岡村孝子の歌を聴いていると、大きな声で励まされるのとは違う安心感を覚える人がいます。
「夢をあきらめないで」は、その代表でしょう。
けれど、この曲を書いたときの岡村は、元気いっぱいに誰かの背中を押そうとしていたわけではありません。失恋して落ち込んだ自分を、何とか奮い立たせようとしていました。
弱っている人が、自分に言い聞かせるために書いた歌。それを、淡々と語るように歌う。
この組み合わせを知ると、彼女の穏やかな声がなぜ励ましになるのか、少し見え方が変わります。
1987年の「夢をあきらめないで」を手がかりに、声の飾り方と、歌う相手への思いをたどってみましょう。
こぶしを効かせた声から、語るような声へ
岡村の歌い方は、最初から今のイメージどおりだったわけではありません。
加藤晴子と組んだ「あみん」の頃には、本人が振り返るところ、声に粘りがあり、こぶしの入る歌い方をしていました。
こぶしとは、一つの言葉の中で音を細かく動かして表情をつける歌い回しです。まっすぐ音を伸ばすよりも、言葉の一部分を濃く聴かせられます。
1985年にソロで再出発し、2枚目のアルバム『私の中の微風』では、淡々と語るような歌い方へ変わっていきました。
「どこまで声を飾るか」というところに、岡村らしさを考える手がかりがあります。
言葉の一つひとつを大きくうねらせれば、気持ちの強さは伝わりやすい。一方で、飾りを抑えて歌えば、その人が何を話しているのかを追いやすくなります。
岡村が選んだ語り口は、悲しさや迷いを、普段の自分にも起こりそうな話として受け取らせるものだったと考えられます。
ただし、淡々と歌うことと、楽に歌える曲ばかりを選ぶことは別です。
同じ時期の「はぐれそうな天使」は、来生えつこ作詞、来生たかお作曲による曲でした。岡村にとっては音域が広く、録音に苦労した一方、自分の声の可能性を知る経験にもなったといいます。
聴き手には軽やかに届く歌でも、歌う本人まで気楽だったとは限らない。その違いも、彼女の声を聴くうえで覚えておきたいところです。
一人で歌うからこそ、深く踏み込める恋愛がある

岡村は、あみんとソロで、歌う曲の性格を分けています。
あみんでは二人の声が重なるハーモニーを大事にし、深い恋愛の歌はソロのほうがしっくりくる。また、声を重ねると旋律のよさが薄れてしまいそうな曲も、ソロで歌うと話しています。
声が一つ増えれば、そのぶん歌が豊かになる、とだけ考えると、この選び方は意外です。
二人の声の響き合いを楽しむ曲もあれば、一人の声で旋律をたどるからこそ、気持ちが伝わる曲もある。岡村は、その曲で何を聴かせたいかによって歌う形を選んでいるのです。
自分の迷いや弱さまで書いた恋愛の歌なら、一人で話しているような歌い方がよく似合います。
誰かにきれいな結論を教えるのではなく、まだ整理しきれない気持ちを話す。聴く側も、その続きを急かさずに聞いていられる。
岡村のソロの歌を、そんな打ち明け話として受け取ることもできるでしょう。
しかも、本人によれば曲作りは旋律が先で、あとから言葉を当てはめる方法です。
先に生まれた旋律の長さや動きに、伝えたい気持ちを言葉で収めていく作り方です。歌詞だけを読むと打ち明け話のようでも、実際に歌うときには旋律の流れも大事になる。その両方に目を向けると、彼女の歌をより楽しめそうです。
励ましていた相手は、まず自分だった
「夢をあきらめないで」が生まれた頃、岡村は、将来への悩みも抱えていました。
1987年のアルバム『リベルテ』には、そうした内面を率直に書いた曲が入り、制作スタッフの間でも反応が分かれたといいます。暗すぎないかと心配される一方で、自分にも分かるという共感もあったのです。
この背景を知ると、「夢をあきらめないで」の言葉を、成功した人からの助言としてだけ聴く必要がなくなります。
書いた人自身が落ち込んでいて、それでも何とか前を向こうとしていた。
励ましの言葉を必要としているのは、聴き手ばかりではなかったのです。
自分も迷うからこそ、誰かの迷いに届く言葉を書ける。
この曲が持つ親しさは、声の柔らかさに加えて、その立ち位置にもあるのではないでしょうか。
力強く言い切る励ましが欲しい日もあれば、同じように悩んだ人の声なら聞いていられる日もあります。岡村の淡々とした歌い方は、後者の気分にもよく合います。
やがて曲は、多くの人に応援歌として受け取られるようになりました。
岡村もその受け止め方を知り、自分自身も応援歌として歌うようになったと話しています。
歌詞を書き換えなくても、歌うときに思い浮かべる相手が増える。自分を奮い立たせた歌が、客席にいる人たちへ向けた歌にもなっていったのでした。
復帰公演で、歌手も客席から励まされた

その関係がよく分かるのが、2021年9月7日、LINE CUBE SHIBUYAで開かれた復帰コンサートです。
岡村は2019年に急性白血病と診断され、治療のために休養していました。再びステージに立ったこの日にも、「夢をあきらめないで」を歌っています。
この曲が支えになったという声は、それまでにも聴き手から届いていました。闘病中には、岡村自身も曲から勇気をもらったと振り返っています。
かつて自分のために書き、長く誰かを励ますつもりで歌ってきた曲を、今度は自分が必要としていたのです。
復帰公演では、客席の拍手や手拍子から、公演を一緒に成功させようとする気持ちが伝わってきたそうです。
リハーサルでは涙があふれたものの、本番では穏やかで優しい気持ちで歌えた、と本人は話しています。
本人の言葉から伝わるのは、苦しかった日々を強調する気持ちよりも、待っていてくれた人に会えた喜びです。その思いが、穏やかな気持ちで歌うことにつながっていました。
翌2022年のコンサートについては、客席の温かさに応えたくても、最初から全力を出しすぎると疲れてしまうため、抑えめに始めたとも話しています。
感謝が大きいほど大きな声を出す、という単純なものではありません。一公演を通して歌を届けるために、その日の体力と相談する必要もあるのです。
それでも終わる頃には、予定より力が入っていたという振り返りには、客席と会えた喜びがにじみます。
岡村にとって曲は、録音したところで終わりではなく、ライブで人と時間をともにして完結するものです。
「夢をあきらめないで」も、昔の録音を再現するだけの歌ではありません。歌手と聴き手がそれぞれの年月を過ごし、また会ったときに、あらためて歌う理由が生まれる曲なのです。
穏やかな声で、弱さも励ましも話せる
岡村孝子の穏やかな声には、悲しさや迷いを、身近な人の話のように伝えるよさがあります。
あみん時代の粘りのある歌い方から、淡々と語る歌い方へ。一人で歌う曲では、旋律を大事にしながら、恋愛の複雑な気持ちにも踏み込む。
歌の中で弱さを隠さないからこそ、励ましの言葉にも、同じ悩みを知っている人の親しさを感じられるのでしょう。
「夢をあきらめないで」の歌い手は、いつも迷いのない人ではありませんでした。
悩んだ自分のために書き、聴き手に励まされながら、今度はその人たちを思って歌ってきた。
岡村の穏やかな歌声には、元気な人にも、まだ元気になりきれない人にも話しかけられる強さがあるのだと思います。







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