「燈」は『呪術廻戦』「懐玉・玉折」のエンディング曲として知られる。
物語には大きな痛みがあるのに、崎山蒼志はこの歌で感情をただ強くぶつける方法を選ばなかった。
本人が大切にしたのは、言葉を丁寧に歌い、サビからリズムの変わる部分まで流れを切らないこと。
その選択を知ると、静かな部分と畳みかける部分が同じ歌に入っている理由が見えてくる。
主人公になりきるのではなく、誰が語るかを考える
崎山は「燈」を書く前に原作を読み直し、夏油傑の表情や気持ちをたどった。
歌詞は作品だけの説明にはしていない。
自分の生活とも照らし合わせ、前半は自問自答するような言葉、サビでは夏油の周囲の人が彼に語りかけるような言葉として考えたという。
同時にサビは、自分自身への願いにもなっていると話している。
ここでは一曲の中で語り手の距離が動く。
前半は胸の内へ向け、サビでは相手へ、そして自分へ。
歌い方をひとつの感情で塗りつぶせば、その違いが見えにくくなる。
この構成では、役を大げさに演じ分けるより、誰に言葉を渡すかを意識すると、一つの歌として流れを捉えやすい。
2025年にも彼は、タイアップ曲には作品と自分の思いが重なる場所が必要だと説明している。
自分の歌として感じられなければ、歌うときに違和感が生まれるからだという。
「燈」では、その釣り合いを見つけるまで何度も歌詞を考えた。
作品の人物を理解することと、自分の実感で発することが、歌の中でつながっている。
強さを使いながらも、基本は丁寧に歌う
2023年の取材で崎山は、「燈」には強さを出す部分もあるが、基本的には感情をぶつけるより丁寧に歌おうとしたと述べている。
題材が悲しいから終始悲痛に叫ぶ、という選び方ではない。
作品の暗さを受け止めながら、小さな温かさも残す。
そのために声を押し出す量より、言葉がどう届くかを優先したと読める。
「丁寧」を単に弱い声と言い換えると、肝心なものが消える。
サビへ進むときには相手に届く強さも要るが、すべての語を同じ圧で歌えば、前半の問いとサビの願いの差が平らになる。
崎山は言葉と人物の関係を先に考え、その場面に合う強さを選んだのである。
言葉を弱めることと、感情をむき出しにしないことは別なのだ。

出典:ソニーミュージック
なめらかでも、語尾の輪郭まで消さない
言葉を丁寧に扱う姿勢を考えるうえでは、「嘘じゃない」の歌唱をめぐる取材も参考になる。
CINRAのインタビュアーは、Bメロの最後の「突き立てよう」が、末尾を「オー」と伸ばすのでなく「ウ」の音まで残すように聞こえる、と指摘した。
崎山は、それまで強く意識してはいなかったものの、自分の歌がつるつる流れない理由には、その発音があるのかもしれないと応じた。
つまり、すべてを丸くつなげることだけが、彼の求める歌ではない。
語尾に輪郭があれば、聞き流しそうな言葉に一度注意が戻る。
「燈」の流れのよさを考えるときも、一語ずつの手触りと、曲全体の進み方を両方見ると分かりやすい。
同じ取材で崎山は、自分らしいイントネーションや声の癖を、曲によって使い分けたいとも話した。
強く荒れる声を消したいのではなく、それも生かせるようにしたいという考えだ。
「燈」で穏やかな声を選んだことも、声の個性を薄めた結果ではなく、曲のために選んだ表現として捉えられる。
サビの後のリズムは、別の曲への急な切り替えではない
「燈」にはサビの後、歌とラップの間にあるような言葉の連なりが現れる。
崎山は編曲のNaoki Itaiとビートを相談し、サビから続けて口ずさんでいた言葉がそのリズムに合ったと説明した。
別の取材でも、サビからそこへ滑らかに入れる流れを意識したという。
ラップらしさを見せるために歌を中断したのではなく、続いていた言葉の行き先として、その部分を置いた。
本人はヒップホップを好み、いろいろな音楽を一曲に組み合わせることにも関心がある。
ただ、ここで中心にあるのはジャンルの一覧ではない。
前半の自問からサビの呼びかけへ、さらに言葉が細かく続く語りへ進んでも、誰かへ届いてほしいという歌の向きが途切れないことだ。
難しいリズムを見せるより、言葉が次の場所へ流れ込む面白さが先にある。
ラップを録る経験も、言葉を扱う選択肢を広げている。
Dos Monosの曲への客演では、まず普通に録り、韻を踏む場所だけ自分の声をもう一度重ねる方法を経験した。
歌唱を求められて参加した曲に、自分からラップを返したという。
同じ声でも、重ねる箇所を選ぶことで言葉の目立ち方を変えられる。
この客演の話からも、崎山のリズムへの関心が、曲を聴くだけにとどまらないと分かる。
声を出す、録る、重ねるという実際の制作を通じて、言葉を音楽へ乗せる方法を試している。
弦楽器と声が響き合い、強く押さずとも広がる
「燈」の温かさには、声の周囲の音も関わっている。
崎山はNaoki Itaiとの制作について、自分一人では思い浮かびにくい弦楽器と声の組み合わせを引き出してくれる、と語った。
歌を前へ押し出すだけでなく、伴奏との調和によって曲を美しくする発想だ。
また、本人が曲名に込めたのは、まぶしく照らす光より、ほどよい温かさで灯る光のイメージだった。
穏やかな歌唱と、声を受け止める弦の響きは、その明るさを考える手がかりになる。
感情の強さを声量だけで表さず、曲全体の響きへ分けて託していると読める。
ギター一本に戻しても残るもの
「燈」は後に『THE FIRST TAKE』で、アコースティックギター一本の演奏としても公開された。
公式発表はこの版を特別な一発撮りのパフォーマンスと案内している。
バンドや弦のある正式音源とは、声の周囲にある音が違う。
ギターと声のやり取りへ耳を向けると、曲の構造を確かめる入口になる。
派手な音を外した形でも、前半の問い、サビの呼びかけ、言葉のリズムが一続きであることは曲に残る。
歌う側がこの曲から学べるのは、強い声を作る方法よりも、誰へ話しかける一行なのかを先に決めることだろう。
サビを大きく歌う前に、前半で自分に問いかけていた言葉との距離を保つ。
リズムが細かくなる場面も、発音の速さを競うのではなく、直前の言葉がどこへ向かうかを追う。
その順序なら、崎山が話した「丁寧さ」と「流れ」が同じ曲の中で結びつく。
初期の「五月雨」からどのように声の選択肢を増やしたかは、崎山蒼志の歌唱変遷でたどった。
「燈」一曲に戻ると、その変化は単に穏やかになったという話では終わらない。
人物の気持ちを読み、言葉の向きを変え、異なるリズムを一つの呼びかけにつなげる。
その慎重な選択が、この歌の強さになっている。

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