湊あくあの歌い方|柔らかい声に、強さと感情をどう乗せるのか

湊あくあ(2024年の卒業ライブ)©2016 COVER Corp. シンガー
湊あくあ(2024年の卒業ライブ)©2016 COVER Corp.

湊あくあの歌い方を考えるとき、まず耳を引くのは、柔らかくかわいらしい声です。
けれど、その声は、いつも同じ気持ちを表すために使われているわけではありません。
曲に合う高さを選ぶこと、歌と台詞で人物を見せること、一曲の途中で感情を開くこと。
本人と制作側の言葉をたどると、音色を大きく変えなくても表情を増やせる、歌の工夫が見えてきます。

2020年12月公開のオリジナルMV(8月の初披露映像とは別)。

本人が欲しかった力強さと、聴き手が好きだった柔らかさ

湊あくあは、自分の優しくふわりとした声に悩み、もっと力強くかっこよく歌いたいと思っていたと話しています。
一方、ファンからは、かわいさや透明感を褒められることがありました。
本人には足りないと感じるものが、聴く側には、ほかの声に代えられない魅力になる。
この食い違いを知ると、柔らかい声を、強い歌を歌えない声と同じに扱わずに済みます。

実際の選曲にも、声を一つの曲調へ閉じ込めない面白さがあります。
2020年のソロライブでは、「ふわふわ時間」のバンドサウンドと柔らかな声を組み合わせ、「ファンサ」では伸びやかな歌を届けました。
伴奏に勢いがあるから、声も同じ硬さにする必要がある、とは限りません。
音の厚い背景に、明るく親しみやすい声があることで、曲の印象を作ることもできるのです。

「#あくあ色ぱれっと」は、制作途中でキーが上がった

「#あくあ色ぱれっと」は、制作の途中でキーを上げた曲です。
Junkyも、その高さがあくあの声に合っていたと振り返っています。
キーは、最高音へ届くかどうかの問題ではありません。
歌全体をどの高さに置くと、その声のかわいらしさや表情が生きるのか。
歌手の持ち味に合わせて作品の側を調整していました。
Junkyが感じていた、かわいさとはかなさを併せ持つ声を、曲の中心に置く選択だったと考えられます。

湊あくあ(2022年のインタビュー掲載ビジュアル)©2016 COVER Corp.
湊あくあ(2022年のインタビュー掲載ビジュアル)©2016 COVER Corp.。
画像出典:画像掲載元

台詞まで含めて、声の人物を変える

NEGI☆Uの「PANIGHT」は、歌唱だけを切り出すと見落としやすい表現がある曲です。
制作側は、歌と台詞の指示を細かく用意し、三人がそれを表現にしていく形で作りました。
あくあの場面には、にぎやかな空気へすっかり入り切れない人物らしさもあります。
盛り上がる曲だから全員が同じ勢いで声を出す、という作りにはしていないのです。
歌う声と話す声をつなぎながら、ユニットの中に一人の人物を立たせています。

二人の声で物語を作る例には、2022年のソロライブで猫又おかゆと歌った「嗚呼、素晴らしきニャン生」もあります。
あくあがお嬢さん、おかゆが野良猫という立場で向かい合い、歌でやり取りする場面でした。
同じかわいらしさでも、一人で客席へ歌うときと、目の前の相手へ答えるときでは、声が示す態度が違います。
誰に向かって、どんな人物として歌っているのかを考えると、掛け合いの表情がつかみやすくなります。

「あくたんのこと好きすぎ☆ソング」では、理想の自分を大きく見せる、コミカルな人物像が前へ出ます。
「君の最推しにしてよ!」のように、相手へ積極的に呼びかける曲もあります。
柔らかな音色そのものと、言葉を差し出す態度は、分けて考えられるのです。
声がかわいいから、控えめな気持ちだけを歌うわけではない。
自分を見てほしいという強い思いも、その声に乗せられます。

2022年1月のソロライブ版。

「未だ、青い」の声を、作り手はどう受け取ったか

「未だ、青い」を作ったじんは、あくあの歌を聴き、すぐに彼女自身の歌になったと感じています。
とりわけ、冒頭のフレーズと、サビの終わりを気に入ったと話しました。
作り手が感じたのは、歌い手自身の言葉として届く力でした。
歌い出しでどんな人物が現れ、サビの終わりにどんな気持ちが残るのか。
この二つの場所は、曲を聴くときの手掛かりになります。

Blue Journeyのステージ。湊あくあは右(2023年)©2016 COVER Corp.
Blue Journeyのステージ。湊あくあは右(2023年)©2016 COVER Corp.。
画像出典:画像掲載元

「あの日の僕らへ」では、一曲の中で気持ちを開く

Blue Journeyの制作側は、「あの日の僕らへ」のあくあの歌について、感情の移り変わりを評価しています。
Aメロでは鬱屈した思いを抱え、サビでは爽やかに解放される。
あくあの表現によって、その変化がより伝わるものになったといいます。
ここで必要なのは、最初から最後まで、同じ明るさで歌い切ることではありません。
閉じていた気持ちが開くから、サビに進んだ意味が生まれる。
声の可憐さを残したまま、その中を通る感情を動かせることが、この曲での持ち味です。

同じBlue Journeyのライブで歌った「僕は独りだ」も、歌の明るさを固定しない例です。
序盤のあくあのパートでは、不安をにじませる表現が、物語へ入る入口になりました。
客席を盛り上げるための呼びかけとは違い、聴き手を歌の中の気持ちへ引き寄せる場面です。
かわいらしい声が聞こえても、その人物が安心しているとは限らない。
音色の印象と、その場面の感情を重ねて聴くと、声が伝えるものは一つではなくなります。

2023年のBlue Journey 1st Live「夜明けのうた」の公式無料公開部分。

歌を届ける距離にも、表情がある

歌の配信について、あくあは、コメントがすぐに返ってくる近さを楽しんでいました。
大きな舞台に立つ歌手でありながら、反応を受け取れる距離にも価値を感じていたのです。
言葉を目の前の相手へ届ける感覚は、歌を完成した作品として置くだけでは生まれません。
歌った後に何が返ってくるかまで含めて、その時間を共有するものになります。

話すことも歌うことも多い活動のため、本人は普段から加湿や温かい飲み物を取り入れていました。
体が温まると声を出しやすい、という自分なりの感覚も持っています。
曲の中で声を使い分ける前に、日々使う声をどう整えるかにも気を配っていたのです。

卒業ライブの「#あくあ色ぱれっと」では、涙で歌が途切れる場面がありました。
整った録音版と同じように歌うことが、その日の表現のすべてではありません。
同じ曲を聴いてきた人へ、最後に何を渡すのか。
その状況ごと声を受け取ると、言葉が続かない瞬間にも、歌い手と聴き手が積み重ねてきた関係が見えてきます。

湊あくあの歌い方では、柔らかさを消すことより、その声をどんな場面へ置くかが大切になります。
自分に合うキー、歌と台詞の掛け合い、不安から解放へ向かう感情。
声の輪郭を保ちながら、曲の中で担うものを変えていく。
かわいらしさの奥にある表現の幅は、そうした選択から生まれているのです。
この幅が広がってきた歩みは、湊あくあの歌唱変遷でたどれます。

2026年11月のシンガー人気投票。投票期間は11月1日〜11月30日。11月の投票はこちら。

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました