岡崎体育の歌唱変遷|「ほぼ口パク」の舞台から、一発撮りでも歌うまで

平等院の前に立つ岡崎体育 シンガー

岡崎体育はかつて、ライブでほぼ全曲が口パクだと公言していた。
ところが2020年には、一発撮りの舞台で「Yes」と「エクレア」を披露する。
さらに同年の共作では、普段なら整える自分の声を、共演者に勧められてビブラートごと残した。

初めから一つの歌い方で押し通してきた人ではない。
一人で客席をつかむために録音を使い、歌を正面に出す場では選曲を変え、他人と作ることで自分の声の見方も変わっていった。
その過程をたどると、「面白い人」という印象の奥に、歌う場所を探してきた試行錯誤が見えてくる。

一人の舞台で、声を録音に任せた理由

2012年、奈良のライブハウスで活動を始めた頃は、全曲が口パクだったわけではない。
最初のライブで5曲のうち1曲を覚えきれず、自宅で録った音を流したのがきっかけだった。
ほかには弾き語りも交ぜ、客席の反応を見ながら、録音を使う割合を増やしていったという。

バックバンドもDJもいない舞台で、歌うことに集中すると動きが乏しくなる。
声を録音に任せれば、表情や身体で客を引きつけられる。
ただ、本人は最初からこの方法を心から楽しんでいたわけでもなかった。
ふざけている自分への葛藤と、客が喜べばうれしいという気持ちが、しばらく並んでいたのである。

2016年のデビュー盤『BASIN TECHNO』にも、その二面性はある。
話題になった「MUSIC VIDEO」だけでなく、「エクレア」「スペツナズ」のように本人がまじめな曲と呼ぶ歌も収録した。
笑いで興味を持ってもらい、さらに別の曲へ進んでほしい。
表に出す仕掛けと、本当に聴いてほしい歌との距離を、最初から考えていた。

ネタ曲なしでも届くか――『SAITAMA』を選んだ2019年

2019年の『SAITAMA』では、得意なネタ曲を外した。
背中を押した出来事の一つは、ラジオで行った好きな曲のランキングだった。
熱心なファンが選んだ順位には、ネタ曲が入っていなかったという。
笑いを求められていると思っていた自分と、すでに別の曲を聴いていた客の間には、認識の差があったのだ。

この時期に控えていたのが、さいたまスーパーアリーナの単独公演だった。
そこで岡崎は、まだ自分を知らない人の目を引くための作品よりも、すでに知っていて、もう一歩深く聴こうとする人への作品を選ぶ。
準備していたネタ曲も、レコード会社へ聴かせる前に自分で外している。

その姿勢を具体的に示すのが「からだ」だ。
アリーナを目指し始めた2013年頃に書き、自主制作盤に入れたまま、ライブでも披露してこなかった曲だった。
岡崎は、この目標へ向かう今こそ出す時期だと考え、『SAITAMA』のために録り直したという。
当時の自分が書いた歌を、実現が近づいた自分の声で再び引き受ける。
新しい曲だけで変化を示すのではなく、寝かせていた曲を表へ出す選択もあった。

同作には「なにをやってもあかんわ」も入っている。
ネタ曲を外す決断は、すべてを重々しい歌に変えることではなかった。
後に本人は、この曲を肩肘張らずに作ったと振り返り、よく聴かれる曲になったことも語っている。
笑いの仕掛けを用意して注目を集める以外にも、曲が人へ届く道が見えていた。

一発撮りと共作で、自分の声を置く場所が変わる

2019年のアリーナ公演を終えたら、表舞台を退いて作曲家として活動する。
それが当初の構想だった。
だが、人前で歌い、拍手と声援をもらう喜びは想像以上に大きかった。
岡崎は、できる限り舞台へ立ち続けることに考えを変えた。

翌2020年の『THE FIRST TAKE FES vol.1』は、客席の反応が返ってこない一発撮りの場だった。
岡崎は、ネタ曲にはその場の温度や客の反応が大切なので、配信ライブにはあまり向いていないと感じていたという。
そこで「Yes」を選び、海外の視聴者にも言葉の冗談を越えてパフォーマンスを見せようとした。
続けて歌った「エクレア」はデビュー盤からの曲だ。
新しい場で見せたのは、以前から持っていた別の顔でもあった。

同年のビッケブランカとの「化かしHOUR NIGHT」では、録音する声への考え方にも変化が生まれる。
岡崎は自分の歌が少し高めの音程になりやすいと話し、普段の作品ではAuto-Tuneで音程をきっちり整えていた。
ダンスミュージックとして、音がぴたりとそろう仕上がりが好きだったのである。

