田村ゆかりの歌唱変遷|『Altoemion』の冒険と、『カメリア』で選んだ低い声

2023年『Altoemion』取材時の田村ゆかり(音楽ナタリー) シンガー
2023年『Altoemion』取材時の田村ゆかり(音楽ナタリー)

「ライブを意識しない作品を1枚作ってみよう」。
2023年の『Altoemion』を始めるとき、田村ゆかりはそんな方針を作り手に伝えました。
それまで曲を選ぶ際に大切にしていたのは、ステージで歌う自分の姿を思い描けるかどうかです。
その条件を外したら、自分の声はどんな曲に出会うのか。

届いた曲の中には、最初はよく理解できず、試しに歌ってから相性のよさに気づいたものもありました。
一方で、言葉遊びを生かすためにキーを上げ、かわいらしく歌った曲もあります。
そして2026年の『カメリア』では、逆に低い声の成分を使いたいと考えました。
作家との出会いと録音での試行錯誤を通じ、曲選びと声の選び方がどう広がったのか。
2020年以降の制作をたどります。

2020年、仮歌の声よりも、自分が歌う姿を思い描く

2020年のアルバム『Candy tuft』に収められた『Bad eclipse』は、田村が歌っていて楽しかったと話す曲です。
デモには、ハスキーで力強い仮歌が入っていました。
周囲には田村のイメージと違うと感じる人もいたものの、本人には、ステージで歌っている自分の姿が想像できたといいます。

田村は、このイメージを曲選びの基準にしていました。
曲調が好きでも、自分が歌う姿を思い描けなければ選ばない。
反対に、デモの歌手が違う声で歌っていても、ライブまで想像できれば取り組める。
仮歌と同じ声になることを、選曲の条件にはしていなかったのです。

ただし、ライブを考えることは、客席がいつもと同じように盛り上がる曲を求めることでもありませんでした。
同作に参加したRAM RIDERには、客席の反応を気にせず作ってほしいと伝えています。
ライブを見た作家が声援の入りやすさに寄せすぎると、その人ならではのよさが薄れてしまう。
田村は、歌う場面を想像しながらも、作家の持ち味を残そうとしていました。

2021年、歌える曲を選びながら、録音だけの可能性も考えた

翌2021年の『あいことば。』には、コロナ禍のライブをどう作るかという迷いもありました。
観客が声を出せない中では、一緒に歌う場面を思い浮かべても、そのまま曲を選べません。
手拍子など、その状況で楽しめる反応を考えることが、収録曲の選び方にも関わっていたそうです。

『Pink Pygmalion』の話では、電子音を使った曲への好みと、実際に歌う難しさが語られています。
コンペには、かっこよくても音の高低の幅が広すぎて歌えない曲が届くことがあった。
その中で渡辺泰司の曲には、歌がきちんと中心に残る印象があったといいます。
好みの音楽へ近づくときにも、歌として成り立つ形を探していたのです。

では、ライブで表現できない曲は作らないのか。
この取材で田村は、アルバムを作り終えた今なら、ライブでは歌わず、音源として作り込む曲があってもよいかもしれないと答えています。
せっかく作るならステージでも歌いたい気持ちは残る。
その二つの思いが並んでいたことは、後の『Altoemion』を考えるうえで大切です。

同じアルバムで、サクマリョウと川島亮祐の二人が初めて田村の作品に参加しました。
コンペで先に選んだのは『Tremolo Mellow』。
次に気になった『ケセラセラ』も同じ二人の作品だと知り、存在を意識するようになります。
さらに、こちらから依頼して『花火』を作ってもらいました。

田村が気に入ったのは、メロディだけでなく、歌い手でもある川島の言葉選びや、曲と詞の繊細さでした。
当初は『花火』を一曲目にする案もあったものの、三曲を離すのが惜しくなり、終盤へまとめたといいます。
自分の好みによく合う作り手との出会いが、続く共同制作につながりました。

2021年『あいことば。』発表時の田村ゆかり(音楽ナタリー)
2021年『あいことば。』発表時の田村ゆかり(音楽ナタリー)。
画像出典:写真掲載元

2023年、『Altoemion』では、まず歌ってから相性を知る

2023年11月の『Altoemion』は、全六曲をサクマと川島が手がけたEPです。
田村は、ライブやファンの好み、アルバム全体のバランスをいったん離れ、自分の好きな音楽だけを作ったらどうなるかを試したかったといいます。
2021年に考えていた、録音作品ならではの可能性を、ここでは制作方針としてはっきり示しました。

サクマは、三人でバンドを組むような気持ちで取り組んだそうです。
川島にも、世間に知られた田村ゆかりのイメージを崩すつもりで書いてほしいという依頼がありました。
田村自身、名前から連想されるかわいらしい曲を作ってもらっても、自分の希望とは少し違うことがあったと話しています。
作家の自由が、自分の歌いたいものを見つける余地にもなっていました。

