パスピエの大胡田なつきは、バンドを始めたころ、自分の声が好きではなかった。
憧れていたのは、シャウトも交える男性ボーカルのバンドだったからだ。
自分の声を受け止めて歌うようになった人が、2015年の「トキノワ」では、今度は癖を出しすぎないことを選ぶ。
2017年の「あかつき」では、さらに自分の感情を歌へ入れた。
特徴的な声を持っていることと、その声で何を表すかは別の問題だ。
大胡田は自分の声との付き合い方を、曲を作るたびに考え直してきた。
その出発点から、言葉や感情、録音の方法によって声の役を広げる過程をたどりたい。
憧れの男性ボーカルと、自分の声の間で
2014年、漫画家の魚喃キリコとの対談で、大胡田は自分の声を好きになれなかった理由を明かした。
バンドを始めたころは男性ボーカルの声に憧れ、同じように歌おうと練習もしていた。
しかし、自分とは声が違いすぎて合わないと感じたという。
パスピエでの歌い方へ向かう際には、成田ハネダの説得もあった。
成田は、初めて話し声を聞いた時点で、大胡田の声に特別なものを感じていた。
本人が憧れの声との違いを意識する一方、曲を作る側は、その違いをバンドの強みとして見ていたことになる。
自分でもこの声を受け止めなければいけないと考え、大胡田は練習を重ねたと振り返っている。
対談相手の魚喃は、若いころに自分の低い声が嫌で、大胡田のような声に憧れていたという。
大胡田は逆に魚喃の声を羨ましいと話し、互いに笑い合っていた。
外から魅力と受け取られる声も、本人には初めから自信のあるものとは限らなかったのだ。
2013年の「フィーバー」は、こうして歌うようになった初期の姿をたどれる一曲である。
2014年の『幕の内ISM』でも、大胡田は自分の歌い方を一つに決めてはいなかった。
成田が以前と少し違う歌い方ではないかと問いかけると、基本は変わらないが、新しい曲に新しい歌い方を使ったと答えている。
成田自身も、どんな曲でも同じように歌うのではなく、特有の声を使って曲ごとに変わろうとする姿勢を評価していた。
歌詞を書くときにも、私生活をそのまま出す感覚ではなかった。
自分の中にあるいくつかの面から一つを選び、「パスピエの大胡田なつき」という立場で書く。
歌の中に立つ自分と、普段の自分の間に距離を置くことが、この時期の表現を支えていた。
『幕の内ISM』収録「トーキョーシティ・アンダーグラウンド」公式MV(2014年)。
2015年「トキノワ」、声を重ねるからこそ癖を抑える
2015年の「トキノワ」は、アニメ『境界のRINNE』のエンディングテーマになった。
大胡田が考えたのは、繰り返す言葉をどう印象づけるかだった。
似た旋律や反復に同じ言葉を置き、その言葉を曲のテーマとして残す。
そこで歌い方を強く変えすぎると、言葉そのものの力が薄れると考えたという。
さらに、サビではボーカルを重ねることも見越していた。
一つの声だけを目立たせるのではなく、重ねた状態で聴きやすく、何度聴いても負担にならない歌を目指す。
そのために、この曲では癖を出しすぎない歌い方を選んだ。
歌声を受け止めるところから始めた人が、今度は出来上がる曲を想像して、声の加減を決めていたのである。
同じシングルの「NEW MUSIC MACHINE」は、また違う試みになった。
CORNELIUSの原曲を聴いて、成田は大胡田が歌う姿を想像できたという。
大胡田も、それまでは一度自分の中で解釈し、ニュアンスを考えてから歌うことが多かったが、このカバーでは聴いて感じた流れに任せて歌えたと振り返る。
「トキノワ」では声を重ねたあとの聴こえ方を考え、カバーでは解釈を固めてから歌う手順を緩めた。
同じ時期の録音にも、違う準備の仕方がある。
曲に応じて自分の声を変えるという初期からの姿勢が、ここでは具体的な選択として見えてくる。

