オリヴィア・ディーンには、泣きながら客席に背を向けて歌った初舞台の思い出がある。
その後、大観衆の前で歌う経験を重ね、自分の声をどんな距離で聴かせたいかを考えるようになった。
本人の言葉から、歌声を届けることへの向き合い方をたどりたい。
泣きながら、客席に背を向けて歌った
Numéroの取材で、ディーンは、かつて自分が人見知りだったと振り返っている。
歌手になりたいと母親に話すと、そんなに内気なのに、と驚かれたという。
歌のレッスンを受け、ミュージカルとも出会ったが、初めての舞台では泣きすぎて、客席に背を向けて歌わなければならなかった。
長い間、自分の曲よりも、ほかの人の物語を歌うほうが好きだったとも話している。
歌いたい思いがあっても、自分を前に出すことは簡単ではなかった。
バックシンガーとして、大観衆の前で学ぶ
学校を卒業した後には、ルディメンタルのバックシンガーとしてツアーに参加した。
2025年のRolling Stone UKの取材では、大観衆の前で歌いながらも、自分が主役ではないため、重圧を感じずに学べたと振り返っている。
大勢の人がいる舞台の空気を、歌いながら受け止めていく。
バックシンガーという立場が、その経験を積む場にもなっていた。

撮影:Grace Bristo
画像出典:Notion
2020年、自分の声を自分で録る
2020年のNotionの取材では、ボーカルを録音する方法を学び、「Baby Come Home」の歌の一部を、自宅のリビングで録ったと話している。
歌うことから録音まで、自分で引き受ける範囲が広がった。
オリヴィア・ディーン「Baby Come Home」(2020年)のMV。
『Messy』では、自分の声を前面に出したかった
2023年のデビュー・アルバム『Messy』では、声をどう聴かせるかという意図も明確になる。
Hypebaeの取材でディーンは、マック・ミラーの作品を聴き、声が耳元にあるように前面に出ているところにひかれたと話している。
自分のボーカルも、そのように前面に置きたかったという。
「Touching Toes」で、親密な歌を分かち合う
2024年11月にリリースした「Touching Toes」は、その親密さを考える手がかりになる。
オリヴィア・ディーン「Touching Toes」(2024年)の公式音源。
RUSSHの取材では、マネージャーにもらったギターで書いた曲で、自分の弱さを見せるように感じ、しばらく手元で温めていたと語っている。
人に聴かせず、自分だけの曲にしてもいいのでは、と考えたこともあったそうだ。
それでも、この曲の近くに感じられる雰囲気や、親密さを気に入っていた。
曲を共有することは、聴いてくれる人のそばにいるような表現を届けることでもあった。
自分の場所を作り、歌の距離を選ぶ
『Messy』の次の作品に向かうとき、制作への重圧もあった。
2025年のRolling Stone UKでは、それまで他人のスタジオに入り、自分を認めてもらおうとしていたと話している。
そこで『The Art of Loving』の制作では、東ロンドンの家をスタジオに変え、暮らしながら音楽を作った。
自分の声を置く前に、自分が落ち着いて創作できる場所を整えたのである。

画像出典:画像掲載元
そのアルバムの「Loud」については、同年のNPRの取材で、歌い直さなかった経緯を明かしている。
ギターと弦に、一つのボーカルを合わせた曲で、声をさらすような感覚が強かったという。
最初に録ったテイクがあり、あまりに感情が強いため、その後は歌い直さなかったと話した。
オリヴィア・ディーン「Loud」(2025年)の公式リリックビデオ。
この曲でさらすのは、誰かに思いを受け入れてもらえず、傷ついた自分でもある。
本人は、共有するのが楽しいことではないとしながらも、そうした弱さにひかれると説明している。
歌い直すことが難しいほどの感情も、聴き手に渡す歌の一部として残った。
その時の歌を選ぶところにも、聴き手との近さがある。
初舞台で自分を前に出せなかった経験から、自宅で声を録り、前面に聴かせる音像を求め、個人的な歌を分かち合うようになるまで。
その歩みは、いつも大胆に歌えるようになったという一本の線ではない。
歌う場所、録る場所、残すテイクを選びながら、自分の気持ちが届く距離を探っている。
録音とライブでの声の表現は、オリヴィア・ディーンの歌い方でも見ていきたい。

こちらの記事もおすすめ

本人の言葉から、ライブの力強さや本番前の準備にも触れます。

初期の取材と「From The Start」の制作の話でたどります。

本人の言葉と録音時の選択から、声の使い道を広げる歩みをたどります。



コメント