『ワームホール・バスストップ』は、最初にはよく理解できなかった曲です。
それでも、自分に合うと思って作ってくれたのならと、プリプロで試しに歌ってみた。
すると意外に合うかもしれないと思えたので、正式に進めてもらうことにしました。

その後も曲は変わります。
サクマは、届いた歌詞の宇宙的なイメージと日常の場面に合わせ、伴奏を組み直していました。
田村は仕上げの段階で、歌詞と編曲のどちらが先だったのかを尋ね、互いに影響して育った曲だと知ったそうです。
完成した曲を受け取って歌うだけでなく、途中で歌ってみることが、制作を先へ進める判断になっていました。

本人が川島の仮歌のようにならないと悔しがる一方、サクマは、田村の声があるから大胆な曲でも田村の作品として成立すると考えていました。

『null』では、言葉遊びに合うかわいらしさを選ぶ

同じEPの最後に置かれた『null』では、違う選択をしています。
言葉のつながりや区切り方で意味が変わる、日本語の面白さを使った曲です。
田村は、録音の際にキーを上げ、ほかの収録曲よりも少しかわいらしく歌ったと話しています。

元はもう少し暗い印象で、そのほうがかっこいいという意見もありました。
けれど田村は、歌詞の言葉遊びを面白いと感じ、かわいい方向へ持っていきたかった。
慣れ親しんだ声の表情も、新しい曲に合うと思えば使います。
既存のイメージから自由に作ることは、かわいらしさを禁じることではなかったのです。

本人によると、二人の曲がすんなり歌えるのは、旋律の難しさより、好みが合うからでした。
デモを聴いてもなかなか覚えられない曲がある一方、この二人の曲は自然に入ってくる。
楽しく歌っているうちに録音が早く終わり、もう終わったのかと驚いたこともあったそうです。
曲の構成が複雑であることと、本人にとって歌いづらいことは、必ずしも重なっていませんでした。

2024年、短い言葉にも自分の歌い方を持つ

2024年5月の『I love it♡』には、『あれもこれもFlexibility』が収められています。
田村が、言葉の詰まった曲をやってみたいと選んだ一曲です。
取材では、「内緒」という短い言葉がセリフと歌の中間のように聞こえることについて、細かな指示があったのかを尋ねられています。

本人の答えは、基本的に任せてもらっている、というものでした。
何回か録り、ディレクターがよいと判断したら次へ進む。
長く歌ってきた分、自分の曲には自分なりの歌いたい形があり、それと違う指示には納得できない気持ちになることもあるそうです。
短い言葉の表情にも、歌い手の判断がありました。

『Altoemion』の後も、ライブへの思いがなくなったわけではありません。
この2024年の取材では、作詞家から想像と違う言葉が届いても、ライブで歌って初めてよさが分かることが多いとも話しています。
録音で自由に試すことと、ステージで発見すること。
田村は、その両方を歌に持ち込んでいました。

2024年『I love it♡』取材時の田村ゆかり(音楽ナタリー)
2024年『I love it♡』取材時の田村ゆかり(音楽ナタリー)。
画像出典:写真掲載元

2026年、『カメリア』では低い声を曲に合わせる

2026年1月発売の『カメリア』は、TVアニメ『エリスの聖杯』のエンディング曲です。
この曲では、普段と違って選曲や楽曲の方向をディレクターと作家に任せました。
作詞の川島、作曲・編曲のサクマは、すでに何曲も一緒に作ってきた二人です。

ただ、歌う声については、自分で加減を探しています。
川島の仮歌を気に入っても、自分が歌えば同じ印象にはならない。
そこで田村は、作り手が想定したキーから下げ、自分の声の低い成分が出るほうが曲に合うと考えました。
高いキーでも声は出せるけれど、今回は下げたい。
プリプロで何度か試し、曲に合うところを選んだといいます。

『null』では、言葉遊びをかわいく届けるために上げる。
『カメリア』では、曲に合う低い声を生かすために下げる。
年を重ねて一方向に低音へ移ったのではなく、作品ごとに使いたい声を選んだ、逆向きの二つの判断でした。

『Bad eclipse』では、デモを聴いてステージに立つ自分を思い描けました。
『ワームホール・バスストップ』では、先に歌ってみてから、自分との相性に気づきました。
そして『カメリア』では、曲選びを任せたうえで、自分の声に合う高さを探した。
田村ゆかりの変遷は、声の印象を一つに変える物語というより、自分と曲が出会う方法を増やしてきた過程として見えてきます。

キーの上下や、セリフに近い言葉、コーラスの重ね方については、田村ゆかりの歌い方で曲ごとに説明しています。

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