2022年、中村未来はアルバム『Flos Ex Machina』について、それまで楽器のように扱うことが多かった歌を、今度は「言葉を伝える歌」にしたかったと話しました。
複雑な演奏の中を声が駆けるCö shu Nieにとって、これは小さな方針転換ではありません。
歌を曲の一部として響かせながら、誰が何を伝えるのかも前に出す。
その両方をどう成り立たせたのでしょう。
変化は一枚のアルバムで突然起きたわけではありません。
2018年の「asphyxia」で言葉を表に出すことをためらった人が、長くライブで歌ってきた「迷路」の言葉を選び直し、さらに自分の痛みをはっきり書くようになる。
その歩みを、本人と制作をともにした松本駿介の話からたどります。
2018年、「asphyxia」で自分の痛みを言葉にする
Cö shu Nieは中村が始めたプロジェクトです。
作曲だけでなく各パートの原型も自分で作る中村は、歌もほかの楽器と並ぶ一つの音として組み立ててきました。
2020年の取材で、派手な演奏に自分の声が合うのは、声そのものが派手すぎないからだとも説明しています。
細かく動く演奏と歌が一体になる「asphyxia」は、その組み立て方が伝わる曲です。
ただ、初めから歌詞を通して自分を伝えようとしていたわけではありません。
中村は、音楽なら言い表せない感情をそのまま扱えるのに、歌詞にすると意味を狭めてしまうと感じ、言葉は必要ないのではないかと考えた時期もあったそうです。
そこへ届いたのが、原作者の石田スイからの主題歌の依頼でした。
その機会を、もう一度歌詞と向き合うきっかけにしたと、2022年の取材で説明しています。
アニメ『東京喰種トーキョーグール:re』の主題歌となった「asphyxia」を書く際、中村は自分の過去と向き合い、私的な痛みを歌詞にしてよいのか迷ったと、2024年に振り返っています。
以前は抽象的な詞を書いていた人にとって、これは歌の内側を他人へ見せる最初の大きな一歩でした。
当時はまだ、おずおずと差し出した言葉だったそうです。
その一方で、昔の声を捨てて新しい歌い方へ進んだわけでもありません。
松本が初期のデモで聴いた「フラッシュバック」は、若々しく激しい歌でした。
2018年のEP『Aurora』の初回限定盤に入れるため録り直した際、中村はその頃の声色を再び使ったと松本は話しています。
新しい歌を覚えるのと同時に、過去の声色も手元に残し、曲に応じて選び直していました。
「フラッシュバック」『OVERKILL』収録曲・短縮映像
2021〜22年、歌が言葉の居場所を作る
転機を示す曲として、松本は「miracle」を挙げています。
それまで音を幾層にも重ねる曲が多かったのに対し、この曲の編曲はシンプルになりました。
松本は、歌声にも大人びた柔らかさがあると感じたそうです。
中村自身は、初期作では第三者のように詞を書くことが多かったが、次第に自分を当事者として描けるようになったと話しています。
音数を減らすことと、歌の言葉を自分に近づけることが、この頃に重なりました。
声を前へ出すとは、何でも大きく、感情的に歌うという意味でもありません。
『Flos Ex Machina』の「fujI」では、低い音域をAメロで長く使い、松本は録音も自然に進んだと振り返りました。
終盤でも感情を過度に押し出さず、歌う人物の顔や動きが浮かぶ程度にとどめた点を評価しています。
言葉を伝える歌への変化は、こうした録音時の表情にも表れています。
中村は、歌のために音を減らす曲と、音を幾層にも重ねる曲の両方を作り続けるとも話しています。
2021年の「give it back」も、この転換期に発表された歌です。
言葉を届ける方針を定めても、編曲の複雑さまで一律に変える必要はありませんでした。
『Flos Ex Machina』では、喪失を経験したあとをどう生きるかがテーマになりました。
中村は、主題を濃く出すために歌を言葉の伝達役として扱おうとしたと明言しています。
その決意が具体的に見えるのが「迷路」です。
この曲はCö shu Nieを始めたときに最初に作られ、長くライブの最後に演奏されてきました。
以前はつらい記憶を忘れたいという言葉で歌っていた箇所を、中村は記憶を連れて進む言葉へ変えました。
自分をだまさずに歌えるよう、同じ曲の出口を選び直したのです。
その答えは、最初から机の上で決められていたものではありません。
ライブのたびに、そのときの気持ちに合わせて詞を変えるうちに、自分で納得できる言葉へたどり着きました。
アルバム終盤には「nightmare feathers_」から「迷路」の序章、本編へ進む、従来のライブの流れも収めています。
長く歌い続けた曲をようやく発表するにあたり、言葉だけでなく、そこへ入っていく順序も作品に残しました。
「フラッシュバック」では過去の声色を今も使えた。
一方「迷路」では、同じ曲を今の自分の言葉で歌い直した。
変わらず持っているものと、変える必要があったものが違います。
中村はその両方を見極め、声と言葉を曲のどこに置くか変えてきました。

