自分の声を生かすには、歌うときに気持ちを盛り上げすぎないほうがいい。
2017年、大橋トリオは一人で歌を録る理由を、そんなふうに説明していた。
ところが2026年の『A BAND』では、普段なら選ばない高さや、声を張る必要のある曲にも挑んだという。
歌いやすい場所を知っている人が、なぜその外へ出ようとしたのか。
作曲、演奏、編曲まで担う大橋にとって、自分の声は作品の形を決めるものでもあった。
その声に合わせて曲を作りながら、同じことの繰り返しでは満足できない。
長く歌われる「HONEY」の再録にも、この二つの思いが交わっている。
2007~10年――歌うつもりのなかった人が、自分の声で作品を作る
大橋トリオは、大橋好規による一人の音楽プロジェクトだ。
2007年の『PRETAPORTER』で活動を始めたが、最初から自分が歌う姿を思い描いていたわけではない。
本人によれば、事務所で少しずつ音楽の仕事をするうちに、自分も歌えると分かり、最初のアルバムを3年かけて作ったという。
誰かに歌ってもらう曲や、楽器の演奏だけでなく、自分の声も作品にする。
その試行錯誤から始まり、2009年には『A BIRD』でメジャーデビューした。
歌声の持ち味を見つけることと、曲をどう組み立てるかを探すことが、初めから結びついていたのである。
翌2010年の『NEWOLD』には「HONEY」が入った。
ギターをかき鳴らして作った曲で、当初はウッドベースを使う、もっとアコースティックな構想だったと本人は話している。
曲が生まれた時の姿と、作品として残る姿の間にも、音を選ぶ作業があった。
この曲を2026年に録り直す時にも、大橋は伴奏の組み方から考え直すことになる。
2012~14年――同じ声を出発点に、次の曲を変えたい
2012年の「東京ピエロ」では、平井堅と共演した。
後年の大橋は、二人の声の抜け方の差を聴くたびに、自分は歌い手としてどうなのかと思う、と率直に話している。
ところが平井からは、大橋の声がうらやましいと言われたという。
自分にはコンプレックスになる部分が、共演者には欲しい個性として映っていた。
2012年の公式MV(短縮版)。
2013年には、ロックを主題にした『plugged』を発表した。
リード曲の「マチルダ」は、本人も従来と違う突出した曲だったと振り返っている。
ただ、翌年の本人の説明では、アルバム全体は中くらいのテンポの曲も多く、主にサウンドをロックへ寄せたものだった。
音の作り方を変えても、自分の歌が一緒に別物になるわけではなかったのである。
2013年の公式MV(短縮版)。
2014年のベスト盤を区切りに、大橋はもっと根本から次の形を探そうとしていた。
刺激を受けたのは、ファレル・ウィリアムスの「HAPPY」のように、工夫のある音楽が広い人へ届くことだった。
しかし、自分はファレルと違ってウィスパー系の声であり、そこは変わらないとも話した。
だからこそ、声を出発点に考え抜き、実際に試すしかない。
最初の一枚を長い時間をかけて作ったように、いったん白紙へ戻すつもりで、音作りやテンポから攻める方法を考えていた。
自分の声を受け入れることと、同じ作風に落ち着くことは、大橋の中では別の問題だった。
2017~22年――力を入れすぎず、声の持ち味を安定させる
2017年、俳優の村上淳に歌いにくい自作曲を聞かれると、大橋は全部が歌いにくいと答えた。
友人がカラオケで歌うと、難しいと言われることもあるという。
自分の声のトーンや音域だからこそ表せる曲になっているのかもしれない、と本人は考えていた。
柔らかく歌う人が、必ずしも簡単な曲を書いているわけではなかった。
その対談では、歌入れを一人で行い、ミックスも自分で担当すると明かしている。
聴く人がいないと気持ちが盛り上がらないのでは、と村上に問われても、それでいいと答えた。
熱が入って力みすぎると、自分が扱える範囲を越えてしまうからだ。
歌の勢いを増やすより、声を保てる状態を選ぶことが必要だったのである。

出典:大橋トリオ公式サイト
それでも、2022年に15周年を迎えた時点で、本人は歌を安定させることを課題に挙げていた。
自分の声の持ち味を生かす方法は、他人には簡単に分からないだろう、とも話している。
一般的な声の出し方を教わっても、自分とは違う声になってしまうのではないか。
そんなためらいがあり、すでに声を評価されていることと、本人が安心して歌えることの間には距離があった。
15周年盤に収録された「HONEY」のライブ映像も、この時期に公式公開された。
