「PRIDE」を長く伸びる旋律のバラードとしてだけ捉えると、この曲の録音で起きた大事な選択を見落とす。
今井美樹が後年語ったところでは、布袋寅泰は歌詞カードに斜線を引き、語尾を切るよう指示した。
今井が歌い直した末に採用されたのは、本人にはまだ歌を自分のものにしきれていないと感じられた段階のテイクだった。
なぜ、もっと歌い込んだ声を待たなかったのか。
今井の声を単に柔らかい、美しいと評するより、この一曲で言葉をどう置いたかを見ていくと、布袋と今井の判断が見えてくる。
感動したデモを、そのまま気持ちよく歌えばよいわけではなかった
「PRIDE」は1996年に発表された。
布袋が書いたデモを今井が初めて聴いた時、歌詞まで入った曲を聴き終え、涙が出たという。
しかし歌入れの現場で待っていたのは、自由に感動を膨らませる作業ではない。
歌詞カードには言葉の切れ目が示され、語尾を切るという、今井には経験のない指示があった。
「PRIDE」という題名から堂々とした宣言を想像すると、語尾を切る指示は意外に感じられる。
長い旋律のある曲でも、全ての言葉の終わりを伸ばしてつなぐ必要はない。
この指示は、長く美しく伸ばすことだけを歌の価値にしないものだった。
後に布袋が説明した意図を踏まえると、言葉の終わり方を変えることで、語り手の距離も定めようとしたと考えられる。

画像:公式掲載元。
「うまく歌い切った」の手前で止めた理由
今井は何度も歌い、自分ではまだ曲が自分のものになっていないと思う段階でOKが出て、打ちひしがれたと振り返る。
完成度に納得できない歌手と、そこで録音を終える制作者。
後から明かされた布袋の説明によって、このすれ違いの意味が分かる。
布袋が求めたのは、誰かに訴えかける大きな宣言ではなく、自分の心へ誓いを立てるような歌だった。
日記や手紙に決意を書くような距離感を想像していたという。
本人が「さあ、歌い入れるぞ」と力を込める前のテイクを、布袋は選んだ。
語尾を切ることも、歌を途中で断つためではなく、言葉を飾りすぎず、一つずつ置くための指示として読むことができる。
語尾を切る、という指示は、単に小声にすることとは違う。
声の大きさと、音をどこまで伸ばすかは別の選択だからだ。
余韻を長く残せば、その言葉を聴き手へ強く印象づけることもできる。
一方、終わりを区切れば、次の言葉が現れるまでに間が生まれる。
この録音の話を手がかりに聴くなら、最高音に届いたかだけでなく、言葉が終わってから次が始まるまでにも耳を向けたい。
曲の主人公が自分の決意を確かめていると考えると、その間は空白ではなく、心の中で言葉を受け止める時間にもなる。
短く切るところだけを強調して鋭い歌にするのでも、全てを滑らかにつなぐのでも、布袋の考えた距離とは違うものになりうる。
「PRIDE」を聴く時に注目したい二つの距離
一つは、デモを受け取った今井と、曲の中で語り手になる今井との距離だ。
デモに深く動かされたからといって、その感情を録音で最大限に押し出すことが曲の答えとは限らなかった。
もう一つは、録音中の本人の手応えと、完成作を選ぶ布袋の判断の距離である。
今井の「まだ歌い切れていない」という感覚が、そのまま失敗を意味したわけではなかった。
2001年のGloria Chapel公演でも「PRIDE」は歌われた。
録音室で布袋が選んだのは、あの時だけのテイクである。
舞台に立つ今井には、同じ言葉を目の前の客席へ届ける別の仕事がある。
二つの場面を同じ物差しで採点するより、1996年の録音ではどのような声をあえて残したのかを考えると、この曲の歌い方が見えてくる。
デモを尊重して、自分の声を置く
「PRIDE」で歌い手と制作者の判断が違ったことは、今井がただ指示どおりに声を出す人だという意味ではない。
曲から受け取ったものを、どう自分の歌として返すかを考え続けている。
2018年の『Sky』の公式解説には、届いたデモを原曲と考え、カバーするような気持ちで歌ったという本人の言葉がある。
歌うのは新曲でも、まず作り手の歌がそこにある、という受け止め方だった。
同作の「同じ空」では、作詞のいしわたり淳治が、今井の近況を聞いている途中で、その会話を詞にしたいと思ったと明かしている。
普段の話し方や生活の感じが、作家を経由して、今井が歌う言葉へ戻ってくる。
そこへ歌手としての飾りを大量に足さなくても、本人につながる温度はすでに含まれている。
デモに耳を傾けることと、自分らしさを出すことは、今井にとって両立する仕事なのだ。
日本語を、聴き手の暮らしへ返す
声がどこに届くかは、客席の事情によっても変わる。
2014年の英国でのインタビューで、今井はロンドン公演に向け、日本語の歌を丁寧に伝えたいと話した。
英語に囲まれた生活の中で、昔から知る日本語の曲が自分を支えたという実感があったからだ。
本人が望んだのは、聴いた人が何かを思い出し、日々の暮らしへ少し元気に戻れることだった。
大きく感動させようと歌うよりも、言葉が聴き手の中に入ることを大切にする。
「PRIDE」の内側へ向けた誓いも、そうして一人ひとりの記憶に結びつけば、会場の大きさとは別の近さを持てる。
声の透明感だけをまねるより、日本語の意味が届く先を想像することが、この歌の理解につながる。
伴奏が変われば、歌の居場所も探し直す
2020年のオーケストラ作品『Classic Ivory』では、今井は新しい編曲にふさわしい歌を歌いたいと考えたという。
例えば、挾間美帆に編曲を依頼した「幸せになりたい」は、原曲のリズミカルなジャズの要素を、大きな編成でどう表すかが楽しみだった曲だ。
長く歌ってきた曲だからこそ、以前のままの歌を置くことだけを目的にはしなかった。
伴奏が華やかになれば、声も必ず大きく張る、という話ではない。
何を今の言葉として伝えたいかを選び、その音楽の中で声の役割を考える。
「PRIDE」で語尾とテイクを選んだ仕事も、このような録音での判断の一つとして見ると、特別な秘話だけで終わらなくなる。
透明感という一語では説明できない歌い方
今井は、自分の声が新しい音楽まで自分の色にしてしまうことを、長く悩んでいた。
その後、同じ声を持ちながら、作品や時期によって歌の置き方を探し続けている。
そこまでをたどるなら、今井美樹の歌声の変遷が詳しい。
「PRIDE」に限れば、答えは声量や高音の強さではない。
感動した曲を歌い込むほど良いとは決めず、語尾とテイクの段階を選び、決意を自分へ言い聞かせる距離に置いた。
その選択が、今井の声をこの歌の言葉に結びつけた。







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