タチアナ・シュマイリュク (Jinjer) の歌唱変遷|即興で生まれた歌を、練り直せるようになるまで

Download Festival 2025でのタチアナ・シュマイリュク(写真:Chelsea Savage) シンガー
Download Festival 2025でのタチアナ・シュマイリュク(写真:Chelsea Savage)

穏やかに歌っていた人が、突然、低く激しい声を響かせる。
Jinjerの「Pisces」でタチアナ・シュマイリュクを知った人には、声が切り替わる瞬間が強く残るでしょう。
けれど、その後の歩みを追うと、変わったのは声の種類だけではありません。
録音の場で歌を生むやり方から、いったん録った歌を聴き返し、曲そのものまで修正できるやり方へ。
二つの声を自在に使う人が、その声をどう曲に収めるかを変えてきた道のりです。

2017年公開のライブ・セッション。

激しい声を知る前から、歌の好みは一つではなかった

タチアナが強い衝撃を受けた歌手に、Otepのオーテップ・シャマヤがいます。
15〜16歳ごろ、あの激しい声を女性が出していると知り、自分も試したいと思ったと振り返っています。
一方、Guano Apesのサンドラ・ナシッチからは、歪んだ声と普通の歌声の両方に影響を受けました。
低く吠える声だけを目指して出発した、という説明では、この二人から受け取ったものの違いが抜け落ちます。

子供のころにはポップスに親しみ、兄の影響でロックへ進んだ彼女は、学校で歌を習った期間が短く、自分を独学の歌手と捉えています。
歌い手としての出発点には、好きな歌を自分の声で試す経験がありました。
後のJinjerで、メロディーを歌う部分と激しい声の部分が共存する背景にも、この幅のある好みを置いて考えたいところです。

『King of Everything』で、声を置く曲の形が広がった

Jinjerの曲も、初めから同じ形だったわけではありません。
ベーシストのユージンは、初期の『Inhale, Do Not Breathe』から『Cloud Factory』、2016年の『King of Everything』へ進む間に、作曲を担うメンバーが変わり、プログレッシブな要素が濃くなったと説明しています。
細かな展開を持つ曲が増えることは、タチアナにとって、どの場面を歌い、どこへ激しい声を置くかを考える土台の変化でもありました。

『King of Everything』の「I Speak Astronomy」は、その時期の彼女が特に気に入っていた曲です。
この曲と「Pisces」の間には、歌詞を作る段階でのつながりもありました。
自分と魚座について書くはずだった歌詞が「I Speak Astronomy」になり、あらためて取り組んだのが「Pisces」だったと、2026年に振り返っています。
完成した二曲を比べる前に、構想が書く途中で変わることもあったと知ると、その自由さが見えてきます。

同じアルバムの「Pisces」は、2017年のライブ・セッション映像によって、クリーンな歌声とグロウルを一人が担う対比を広く伝えました。
ユージンは、この映像への反応がこれほど大きくなるとは予想していなかったと振り返っています。
ここで大きく変わったのは、すでに曲にあった歌唱が届く範囲です。
映像が広まった年に、突然この歌い方を身につけたわけではありません。

「Judgement (& Punishment)」で、以前の経験を表へ出す

2019年の『Macro』に入った「Judgement (& Punishment)」では、レゲエの要素がはっきり表に出ました。
その下地は、Jinjerの外で経験していた歌にあります。
タチアナは以前のバンドで、レゲエやスカ、ファンクを含む曲を歌っていました。
Jinjerでも「Who Is Gonna Be the One」にレゲエの部分があり、もう一度、さらに踏み込みたいと思っていたと2019年に話しています。

つまり、この時期の広がりは、全く知らない歌い方を急に加えたものではありません。
以前から持っていた経験を、重いバンドの音の中で、もっと大きな役割として使うようになった変化です。
「Pisces」の切り替えに驚いた人が次に出会うのは、声の激しさ以外にも、彼女が曲の性格を変える手段を持っていたという事実でしょう。

2020年のMetal Hammerの取材に掲載されたタチアナ・シュマイリュク(写真:Jake Owens)
2020年のMetal Hammerの取材に掲載されたタチアナ・シュマイリュク(写真:Jake Owens)。
画像出典:画像掲載元

作品の幅が広がる一方、制作には余裕ばかりがあったわけではありません。
『Macro』の歌詞は録音の前日に書くことが多く、スタジオへ行く時点で半分しか出来ていない場合もあったと、翌年に振り返っています。
複雑な演奏と多彩な歌が完成品としてまとまっていても、その歌が最初から細部まで決まっていたとは限らなかったのです。

『Wallflowers』でも残った、マイクの前で歌を作る方法

2021年の『Wallflowers』は、バンドが以前より時間をかけて取り組めた作品です。
それでも、歌唱のすべてを事前に固めたわけではありません。
タチアナは、多くの曲で歌の組み立てをマイクの前で即興的に作り、メンバーにも助けてもらったと話しています。
時間をかけた制作にも、即興で生まれる歌が残っていました。

例外として本人が挙げたのが、「Disclosure!」と「Vortex」です。
この二曲では、メロディーや歌う内容の構想を先に用意していました。
アルバム全体を一つの方法で説明するより、曲ごとに準備の仕方が違ったと捉えるほうが、彼女の仕事に近づけます。

「Vortex」は、歌詞の最初の数行が浮かんでから完成までにも時間がかかった曲でした。
本人によれば、ロシアでの公演後の一月に書き始め、四月に仕上がったといいます。
いつも自然に着想が湧くわけではないと話す彼女にとって、先に構想を用意できた「Vortex」も、一気に書き上げた歌ではなかったのです。

『Duél』では、歌を聴き返して曲を変える時間ができた

2025年の『Duél』で、制作の順番に新しい段階が加わります。
ユージンによれば、初めて本録音前に歌を仮録音しました。
歌入りの形を聴き返し、歌詞の収まりを検討して、本人が残す部分と変える部分を選べる時間ができたのです。

以前の「Captain Clock」の終盤は最初のテイクから生まれたと、ユージンは話しています。
歌を置いた後に練り直す工程が加わった。
制作を振り返った発言から見える転機です。

『Duél』発表時のJinjer(写真:Lina Glasir)
『Duél』発表時のJinjer(写真:Lina Glasir)。
画像出典:画像掲載元

変更が曲の形にまで及んだ例が、『Duél』の「Rogue」です。
ドラマーのヴラドによれば、タチアナが激しい声だけで歌いたいと考え、クリーンで歌う予定だった部分を削りました。
歌の選択が、曲の構成を変えた例です。

一方で、演奏を作ってからタチアナが歌を用意する分担は続いています。
ギタリストのロマンは2026年、離れた国に暮らすようになっても、その基本的な役割は変わらないと話しました。
彼女が曲作りの全工程を引き受けるようになったのではありません。
メンバーが用意する演奏へ歌を加える関係を保ちながら、歌も本録音の前に検討できるようになったのです。

二つの声を持つ人から、その使い道を決める人へ

タチアナの変遷をたどると、「Pisces」で広く知られた対比の前後に、違う種類の変化が見えてきます。
レゲエなどの経験を曲へ持ち込むこと。
即興で作る歌と、あらかじめ準備した歌を使い分けること。
そして、いったん録った歌を見直す時間を持つことです。

彼女の声を支えてきたのは、激しさとメロディーの両方を手放さない好みでした。
『Duél』では、その声を本録音より前に聴き返す工程が加わりました。
一曲の中での強弱や、長く伸ばす声の扱いについては、タチアナ・シュマイリュク (Jinjer)の歌い方で詳しく取り上げています。

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