撮影:中野修也/音楽ナタリー
2024年、遠回しにせず「今の自分」を歌う
アルバム『7 Deadly Guilt』では、自分を受け入れにくい気持ちを、以前より直接的な言葉で描きました。
これは「迷路」で出した答えの先にある作品でもあります。
中村は、迷路から出ていく過程をもっと丁寧に書きたくなったと説明しています。
記憶を連れて進むと決めても、抑えてきた感情をどう受け止めるかという課題は残っていました。
そのため、アルバムは「迷路」を意味する「Labyrinth」から始まります。
かつての「迷路」が言葉を読むところから始まるのに対し、今作では最後にポエトリーを置きました。
自分を責める気持ちを一つずつ見つめ、受け入れる覚悟へ進むという主題を、作品全体の順序にまで広げたのです。
中村は、曲を作るたびに心を覆うものを一枚ずつ脱ぐ感覚があり、言葉にすれば届くという信頼が育ったと話しています。
松本も、今回は曖昧に包まず言い切る表現が増えたと感じていました。
「Where I Belong」などに置かれた強い言葉には、伝えたいメッセージがあります。
中村は、メッセージがあるなら隠さずに伝えたいと説明しています。
かつて「asphyxia」で個人的なことを歌うのにためらいがあった歌い手が、現在の自分に近い言葉を、聴き手へ届く形で選ぶようになったのです。
歌の響きとともに、声の中へ置く言葉との距離も縮めました。

撮影:鳥居洋介/Real Sound
2026年、重い音の中でも声を一人にしない
2026年の『SATURATED (in monochrome)』は、以前から中村が好んできたメタルの重さをさらに取り入れました。
中心にあるのは、周囲になじめない存在が居場所を見つけ、自分の弱さも強さも知っていく物語です。
自分を受け入れるという前作の課題を持ちながら、今度はより重い音の中で、それを歌う方法を探しています。
自分の息を多く含む声を無理に荒い声へ変えようとはしませんでした。
「Renegade」では、重い曲にもう一つの要素が必要だと考え、Kaz Skellingtonにラップを依頼しています。
歌の役割を広げる方法として、別の声を迎えたのです。
同じ作品の「ANAAKI ANANKE」は、以前からあった曲にギターの刻みなどを加え、アルバムに合わせて仕上げたものです。
サビ終わりの音の動きについて、中村は歌いながら作った気がすると振り返っています。
言葉を前に出すようになっても、声の動きから曲を生み出す作り方は残っています。
彼女の歌い方を曲ごとに見たい人は、中村未来の歌い方の記事で「asphyxia」や「Renegade」の声の使い方をたどれます。
中村未来は、曲を動かす旋律、過去から持ち続けた声色、今ならはっきり言える言葉、そして他者の声を使って、歌の置き場所を増やしてきました。
2018年にためらいながら書いた痛みを、2024年にはもっと率直に伝え、2026年には重い演奏の中で声を分け合う。
その選択の積み重ねに、中村の歌の変遷があります。







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