2022年、後藤真希は「ズルい女」から、30曲の「歌ってみた」企画を始めました。
原曲を歌うのは、かつて所属したグループのプロデューサーでもある、つんく♂です。
自分の歌を作ってきた人の曲を、今度は自分がカバーする。
本人が驚くほどの反響があり、つんく♂からも反応が届きました。
後藤真希は、カバーするとき、原曲を一行ずつ繰り返して聴くそうです。
息を吸う場所も、リズムの取り方も、細かく覚えていく。
そこまで原曲に近づけば、物まねになりそうにも思えますが、彼女が大切にしているのは、その先です。
原曲の歌い方を知りながら、自分はその言葉をどう受け取るのかも考える。
華やかな声の奥には、一曲ごとにそれを考え直す時間があります。
原曲を一行ずつ聴くのは、歌の細部を覚えるため

撮影:斎藤大嗣/画像出典:CDJournal
「歌ってみた」という名前だけなら、知っている曲を気軽に歌う企画にも見えます。
でも、後藤真希の場合、スタッフから提案されて初めて全体を聴く曲もありました。
まず覚えなければならない。
そのうえで、原曲を好きな人が聴いても違和感のない歌にしたいという思いがあります。
そこで、歌詞を一行ずつ追いながら、何度も聴き返す。
メロディーだけでなく、どこで息を吸うのか、言葉が伴奏のどこに重なるのかまで覚えていきます。
同じ音程で歌っても、言葉を出すタイミングや息の区切りが違えば、曲の感じは変わるからです。
本人も、原曲の歌手と声質が近いと、物まねのように似ることがあると話しています。
ただし、似せること自体を完成の条件にしているわけではありません。
その人の歌い方を参考にしながら、歌詞の物語は自分なりに読み取る。
後藤真希は、そうすることで、自分らしさも自然に表れると考えています。
「トイレの神様」で思い浮かんだのは、自分の家族だった
曲を細かく覚えることと、その曲にどんな気持ちを込めるかは、別の作業です。
後藤真希は、恋愛の歌を歌っていても、完成した録音を聴くと、自分自身に向けた歌のように感じることがあるといいます。
歌詞を変えなくても、歌う人がその言葉に重ねる経験は変わります。
その違いがよく分かるのが、2022年にカバーした植村花菜の「トイレの神様」です。
祖母との思い出をたどるこの曲を、後藤は、自分の母親や子どもたちを思い浮かべて歌いました。
以前に聴いたときとは受け取り方が変わり、練習の段階から涙が止まらず、録音にも苦労したと振り返っています。
原曲とそっくりの声を出せたとしても、頭の中にいる家族まで同じになるわけではありません。
後藤真希が歌うと、誰かが作った物語に、彼女が家族へ向ける気持ちも重なります。
祖母を思う原曲の物語と、母親や子どもを思う歌い手の気持ち。
その両方を知ると、このカバーで家族への言葉がどう響くのか、耳を傾けたくなります。
高い声を出すだけでは、歌いたい表情にならない
気持ちが決まっても、その通りの声がすぐに出るとは限りません。
2022年、後藤真希は、昔とは発声を変え、無理に声を出そうとする歌い方をやめたと話しています。
以前のような高い声を出すことには難しさを感じる一方、抑揚や歌詞の意味は、自分が納得できるように伝えられるようになったそうです。
倖田來未の「Moon Crying」は、以前から歌っていた曲でも、改めてカバーすると難しく感じた一曲でした。
知っている歌だから簡単、というわけではなかったのです。
以前は歌えたという記憶があっても、今の発声で同じように歌えるとは限らない。
それでも、今のほうが伝えやすくなった気持ちもある、というのが本人の実感でした。
同じ年には、出演者が正体を隠して歌う『ザ・マスクド・シンガー』にも挑戦しています。
後藤は「ヴィーナス」として出場し、優勝しましたが、準備の段階ではボイストレーニングにも通いました。
小柳ゆきの「be alive」ではサビの発声を整え、SPEEDの「Go! Go! Heaven」では、ただ甲高い声で歌うことを避けようとしたといいます。
どの曲も、同じ勢いで高音へ突き進めばよかったわけではありません。
力強く聴かせたい箇所はどこか。
どの高さなら、曲に必要な声の表情が出せるか。
キーの選び方も相談しながら、一曲ずつ、自分の声で歌える形を探していたのです。
自分の曲では、客席の声まで思い描く

画像出典:エイベックス・ポータル
カバーでは、すでにある歌詞を自分なりに受け取る。
オリジナル曲では、歌う言葉そのものから考えることもできます。
後藤真希が2024年に作ったミニアルバム『prAyer』には、その違いが表れています。
彼女は、曲の方向性だけでなく、歌詞の言葉にも案を出しました。
作り手から渡された言葉をそのまま受け取るだけでなく、自分が歌いたい言い方へ近づけていったのです。
その中の「CLAP CLAP」は、強気な歌の世界に、聴き手が声を出して参加できる部分を組み合わせた曲です。
後藤は、ソロ曲であっても、大勢がいるような感じを出したくて、コーラスも厚くしたと話しています。
自分一人の声を目立たせるだけではなく、ライブで客席がどう応えるかまで考えていたわけです。
実際に2024年の25周年ツアーでも、この曲に観客が手拍子と声援で応えました。
「トイレの神様」では、家族のことを思って言葉を歌う。
「CLAP CLAP」では、強気な言葉で客席を誘い、一緒に盛り上がる。
静かに思いを打ち明けたいのか、それとも聴き手を誘って盛り上がりたいのか。
後藤真希は、声を出す前に、歌で何をしたいかを決めています。
客席だけでなく、演奏する仲間の存在も、歌い方に関わります。
2021年のビルボードライブ公演を前に、後藤は、バンドなら演奏が歌についてきてくれるので、いつもとは違う歌い方ができると話していました。
録音された伴奏で歌うときはCDのレコーディングに近い感覚になる、とも説明しています。
原曲のリズムを覚える段階と、バンドと一緒に歌う段階では、必要な判断も変わります。
覚えた音の置き方を土台にしながら、その場の演奏に応じて歌える。
後藤にとって細かく聴き込むことは、歌い方を一つに固定するためというより、相手や場所が変わっても自分の歌を届けるための準備として捉えられます。
似ているかどうかの先に、後藤真希の歌がある
後藤真希のカバーを、原曲に似ているか、自分の持ち歌らしく変えたか、の二択で聴くと、大事なところを見落とします。
原曲のリズムや息継ぎを覚える細かさと、その歌に自分の経験を重ねることは、同時に行われているからです。
「トイレの神様」を母親や子どもたちのことを思って歌ったように、原曲と同じ言葉の中にも、後藤真希自身の思いは入ります。
そして「be alive」でサビの発声を整えたように、伝えたいものがあれば、声の出し方も見直す。
原曲を覚えること、自分なりに受け取ること、それを声にすること。
後藤真希の「歌ってみた」には、その三つが詰まっています。
よく知っている歌を彼女が歌うと、懐かしさだけでなく、今のゴマキが何を感じているのかも聴こえてくるのです。







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