩進もうとする気持ちを後押しします。
その力強い歌を作るとき、HIPPYは意外なほど細かいところにも気を配っています。
言葉の発音を細かく直すこともあれば、共演者の軽やかな歌い方に驚くこともある。
2025年には、代表曲をピアノだけの伴奏で歌い直し、息づかいまで録音に残しました。
力を込めた声を、聴く人に届く励ましにするために、何を工夫しているのか。
2017年に発表された「君に捧げる応援歌」から、その歌い方をたどってみましょう。
あの熱さは、ロックバンドから続いている

HIPPYの歌には、滑らかに流れるメロディーと、勢いよく飛び出してくる声の両方があります。
R&Bを思わせる曲も歌う人ですが、もともとはロックバンド「maegashira」のボーカルでした。
初めて足を運んだライブはeastern youth。
そこからHUSKING BEEやHi-STANDARDを知り、バンドでもそうした音楽を目指していました。
2011年の解散後にソロへ進み、2015年にメジャーデビューしてからは、打ち込みを使った曲も歌うようになります。
周りから音楽の方向が変わったと言われても、本人には、歌って表現する自分はそれほど変わっていないという感覚がありました。
伴奏が変わっても、声を通して自分の存在を伝えたいという思いは続いていたのでしょう。
理想の歌手として挙げたのは、トータス松本と宮本浩次です。
好んできたのは、歌い手が全身で訴えかけるようなボーカルでした。
HIPPYの応援歌を聴くときも、歌詞と一緒に、歌っている人の熱さまで伝わってきます。
その迫力を大切にしたうえで、本人は言葉がどう聴こえるかにもこだわっています。
強い言葉ほど、届け方を細かく考える
その勢いをどう歌にするかが分かるのが、2022年の「きっと神様は進めと言うだろう」です。
制作を共にした多保孝一とは、歌詞の意味だけでなく、言葉をリズムに乗せたときの気持ちよさも話し合いました。
録音では、子音の出し方まで調整しています。
子音は、たとえば「か」の最初のkのような、言葉が始まる瞬間の音です。
ここをはっきり出すか、滑らかにつなぐかでも、同じ言葉の勢いやリズムの感じ方は変わります。
HIPPYは助言を受け入れるだけでなく、自分が歌いたい形も伝えながら仕上げていきました。
一方、当初の歌詞は、完成版よりさらに刺々しいものだったそうです。
強く言いすぎて伝わりにくくならないよう、二人で言葉を探し直しました。
この曲には、コロナ禍でHIPPYの中にたまった、やり場のない思いも込められていました。
その思いを吐き出すところから、聴いた人を励ます歌にするには、もう一段の工夫が必要だったのでしょう。
発音を整え、言いすぎた箇所は書き直す。
勢いのある歌の裏で、相手に伝わるかどうかを二人で確かめていたのです。
自分にはない、軽やかな高音に惹かれる

HIPPYは、自分の力強い声だけを理想にしているわけでもありません。
共演した山猿の歌声には、自分とは違う魅力を感じていました。
2021年の「旅立ち feat. HIPPY」に続き、2022年にはHIPPYの「いまキミ愛してる feat. 山猿」で共演。
HIPPYが印象に残ったと話したのは、山猿の声の色や、高い音をすっと歌える軽やかさでした。
自分が力を使って歌うところでも、山猿は余裕を感じさせる。
話すように言葉を運ぶラップや歌い回しも、吸収したいと考えていました。
同じメロディーでも、力を込めて呼びかければ切実さが出るし、少し力を抜けば話しかけるような近さが生まれます。
同じ励ましでも、大きく背中を押す呼びかけと、隣で話を聞いてくれるような呼びかけでは、受け取る気持ちも違います。
HIPPYは、山猿の高音が楽そうに聴こえることにも、本人のこだわりがあると受け止めていました。
力を感じさせずに声を通すのも、一つの表現なのです。
自分の歌声にパワーがあると知りながら、別の届け方を持つ人からも学ぼうとする。
そんな姿勢を知ると、HIPPYが代表曲を静かな伴奏で歌い直したことにも興味が湧いてきます。
ピアノだけになると、息を吸う音にも意味が生まれる
2025年のアルバム『ひろいしま』には、「君に捧げる応援歌」のPiano Versionが収録されています。
2017年の録音から伴奏を抜いただけではなく、歌も新しく録り直したものです。
HIPPYが意識したのは、歌詞とメロディーを、よりはっきり伝えることでした。
ピアノだけの伴奏では、歌の合間に吸う息も聴こえてくる。
そこで息の音を隠すのではなく、その場で歌う空気ごと残そうとしました。
息を吸って、次の言葉を歌い始める。
普段なら伴奏に紛れる小さな動作まで聴こえると、歌手が今ここで誰かへ呼びかけていることを感じやすくなります。
大きなサビを知っている曲だからこそ、その手前の一呼吸にも耳が向くはずです。
本人が残したかったのは、同じようにもう一度歌うのが難しいほど、その瞬間の勢いがある歌でした。
伴奏を減らした目的は、応援歌の熱を冷ますことではありません。
言葉と声、そして息まで近くで受け取れる形にして、もう一度届けようとしたのです。
力を込める相手が、ちゃんと見えている
2025年に広島で開いた初のアリーナワンマンには、約4000人が集まりました。
HIPPYが振り返った会場は、大きなホームパーティーのような温かい空間です。
迫力を見せる場面もありながら、ライブの多くは親しみやすい雰囲気だったといいます。
客席には、長年応援してきた人も、最近知った人も、その日初めて観る人もいる。
その人たちに自分がどんな歌手なのかを伝えようと、これまでの歩みが分かる曲順を組み立てました。
歌の迫力を感じてもらう時間と、同じ場所で楽しく過ごす時間を、どちらも大切にしていたことが分かります。
こうした制作やライブの話から見えるのは、力のある声を、聴く人への呼びかけにしたいという姿勢です。
そのために、言葉の最初の音を調整する。共演者の軽やかさにも学ぶ。ピアノの前では、息づかいまで残して歌う。
「君に捧げる応援歌」に戻るときも、サビの声量だけでなく、言葉をどう始め、次のひと言へどう進むかに耳を向けてみてください。
あの大きな声が、遠くから鳴り響く音ではなく、自分へ向けられた励ましに感じられる理由が、少し見えてきます。







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