中島愛の歌声の変遷|ランカと自分を分けた声が「equal」にたどり着くまで

2023年のインタビューで笑顔を見せる中島愛 シンガー
2023年の中島愛。撮影:堀内彩香/音楽ナタリー

2023年、「equal」の録音で、中島愛は自分では年齢に合った大人の歌として歌ったつもりでした。ところが録った声を聴くと、そこにはアニメ『マクロスF』で演じてきたランカ・リーの歌い方がありました。中島は、ランカ名義の歌と本人名義の歌を分けようと、15年にわたって努力してきたといいます。

その年月には、一度歌手活動を止めた時期も、復帰曲でそれまでと違う語尾の歌い方を求められた時期もあります。なぜ二つの声を分けようとしていた人が、その混ざり方を「equal」という歌に残せたのでしょう。まずは「=」で二つの名をつないだデビューに戻ります。

2008年、「星間飛行」には最初から二つの名前があった

2008年、中島は『マクロスF』の歌手志望の少女、ランカ・リーの声を演じ、「ランカ・リー=中島愛」名義の「星間飛行」で歌手としてもデビューしました。翌2009年には「天使になりたい」で中島愛名義の活動を始めます。キャラクターの歌と、自分の名で歌う曲が、ほとんど同時に動き出したのです。

当初の歌い分けは、本人にとって簡単なことではありませんでした。2023年の取材で中島は、最初のソロアルバムの頃には二つの歌い方が混ざっていたと振り返り、そこから「どうしたら中島愛の歌になるのか」を探してきたと語っています。ランカとして伸ばす音ではビブラートを控え、本人名義にはない音のしゃくり方を使う。そうした小さな選択にも、それぞれの名前を立たせる意識がありました。

2014年、本人名義の歌を広げ、立ち止まる

本人名義の曲では、自分の好きな音楽をどう歌うかも探していました。中島が2014年のアルバム『Thank You』で歌った「愛の重力」は、好きだった1980年代の音楽と、西脇辰弥とのリハーサルでの会話から生まれました。中島は、最初のアルバムの頃なら難しかった曲を、アイドルソングとして自分の中に通すことで歌えたと話しています。ランカとは別の歌を作る手応えも、この頃にはありました。

それでも『Thank You』の完成後、中島は中島愛名義の音楽活動を休止します。2017年の取材では、デビューから目の前の仕事に必死で応え続け、『Thank You』で出し切った感覚があったと説明しました。曲を歌いこなせなくなったから、という理由ではありません。自分がこれからどう歌い続けるかを考える時間が必要だったのです。

2017年、復帰曲で語尾を「強く」置く

約3年後の復帰作「ワタシノセカイ」は、アニメ『風夏』のエンディング曲です。中島は復帰に際し、十代の延長で青春を歌う気持ちから、当時27歳の自分に合う視点で歌いたいと思っていました。バンドが物語の中心にある作品の曲で、本人には新しいロック寄りのサウンドでもありました。

録音でディレクターが求めたのは、彼女が好きだった語尾の抜き方や大きな強弱とは違う表現でした。一語一語を、ふわっと終えずにはっきり強く歌う。中島は当時の取材で、この指示によって歌える世界が広がり、以前ならつかみきれなかった力強さを受け入れられたと語っています。「ワタシノセカイ」で起きた変化は、声が突然別人になったことではなく、言葉をどこまで強く届けるかという選択が一つ増えたことでした。

その後、2019年の『ラブリー・タイム・トラベル』では、十代から親しんだ松田聖子の歌い回しを無理に消さずにカバーしました。復帰作で得た力強さ一色へ進んだわけではありません。曲が求める声を考え、残したい憧れは残す。語尾や音の入り方を曲ごとにどう選ぶかは、中島愛の歌い方の記事で詳しくたどれます。