ところがビッケブランカは、歌った声に含まれるニュアンス、とくにビブラートを気に入った。
この曲では岡崎のパートにAuto-Tuneをかけず、その揺れを目立たせたいとミックス担当へ依頼したという。
仕上げでは語尾にディレイを加え、声の余韻を響かせた。
音程を自動で整えないことと、声に一切加工をしないことは、ここでは別の話だ。

岡崎自身は、そのビブラートも何度か録った中でうまく出たもので、得意だと思っていたわけではなかった。
共作者に認められ、自分では気づけなかった声の持ち味を知ったと振り返っている。
一人なら整えていた部分を、別の人が残したいと言う。
共作は歌う曲を増やすだけでなく、自分の声の採り方を見直す機会になった。

岡崎体育が写る『FIGHT CLUB』のジャケット
岡崎体育『FIGHT CLUB』のジャケット写真 出典:ソニーミュージック

「おっさん」を歌い、「Liar」を一人で引き受ける

2021年の『FIGHT CLUB』では、笑いも再び作品の正面へ戻ってくる。
「Fight on the Web」は、ネット上で言い争う姿を題材にした曲だ。
岡崎は、いったん形にしなかったテーマをSNSで募り直し、反応の大きかった題材として取り上げたと話している。
客が何に反応するかを確かめる初期からの方法は、まだ生きていた。

一方の「おっさん」は、32歳になり、若い世代との会話で年齢を実感したことから生まれた。
自分を笑いの題材にしながらも、年長者をからかう歌にはしたくなかったという。
『SAITAMA』で一度ネタを外した経験の後には、笑いと、自分自身についての歌を同居させる作品があった。

作り手としての経験が、歌い手の自分へ跳ね返ってくることもある。
2020年にHey! Say! JUMPへ提供した「Liar」を、岡崎は2023年の『OT WORKS Ⅲ』でセルフカバーした。
もともとはメンバーが一行ずつ交代する姿を想像して書いた曲で、一人がすべて歌うための息継ぎを強く意識していなかったという。

Hey! Say! JUMPが歌う提供先の「Liar」(2020年)。

自分で歌ってみると、息継ぎがとても大変だったと岡崎は明かした。
複数人で受け渡す前提のフレーズを、一人で続けると条件が変わる。
書いた本人が歌えば簡単、とは限らなかったのである。
他者に合わせて作った歌を、自分の身体で引き受けたときに見えた課題だ。

岡崎体育による「Liar」を含む『OT WORKS Ⅲ』の全曲トレーラー(各曲の抜粋、2023年)。

一人の舞台を成立させるために録音を使っていた初期から、共演者に声の魅力を教わり、提供曲で歌い手としての難しさも知る。
制作の仕事が広がるにつれ、自分の声を使う条件も増えていた。

「サブマリン」で、自分の先にいる聴き手へ

2023年の「サブマリン」には、歌で誰に何を届けたいかという変化もある。
岡崎は30代になり、上京した生活や、番組で子どもたちと何かを作る経験を通じて、誰かへ伝えたい気持ちが増えたと話した。
20代の尖っていた自分には書けなかったと思える言葉を、この曲では使えたという。

それでも、初めから他人を励ますためだけに書いたわけではなかった。
自分の望む暮らしや幸せを歌い、完成して聴き直してから、誰かへのメッセージにもなっていたと気づいた。
音楽と過ごす幸せを、聴き手には漫画や散歩など、それぞれが好きなものへ置き換えてほしいと語っている。
自分の話を深めた先に、ほかの人が入れる場所ができたのである。

この曲は、まず2023年のアナログ盤シングルとして発表され、翌年の配信EP『Suplex』にも入った。
2023年のツアーでも、ライブ限定のネタ曲と「サブマリン」「おっさん」を同じ公演で披露している。
歌を正面から渡す曲も、笑いで客席とつながる曲も、舞台では並んでいた。

昔の歌を聴き直すと、変わらない好奇心も見える

2026年にMVが公開された「倒置法」は、デビュー前の自主制作音源をリマスターしてまとめた『盆地テクノ』の収録曲だ。
同年の新録ではない。
本人は当時、多くのジャンルを聴き、真似しながら曲を作っていたと振り返っている。
語順を入れ替えるだけで一曲を作る発想も、注目を浴びる前から持っていた。

岡崎体育の変化は、録音を使う人が生で歌う人になった、という一本の線ではたどれない。
客席を動かすには何が必要か、自分の声のどこを残すか、その言葉を誰が歌うか。
作品と相手が変わるたびに、問い直す範囲が広がってきた。
言葉と音で何かを起こしたいという好奇心は、その間も変わらず残っている。

一曲の中で発音や語順をどう仕掛けにするかは、岡崎体育の歌い方で詳しく扱っている。

シンガー人気投票。投票ページはこちら

こちらの記事もおすすめ

コメント

タイトルとURLをコピーしました