石崎ひゅーいの歌い方|「Tokyo City Lights」を半音上げ、ギターを抑えた理由

石崎ひゅーいの公式プロフィール写真 シンガー

歌い方を考えるとき、つい声だけを追いかけたくなる。
だが石崎ひゅーいが「Tokyo City Lights」を弾き語りした際に変えたのは、声の出し方の名前ではなく、曲のキーとギターの鳴らし方だった。
スタジオ音源より半音上げ、伴奏をほぼミュートする。
言葉をはっきり届けるために、歌以外の場所を動かしたのだ。
なぜ音が少ない弾き語りで、そこまで調整が必要だったのだろう。

「高く歌いたい」から半音上げたのではない

2026年のアルバム『Tokyo City Lights』の表題曲を、石崎は発売記念の配信ライブで弾き語りした。
本人への取材によると、そのキーはスタジオ音源より半音高い。
音域を披露するためではない。
楽器の数が少ない弾き語りで元のキーのまま歌うと、言葉が埋もれるように感じたため、試しに上げたという。

ここでの「埋もれる」は、伴奏がうるさすぎるという単純な話ではない。
本人の説明では、音数が減った条件で言葉をより明確に聴かせるための選択だ。
キーを変えると、同じ言葉でも声を置く高さが変わる。
声をどの高さに置くと、この編成で言葉が届くのかを確かめている。
石崎自身も弾き語り版は試行錯誤中と話している。
確立した「正解のキー」ではなく、現場で判断している一例として見るのが自然だ。

では、この曲ではどんな言葉を届けたいのか。
アルバム発売時のラジオで石崎は、上京した頃の夢と、東京で長く暮らす今の自分を見つめ直したと話した。
大人になってからの悩みや葛藤を持つ人にも、エールを送りたいという。
夢をかなえた人が正解を教えるように歌うのではなく、まだ迷っている自分も含めて相手へ語りかける。
その主題を知ると、表題曲を弾き語りでは淡々と演奏したいという本人の意向にも、言葉を受け取る余地を残す狙いが読み取れる。

スタジオ版のミュージックビデオは、2026年3月発売の作品に対応する公式映像だ。
同じ曲の弾き語りについて本人が語った判断と合わせると、歌い方を声量だけで語れない理由が見えてくる。

ギターを抑え、落ちサビで開く

石崎はこの曲を弾き語りするとき、基本的にギターをミュートして、落ちサビで開く形をとったと説明する。
ミュートとは、弦の響きを手で抑え、音を短く切る弾き方だ。
ずっと大きく鳴らす代わりに、抑えた状態を作る。
すると、開いた場所そのものだけでなく、直前との落差が曲の展開になる。

本人が強調するのは、聴かせたい一瞬の前後だ。
言葉を印象づけたいなら、その言葉の上で演奏を盛るだけではなく、そこへ至るまでをどれだけ抑えられるかを考える。
歌う人が自分でギターも弾くからこそ、声と伴奏の強さや間を同時に選べる。
どちらか一方を技巧的にしても成立するわけではなく、二つの関係を設計している。

石崎ひゅーいが写る『Tokyo City Lights』のジャケット
石崎ひゅーい『Tokyo City Lights』のジャケット写真 出典:ソニーミュージック

石崎は弾き語りを、環境や客席に影響される自由度の高い場だと話す。
2025~26年の弾き語りツアーで目指した「丁寧に届ける」は、決められた音量で毎回歌うという意味ではなく、その場で何を残し、何を引くかを選ぶ姿勢に近い。

「HERO」では、歌とギターだけになる場所を作る

同じアルバムの「HERO」にも、歌とアコースティックギターだけになる箇所がある。
石崎は、情報を削ることで言葉と感情を前へ出す役割があると説明した。
バンド全体の勢いが支える場面とは異なり、ギターと歌だけになると、言葉の輪郭や息遣いがより表に出るという。
つまり、シンプルな編成は「楽だから選ぶ」のではない。
ごまかしにくさも引き受けたうえで、聴かせたいものを絞る方法だ。

「Tokyo City Lights」は弾き語りでキーとミュートを調整し、「HERO」は曲の途中で楽器の情報量を減らす。
別の曲でも、声を前へ出すために伴奏側を操作する考えは共通している。
ただし、前者は同じ曲の演奏形態を変えた例、後者は曲の中で編成を変える例だ。
両者を同じ技法の使い回しと見ると、その違いを見落とす。

同作の「宝島」では、フレーズの終わりを際立たせるために、和音の動かし方を使っている。
本人は、旋律の終着点に合わせ、最後の部分でコードの変化を細かくすると、歌の一節が締まって聴こえると説明した。
語尾を強く張ったり長く伸ばしたりする以外にも、言葉を印象づける手段があるのだ。
声と一緒にどの和音が鳴るかまで考える姿勢は、ギターを抑える表題曲と共通している。

「手品」は録音の響きまで削った

アルバム収録曲「手品」は、映画の撮影中に生まれ、石崎が自宅で弾き語りしたボイスメモを監督へ渡したことから主題歌になった。
完成音源ではリバーブを抑え、ドライでシンプルな響きにしたと本人は語る。
リバーブは音が残るような響きで、これを減らすと歌と楽器の輪郭が隠れにくくなる。
この曲の録音でギターを弾いたのは石崎自身ではなく石成正人だ。
弾き語りのデモと完成版を同一の演奏として扱わないことも大切である。

「手品」で歌う感情の持ち主についても、本人は具体的に話している。
自身の言葉を通しているが、描いているのは映画の主人公の心情だという。
演技の現場では撮影していない時間もその人物として過ごそうとするため、物事の受け止め方が普段と変わる。
その状態から生まれた言葉や旋律だった。

したがって、この曲を近い響きで歌うことは、私生活をそのまま告白することと同じではない。
役を通して感じた優しさや正しさへの問いを、自分の歌として届ける。
録音の響きを簡素にする選択にも、何を歌っている人なのかという背景を合わせて見ると、感情の置き方が分かりやすい。

ここまでの例を「石崎ひゅーいは常に小さく歌う」とまとめるのは不正確だ。
本人は別の「白熱」について、歌は熱くてもバッキングは正確にしたほうがよい場合がある、とまだ答えを探している。
声の熱量と伴奏の熱量を必ずそろえる必要はない。
強く届けたい場面ほど、周囲を静かにする選択もある。

石崎ひゅーいの歌い方を聴くとき、どこに注目するか

「Tokyo City Lights」のキー、「HERO」の歌とギターだけの箇所、「手品」の乾いた録音は、同じ声をどう置くかという別々の判断だ。
高音が出るか、地声か裏声かだけでは説明しきれない。
声を聴くと同時に、その直前にギターが鳴っているか、言葉を出す場所で楽器が引いているかを確かめると、石崎の意図に近づける。

石崎は2026年の取材で、聴き手が考え込まなくても言葉が胸に届く歌を目指していると話した。
着席して音に集中できるホールを好む理由にも、その考えを挙げている。
ギターやキーの調整だけでなく、聴く人が歌へ没頭できる環境も、彼の届け方を支える条件になっている。

本人が試しているのは、一曲ずつの言葉と編成に合う届け方である。
石崎がデビュー以来、誰にどんな距離で歌を届けようとしてきたかは、石崎ひゅーいの歌唱変遷で時期を追っている。
現在の一曲に絞って見ると、歌い方とは声だけを変えることではなく、声が伝わる場所を作ることだと分かる。

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