ラブリー・タイム・トラベル発表時の中島愛
「ラブリー・タイム・トラベル」発表時の中島愛(2019年)。写真:MusicVoice(現vois)掲載

2021年、ランカの緑を「自分の日記」にする

復帰後の中島は、2021年のアルバム『green diary』を自分の歩みを歌にする作品として組み立てました。ランカの髪色である緑を題にしたのは、二つの名を再び分けるためではありません。中島は同時期の対談で、本人名義の活動ではランカを切り離そうとしてきたが、時間がたつほどランカは自分の一部だと気づいた、と語っています。自分の年齢と、青春時代のランカを演じる距離に戸惑いながらも、その関係に正面から向き合おうとしました。

アルバムの表題曲「GREEN DIARY」では、作詞作曲を手がけた尾崎雄貴に、デビューからの浮き沈みや迷いを話しました。中島自身の録音日記に残る歌の作り方も印象的です。歌い方を頭で作り込むより、その場で出たものを肯定する録音になり、新人時代と現在を行き来する感覚があったと記しています。昔に戻るために若い声を作った、という話ではありません。経験を重ねた自分が、ランカと出会った頃を含む時間をそのまま歌へ持ち込んだのです。

同じアルバムの「Over & Over」では、ライブ前の緊張から舞台へ踏み出す気持ちを、語りかけるような歌にしたいと作家に伝えました。彼女が曲ごとに違う歌い方を探す姿勢は続いています。その一方で、『green diary』では、何を歌うかを考える段階から自分の葛藤や歩みを作家へ渡すようになりました。

green diary発表時に緑の本を手にする中島愛
「green diary」発表時の中島愛(2021年)。撮影:堀内彩香/音楽ナタリー

2023年、「分けてきた声」を録り直さなかった

「equal」は、ランカへ直接会って話すことのできない中島が、彼女への思いを歌にした曲です。中島はこの曲を新しい活動の最初に作ると決め、ランカと本人の両面を知る西脇辰弥に制作を頼みました。バンドの真ん中で歌いたいと希望し、本人にとって初めて、メンバー全員そろった一発録りにも挑みます。

そこで冒頭の出来事が起きました。大人の中島として歌ったつもりでも、録った声にはランカらしさが自然に出ていた。以前なら二つの声を分け直そうとしたかもしれませんが、今回は最後まで意識しすぎずに歌ったと、本人は振り返っています。ランカとして身につけた歌い回しが、いまの歌にも残っていることを、自分の歌として受け取ったのです。

この受け止め方は、歌手としての名乗り方にも重なります。二十代には「ランカちゃん」と呼ばれると、中島愛として認められていないようで悔しいことがあったそうです。それが2023年には、長く名前を呼び続けてもらえるありがたさへ変わりました。ランカを消して中島愛になるのではなく、二つの名で歩いた時間を一曲に収める。「equal」には、長年の線引きを越えた本人の判断が残っています。

2025年、今度は自分から聴き手を招く

2025年のミニアルバム『invitation』で、中島は作品全体の構想と制作意図を自分で書き、ゆかりのある作家たちに依頼しました。本人の説明では、『green diary』が自分の内側を日記のように記した作品だったのに対し、今度は聴き手を巻き込む外向きの作品にしたかった。その題が「招待状」を意味する『invitation』です。

最後に収めた「I AM」は、『マクロスF』でともに歌ってきたMay’nが書き、歌のディレクションも担当しました。中島がMay’nの歌を聴いて「ひとりじゃない」と感じると伝えたことをきっかけに、May’nは準備していた曲を一から作り直したそうです。中島は、May’nが自分らしさを残しながら新しい表現を引き出してくれたと語っています。

中島は「I AM」を披露した公演で、聴き手こそ自分が歌う理由だと、思わず口にしました。2014年には続け方が見えず立ち止まり、2017年には新しい言葉の強さを試し、2023年にはランカとの境目を歌の中に受け入れた人が、2025年にはほかの人へ自分の声を向けています。ランカと自分のどちらかを選ぶ必要は、もうありません。二つの名を持ったまま歌を続ける中島が、次は誰に何を届けるか。その問いは現在の歌へ続いています。

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