写真出典:CINRAの2017年記事
2017年「あかつき」、人間らしい自分を出す決断
2017年、四人で再出発したパスピエが発表した「あかつき」では、歌う人の立ち位置が変わった。
大胡田は、これまでバンドの中の自分として歌う感覚が強かったが、この曲では一人の生身の人間として存在する自分を意識したと説明している。
取材者が、より素に近い歌い方なのかと尋ねると、本人は逆だと答えた。
感情を言葉にして歌うことは、それまであまりしてこなかったからだ。
その変化は、歌の中だけで起きたことでもなかった。
大胡田は以前、自分のつらさや頑張りを、バンドのメンバーにさえ見せたくなかったという。
それが次第に、寝不足のような身近なことも言えるようになっていった。
人間らしさを知ってもらうことで言葉に重みが出て、自分の表現にも責任を持ちたいと感じるようになったと話している。
内面と距離を置いていた人にとって、感情を前へ出すことは新しい表現の選択だった。
力を抜いて普段の自分に戻れば歌えた、という話にはならない。
「あかつき」では、それまで見せずにいた一面を、あえて歌の中に置いたのである。
一方、同じ『OTONARIさん』に入る「(dis)communication」では、意味よりも音に合う言葉を優先した。
大胡田は、メロディーの面白さを際立たせたかったと説明している。
自分で条件を決め、その限られた中で工夫することが好きだとも話していた。
感情を表す「あかつき」と、言葉を音として選ぶ曲は、同じ作品の中に並んでいる。
以前の表現も、もともと自分の中にあったものを出してきたのであり、それを好む人を置き去りにする気はないという。
一つの歌い方から次へ乗り換えるというより、歌に使える自分の面を増やした時期だった。

写真出典:MEETIAの2017年取材
2020年、家で何度も聴かれる歌を考える
2020年の『synonym』では、音楽を作る環境も、届ける場所も変わった。
リハーサルやライブが当たり前にできなくなり、大胡田は周囲の変化についていくことに必死だったと振り返る。
それまでとは違う条件で、パスピエを更新する機会になったとも捉えていた。
リモートで制作を進める中、作詞ではバンドの音圧より、メロディーの動きや美しさへ目が向いた。
歌うときには、家で何周も聴く人が増えることを想像したという。
繰り返し聴いても疲れず、旋律と歌詞の物語が入ってくるように歌いたい。
聴かれる場面を具体的に考えたことが、声の届け方につながっている。
「トキノワ」で考えた聴きやすさが、ここでは家で聴き通すアルバムの歌い方へ広がっている。
『synonym』収録の「Q.」も、その時期の歌唱を確かめられる一曲だ。
2022年、昔の歌い方も、その場で生まれる間も使う
2022年の『ukabubaku』で、大胡田は「浮遊層」に昔の歌い方を使ったと話している。
本人は大きな挑戦というより、かつての方法を思い出してみたという言い方をした。
初期の歌い方を卒業して先へ進むだけではなく、必要な曲で呼び戻せるものとして持っていたのである。
同じ作品の「ニュータウン」では、声の表情を作る録音の方法を変えた。
成田のピアノと歌を一緒に録り、一定のテンポを示すクリック音も使わず、ライブに近い感覚で歌ったという。
曲の前半と後半がピアノと歌だけになるため、より自由に演奏できると成田が考えた方法だった。
大胡田は、成田をちらりと見ながら歌い、どちらかが間違えればやり直したと振り返る。
録音したのは四回ほどだったという。
二人で進むタイミングを共有し、一緒に作る演奏として歌を残す。
ここでは声の出し方を変えることに加え、相手とどう録るかも表現の一部になっている。
「かはたれ時に」では、入り組んだ拍子が歌の前に立ちはだかるようにも見える。
しかし大胡田は、歌うときに拍で区切ることは考えず、自然に音へ乗ると話した。
成田によれば、もとの鼻歌を四拍子へ直すと曲の良さが失われるため、歌の長さを保ったままリズムを作ったという。
自然に生まれた歌の流れが先にあり、それを形にした結果が複雑な拍子だったのだ。
歌い方を一つに決めず、曲のたびに選び直す
結成15周年を記念する『あちゃらか』『カリギュラ』について語った2025年の取材でも、大胡田は歌い方を意識的に変えると話している。
楽器が曲によって音や弾き方を変えるように、歌声も変わってよい。
絶対にこれが自分の歌い方だとは決めず、曲ごとの表現を考えるという姿勢だ。
制作中には成田から歌の方向について提案が入り、意見がぶつかることもあると明かしていた。
初期に成田から促された声を、大胡田は自分でも受け止め、練習して歌にした。
その先で、言葉を残すために抑え、感情を表へ出し、昔の方法にも戻り、ピアノと一緒に録ることも選んだ。
独特の声をどう守るかにとどまらず、その声を曲の中で何に使うかを考え続けてきた歩みである。
一曲の中で声や言葉をどう選ぶかは、大胡田なつきの歌い方で詳しく扱う。

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