林部智史は、歌声に個性がないと言われ、無理に特徴をつけようとした時期がありました。
それでもデビューにつながったのは、その声に合う「あいたい」との出会いでした。
その後の歩みには、歌い上げる気持ちよさを手放した曲も、自分とは違う人物を歌った曲もあります。
変わったのはレパートリーの広さだけでなく、歌の中で自分をどこまで前に出すか、という判断です。
個性を求めていた声を、「あいたい」が見つける
林部はボーカル学校を首席で卒業しながら、オーディションでなかなか結果を得られませんでした。
繰り返し指摘されたのが、歌声の個性です。
当時は声の出し方や歌い方を変えてみたものの、後には、癖が強くないことも自分の持ち味だと捉えるようになります。
「あいたい」は、先に七海光のメロディーがあり、歌える人を探していた曲です。
制作を担当した平田泰之は、その曲と林部が出会い、本人の詞が加わって作品になったと説明しています。
歌手に合わせて曲を用意するだけでなく、曲が必要とする声に、林部の声が選ばれたのでした。
2016年2月のデビュー曲「あいたい」は、本人にとって、それまで歌い、作ってきた曲とは違う作品でした。
言葉が少ないからこそ難しい。
聴き手それぞれの「あいたい」という気持ちをすべて理解することはできず、まず自分が思い浮かべる相手に向けて歌っていたと話しています。
一方、デビューを支えたカラオケ番組では、毎回同じ場所にビブラートを入れ、その波を揃える精密さも必要でした。
2016年の林部は、それをライブとの違いとして説明しています。
ただし、点数だけを追って見せ方を捨てたわけではありません。
技術を細かく考えていても、それが表情に見えないよう練習し、聴かせることとの両立を目指していました。

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2018年、誰の思い出も入れる歌を探し始める
初のカバーアルバム『カタリベ1』を出した2018年には、原曲への思いと、自分の歌にする難しさが重なります。
同じキーで男性歌手の曲を歌うと、元の歌い方へ近づきやすい。
編曲も含め、自分が歌う意味をどう残すかが課題になっていました。
同じ年の秋には、唱歌や童謡などを届ける叙情歌の公演も始めます。
「ふるさと」を強い癖で歌えば、聴く人が自分の故郷を思い浮かべにくくなるのではないか。
林部は、個性を強く示さない歌にも個性はある、と考えていました。
歌手自身の姿を濃く描くことから、聴き手が入れる余地を残すことへ、表現の目的が広がっています。
2019年には、懐かしい歌の歌詞が改めて聞こえてきた、という客席の反応も励みになっていました。
歌が作られた背景まで調べながら、聴き手の記憶とつながる歌を届けています。
自作曲にも、今の自分との距離が生まれる
2020年の『II』では、自分で書いた歌も、いつでも同じ気持ちで歌えるとは限らないことを語っています。
「僕はここにいる」は、その時の自分の姿勢を書いた曲でした。
しかし時間がたつと、強く気持ちを乗せて歌うのが難しくなる。
もう少し客観的に向き合えるようになるまで、時間がほしいと考えていました。
同作には、池田綾子の「タカラモノ」、坂詰美紗子の「You」など、性格の異なる提供曲も入ります。
林部は、作家が変わると、歌い方も変えなければしっくりこないことを実感しました。
自作曲だから自分に近い、他人の曲だから遠い、と簡単に分けられない経験が、歌の解釈を深めていきます。
「微笑み」で、声を張らずに終わることを受け入れる
2021年の『まあだだよ』では、小椋佳から託された歌が、新しい課題をもたらします。
林部にとって一曲の中で歌い上げることは、気持ちよさのある表現でした。
ところが「微笑み」は、最後まで淡々と進む曲です。
声を張らないまま終わることに不安があり、キーも変えながら試しました。
試行錯誤の先で受け入れたのは、その曲には、その形がよいということでした。
大きく盛り上げず、言葉を朗読するように紡ぐ歌もある。
歌い手自身の満足感と、曲が求める終わり方が、必ずしも重ならないと知った経験です。
同じ2021年、本人は高い声を自分の魅力と捉え、年齢を重ねてもコンサートで歌い続けたいと語っています。
高音への愛着を失ったから静かな歌に向かった、という話ではありません。
大切な声を持ったまま、その見せ方を増やしていったのです。
2023年、叙情歌の経験を別の人物の歌へ持ち込む
『RAINBOW』の「La Rouge」では、作詞の松井五郎が、林部本人のイメージとは異なる男性像を描きました。
本人には感情移入しにくい人物です。
そこで林部は、歌に表情をつけながら、自分の感情を過度に重ねず、歌い手として届ける方法を選びます。
本人が結びつけたのは、叙情歌で積んできた経験でした。
自分に似た人物でなくても歌える。
そのために、相手を無理に自分へ近づけず、作家が描いた色を生かす。
昔の歌を歌い継ぐ中で育った距離感が、新しい歌謡曲の解釈にも使われ始めます。
2024年、同じカバーでも立つ場所を変える
『カタリベ2』まで六年空いた背景には、オリジナル曲を育てたいという思いがありました。
カラオケ番組で知られた歌手として、カバーだけを求められる状態に留まりたくなかった。
その間も公演ではカバーを歌い続け、二作目には、長く歌っていきたい曲を選んでいます。
その一曲が、デビューのきっかけにもなった「PIECE OF MY WISH」です。
番組では得点を出すため、本人にとって限界に近い高さのキーを使っていました。
2024年の録音はキーも違い、本人は当時とは別のものとして歌ったと説明しています。
かつて自分が夢をつかむために歌った曲を、今度は夢を追う人へ送り出す。
その立場の変化が、同じ曲の歌い直しにもありました。
続く『カタリベ~愛のエクラン~』では、さらに違う立ち位置を取ります。
思い入れのある曲の主人公になった『カタリベ2』に対し、こちらは、自分が生まれる前の恋愛の歌を届ける作品です。
かつてその歌を聴いた人が、自分の思い出を重ねられるよう、林部個人の感情を前へ出しすぎないようにしました。
作家との出会いは、静けさの先へも声を動かす

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2025年の『縁』は、カバーした作品から生まれた交流が、新曲へつながったアルバムです。
阿木燿子と宇崎竜童が録音現場で言葉の伝わり方を考え、メロディーを変えていく場面にも立ち会いました。
歌い継ぐことは、過去の名曲を保存するだけでなく、作家と新しい歌を作る入口にもなったのです。
2026年には、加藤登紀子が手がけた『Koibumi』を発表します。
前年の「忘却のタンゴ」も収めた作品です。
加藤は、林部の穏やかなバラードという印象から離れ、切迫したタンゴを書きました。
林部自身も、柔らかく直された言葉より、最初の強い表現を歌いたいと望んでいます。
明るい新曲「愛に愛されて」「どうして伝えよう」では、もっと幸せそうに、という要望も受けました。
本人は十分に幸せなつもりで歌っていたからこそ、相手が求める明るさとの違いに向き合うことになります。
声を抑える経験を重ねた後にも、別の方向へ踏み出す課題は続いていました。
個性を探していた声は、やがて原曲や聴き手の記憶を受け止める声になりました。
そして、その柔らかさを知る作家から、さらに違う表情を求められる。
林部智史の変化は、一つの完成形に近づく歩みというより、歌との距離を選べるようになる歩みとして見えてきます。
曲の中で声をどう選ぶかは、林部智史の歌い方で詳しく見ていきます。

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