福原美穂の歌声はどう変わった?「優しい赤」の決意から、弾き語りと「Endless Ride」まで

2023年のインタビューで笑顔を見せる福原美穂 シンガー
福原美穂(福原みほ)。2023年のインタビュー掲載写真。出典:Billboard JAPAN

2022年、福原みほは「優しい赤」をピアノの弾き語りで歌い直し、公式チャンネルに公開しました。
もとのシングルが出たのは2008年。
北海道を離れる自分に向けて書き始めた歌は、発売までの間に歌詞も変わり、誰かへ届けたい歌になったと、当時の福原は話しています。

同じ曲に再び向かった頃、彼女は弾き語りなら自分の呼吸と「間」で歌えると語っていました。
歌を向ける相手も、言葉を出す時間も、自分で選び直してきた。
その変化を「優しい赤」の二つの形からたどります。

2007~09年――歌えるのに、表現できなかった

福原が「ICE&FIRE」に初めて取り組んだのは、2009年のアルバム『RAINBOW』に収める約二年前でした。
音を歌えても気持ちを表せず、スタジオで悔しくて泣いたと、本人が制作記録に残しています。
福原は作曲者コリーヌ・ベイリー・レイと出会い、いつか一緒に制作したいと思っていたことも書いています。

その後に生まれた「優しい赤」は、当初デビュー曲になる予定でした。
北海道から東京へ向かうとき、福原は故郷や家族を愛しながらも「捨てる」と書かなければ出発できなかったと振り返っています。
その強い言葉には、迷いのない自分より、離れる決意を固めたい自分がいたのです。

発売時の2008年に福原が語ったのは、作り始めた頃は自分へ言い聞かせていた歌を、今は皆に届けたいという気持ちでした。
歌詞も少し変えたといいます。
同じ曲の中で、歌を向ける相手がまず変わっていました。

翌2009年の『RAINBOW』で「ICE&FIRE」に改めて挑み、今度は「語る」つもりで歌い、一回のテイクで終えたそうです。
冷たさを含む伴奏に対して、歌には熱を込めたとも説明しています。

詞が描くのは、違いのある二人が引かれ合い、相手を守りたいのに近づくことも難しい関係です。
初めて取り組んだときには表せなかった気持ちを、歌の中の人物の言葉として置き直しました。
何を伝える声なのかをつかんでから、語るように歌い直した経験でした。
なお、「LET IT OUT」など一曲の中で強さをどう使うかは、歌い方の記事で扱います。

2013年――客席まで歩いてから歌う

2013年、デビュー五周年の福原は、カバー曲を選ぶときも「もし自分が聴き手なら」と考えると話しました。
ライブ当日には客と同じ入口からステージ前まで歩き、来る人の気持ちを想像してから舞台に立つそうです。
2008年の「優しい赤」を自分への言い聞かせから聴き手へ届ける歌に変えた人が、今度は会場へ来る道筋まで確かめていました。

その年に歌った「上を向いて歩こう」では、落ち込んで泣いた自分の気持ちを思い出しながら歌うと語っています。
日本語詞と英語詞では言葉の細かさが違うため、歌うときの気持ちの高まり方も少し変えたいという考えでした。
同じ旋律を歌うとしても、歌詞の言語と、その言葉を受け取る人によって表現を選ぶのです。

「上を向いて歩こう」2021年公開・YANCYのジャズアレンジ

福原はこの取材で、高音を出せることだけを目標にしていないとも話しました。
子どもの頃から高音を好んでいたわけではなく、当時は低い音をもっと充実させたいと考えていたそうです。
高音の迫力で知られる歌手が、自分の声の使い道を別の場所にも探していました。

2013年のシングル「ライジング・ハート」では、往年のソウル曲をもとに、バンドとコーラスを交えた作品を作っています。
同じ年、ゴスペル・クワイヤとの公演から少人数のピアノ演奏まで、共演者の規模も変えて舞台に立ちました。
共演する人数が変わっても、曲と聴き手を想像してステージを組んでいました。

2013年のインタビュー時の福原美穂
2013年の福原美穂。
撮影:豊島望/CINRA

2015~20年――二人で作った歌を、離れた場所から重ねる

2015年には自主レーベルから『Something New』を出し、以前から共演していた音楽家たちと制作しました。
福原はこの頃、洋楽の影響を受けながら日本語で歌うことも大切にし、両方を持ち続けたいと話しています。
共演するバンドも、イベントに合わせて二つの編成を行き来していました。
一緒に演奏して曲を作る経験は、次の共作にも続きます。

2020年の「Ashes」も、最初から曲調を決めた制作ではありませんでした。
シンガポールのチャーリー・リムがギターを弾き始め、福原がそこへ歌を乗せ、その日のうちに粗いデモができたと二人は振り返っています。
離れてからは音声データをやり取りし、福原はそれまでのスタジオ録音と違って自宅で自分の歌を録りました。