長年歌ってきた曲があっても、自分の声を安定して扱う探求は終わっていなかった。
「HONEY」――WOWOW「LIVE AT MUSIC HOUSE」
2024~25年――自分に合うキーでも、曲の響きまで決まるわけではない
2025年の『MONO-POLY』は、長くライブで続けてきた一本マイクのコーナーを主題にしたアルバムだ。
大橋は会場の響きや空気があってこその演出と考え、以前は音源化に積極的ではなかった。
考えが動いたのは、2024年のツアーで歌った、踊ろうマチルダの「化け物が行く」が好評だったことからだった。
ただし、この曲を自分の声へ合わせる作業は、すんなりとは進まなかった。
原曲は大橋にはキーが高い。
声に合わせて下げると、ギターで押さえる位置と響きも変わり、欲しい低い響きとの釣り合いに最後まで悩んだという。
自作曲なら声に合わせて作れた部分を、他人の曲では、もとのよさを残しながら組み替える必要があった。
アルバムの録音では、各楽器にマイクを立て、ブースも使って一斉に演奏した。
一本マイクの映像とは、収録の方法を分けている。
ライブの姿をそのまま保存するより、作品として納得できる歌と楽器の関係を作りたかったのである。
『MONO-POLY』(2025年)収録音源。
声に合う高さ、楽器の響き、録音した時のまとまり。
それらを一緒に整える方法は、大橋トリオの歌い方で詳しく扱っている。
翌年の『A BAND』では、このように自分へ合わせてきた作り方から、少し踏み出した。
2026年『A BAND』――デモでは歌えた高さが、言葉を乗せると難しい
『A BAND』では、2013年以来、再びロックを主題にした。
今回の本人は、歌の難しさも意識して一段上げたと説明している。
普段なら使わない高さへ旋律を置き、声を張らないと歌えない曲にも取り組んだ。
ところが、言葉を付けずに「ラララ」で歌ったデモでは地声で届いても、歌詞が入ると難しくなる場合があったという。
曲の新しさを考える作り手の自分と、それを実際に歌う自分。
一人で両方を引き受ける大橋に、作ってから分かる課題が生まれた。
2013年作ではサウンドの変化が中心だったという回想に対し、今回は歌う時の負荷まで意図的に変えている。
若い世代の、言葉を詰め込んだ速いリズムにも刺激を受けていた。
これまでは声がよく響く音域と、ライブで再現できる範囲を大切にしてきたが、違う届け方も試してみたい。
ただ速く流すのではなく、言葉の意味が置き去りにならないよう歌うことにも苦労したと話している。
「Lady Cinema」の言葉遊びも、作詞家Red-Tとやりとりを重ねて詰めたものだった。
『A BAND』には、声の力を抜く方向の試みもある。
「One coin advice」では、本人が細野晴臣を思わせる、ゆるいボーカルの発想にも触れている。
高く張る曲と、ゆるさを狙う曲が、一枚の中に並んだ。
本人によれば、もともと低い声も高い裏声も出るため、使える音域自体は意外に広い。
課題は、その範囲で声を張る歌を十分に訓練してこなかったことだった。
2026年春の取材では、ツアーへ向けてボイストレーニングも考えなければ、と話している。
15周年の頃には自分の声を他人が理解できるのかとためらっていた人が、新曲を歌うための学び方にも目を向けたのである。
「HONEY」を録り直す――残したい曲にも、違う居場所を作る
アルバムの最後には「HONEY (2026)」を収めた。
大橋が選んだ理由は、8ビートのロックへ置き換えやすい自作曲だったからだ。
2010年の曲を新作の主題に合わせて録り直すことは、過去の歌を捨てずに、違う形へ進む方法でもあった。
本人によると、もともと結婚式のために書いたつもりはなかったが、そこで流したという声を多く聞くようになった。
今ではイントロだけで喜んでもらえる曲になったという。
作り手の想定を越えて聴き手の中で育った歌を、今回は自分の新しい試みに引き寄せたのである。
自分の声に合う曲を作ることは、大橋の出発点であり、作品を支える方法でもある。
けれど、その方法を知っているからこそ、少し越えた時に何が難しくなるかも分かる。
気持ちを盛り上げすぎずに録る選択も、高い旋律に挑む選択も、自分の歌を続けるために選んできたものだ。
『A BAND』には、自分の声を知ったうえで、その声でまだ試していないことへ向かう気持ちが表れている。







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