歌詞も、福原がデモで歌った言葉を生かし、足りないところをチャーリーが補う形で進めました。
彼は日本語の歌唱にも挑み、福原はその声が届いたことを喜んでいます。
誰かから完成曲を受け取るだけでなく、互いの言葉と声を受けながら仕上げた曲でした。

最初のアレンジを聴いた福原は、暗くなりすぎると感じ、二人で作ったデモに近づけたいと伝えました。
チャーリーも、デモにあったコーラスの重なりを残したと説明しています。
福原は自分たちの声を温かいと捉え、冷たさのある伴奏と一緒に鳴るところを、この共作の面白さだと話しました。
曲調を相手に任せきりにせず、歌が持つ温度をどう残すかを選んでいます。

一人で録った歌も、ミックスを経ると曲の世界を十分に作れるとわかったことは、福原にとって新しい学びでした。
一緒の部屋にいなくても、録った声を聴き、意見を交わして作品へ育てる方法を経験したのです。
公式のアコースティック・ホームセッションは、完成シングルとは別の、デモの原型に近い版です。

2021~23年――「優しい赤」を、自分の呼吸と間へ

2021年末には、リクエストの多かった「ICE&FIRE」を歌う映像も公式チャンネルで公開しました。
かつて表現できずに苦しんだ曲が、聴き手の求めに応えて再び歌う曲にもなっています。

2022年、福原は「優しい赤」の弾き語りをファンのリクエストに応えて公開しました。
2008年のシングルの公式MVと、本人がピアノを弾く新しい映像は、同じ曲を別の編成で示しています。
その年の取材で福原は、コロナ禍にアコースティックでの配信を重ね、自分の歌の繊細なところはこの形のほうが伝わると以前から考えていたと話しました。

ただし、アコースティック公演を、いつも一人で歌う形に限っていたわけではありません。
2022年の「ACOUSTIC SOUL」では、ピアノとギターに、MARUと稲泉りんのコーラスを迎える構想を語っています。
ギターのオオニシユウスケも歌えるので、三人の声を重ねられる。
楽器の音数を絞りながら、好きな歌い手たちと細やかに響き合えることを楽しみにしていました。

翌2023年には、キャロル・キングの『つづれおり』を弾き語りの手本に、長く練習してきたことを明かしています。
歌いながらピアノを弾くことは最初は難しかったけれど、続けるうちに演奏者がリズムや和音をどう作るのかも理解できるようになったそうです。
バンドの決まったテンポへ声を乗せるときと違い、弾き語りでは自分の呼吸や間で歌えるところが楽しいと語りました。

歌の前後を自分で演奏すれば、言葉を急ぐか、少し待ってから出すかも自分で決められます。
共演者と声を重ねる楽しさに加えて、一人でも歌の時間を組み立てられるようになったのです。
2008年と2022年の映像は伴奏も撮影条件も異なりますが、「優しい赤」が自分への決意から聴き手に届く歌になり、弾き語りでも歌われるようになった経緯は、本人の言葉からたどれます。
2023年の十五周年公演でも、同曲はアコースティック版としてセットリストに入り、後に正規のライブ音源として公開されました。

ピアノの前に座る福原美穂
ピアノの前に座る福原美穂(2023年)。
出典:Billboard JAPAN

2026年――世界への疑問を、自分の旋律に乗せる

2026年の「Endless Ride」では、子どもの頃から抱いてきた世界への疑問を、初めて曲の中心に置きました。
福原は、近くにいる人を大切にするという思いを、聴き手のさまざまな状況に届くポップソングにしたかったと話しています。
以前から温めていた旋律へ日本語で考えた言葉を乗せ、翻訳も使いながら英語詞にしていきました。

曲の土台はピアノと歌だけで作り、その後の音作りはプロデューサーのokaerioに委ねました。
福原が目指していたのは、アコースティックで演奏しても良さが残る曲です。
編成が変わっても旋律で届けられることを基準にしてから、相手の音作りを受け入れています。
福原が思い描いたのは2000年代初期のR&Bでしたが、彼からは別のジャンルのイメージも返ってきたといいます。
2020年の「Ashes」と同じく、共演者の発想を受けながら、自分の旋律と伝えたい言葉を曲の芯に置いていました。

その制作を支える日常も変わりました。
2026年の取材では、曲の着想が浮かんだときにすぐ歌えるよう、ピアノや歌の練習を以前より意識して続けていると話しています。
作品を出す間隔を優先するより、自分で納得した歌を届けたいという考えです。
新しい歌が生まれる瞬間を、日々の練習で迎えようとしていました。

「優しい赤」では、自分に言い聞かせる歌を聴き手へ届ける歌に変えました。
表現できずに泣いた「ICE&FIRE」には、語る気持ちで戻りました。
弾き語りでは次の言葉までの間を自分で取り、「Endless Ride」には子どもの頃からの問いを乗せています。
福原が変えてきたのは、それぞれの歌で、誰へどの言葉をどう渡すかという選択です。

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