イルカの歌は、優しい声の印象だけでは説明しきれません。
「なごり雪」の少しハスキーな声も、「Follow Me」の力強い高音も、言葉を届ける歌唱の中にあります。
さらに本人は、録音の一部を差し替えたとき、呼吸のつながりが変わることを気にしています。
声の質感、高音へ移るところ、語尾の響かせ方。
曲ごとの違いと、一曲を通して歌う本人の感覚を重ねると、イルカの歌い方が見えてきます。
「Follow Me」シングル版(1981年)
「なごり雪」のハスキーな声と、言葉の明瞭さ
「なごり雪」の声は、作編曲家の批評でも、少しハスキーで、優しく力強い歌声として評価されています。
同時に取り上げられているのが、言葉がすっと伝わり、情景が浮かぶという点です。
「なごり雪」シングル版(1975年)
やわらかく聞こえることと、言葉がぼやけることは、同じではありません。
イルカの声では、少しかすれた質感と、歌詞が明瞭に届くことが一緒に評価されているのです。
この曲をカバーした丸本莉子も、イルカの歌い方を聴き直して刺激を受けた一人です。
路上ライブで何度も歌っていた曲なのに、録音を改めて聴くと、自分の覚えていた節回しや歌い方とは違っていたと話しています。
声だけでこれほど表現できるのか、と驚いたそうです。
よく知っているメロディーでも、どの言葉を伸ばすか、次の音へどうつなぐかで、受け取る表情は変わります。
「なごり雪」を聴く際も、覚えている旋律をなぞるだけでなく、イルカが一つの言葉を歌い終えるまでに耳を向けると、歌の細やかさを楽しめます。
母音と子音を、言葉として届ける
言葉の明瞭さは、本人が歌い続ける中で確かめてきたことでもあります。
イルカは50代に声が出ない時期を経験し、本番で母音と子音を明確にし、呼吸を深くすることを意識したと振り返っています。
そのとき声が出た経験を通じ、言葉を伝えることが自分の歌なのだと捉え直しました。
ここで注目したいのは、ただ声を大きくしようとしたという話ではなく、言葉の音を一つずつ意識したという点です。
日本語を歌うとき、母音は伸ばす音として残り、子音は言葉を聞き分ける手がかりになります。
イルカ本人の体験からは、声の響きと発音の両方を大切にして歌う姿が見えてきます。
「なごり雪」の声を評する際に挙がる、優しさと伝わりやすさ。
その二つを合わせて聴くと、柔らかく歌うことと、言葉を明確にすることが両立するのだと分かります。
「Follow Me」は、低い声から高い声へ動くところが印象に残る
1981年の「Follow Me」には、シャウト気味の歌い方があります。
この曲を聴いた人の記録では、サビで旋律が低くなったあと、高い声へ跳ぶところに驚いたと語られています。
別の聴き手も、サビの繰り返しで一気に高音になるところや、高い声の抜けのよさを魅力として挙げています。
低いところでも声に物足りなさがない、という評価と、高音の抜けがよいという評価が、同じ歌声に向けられているのも興味深い点です。
高い音が出ることだけでなく、低い声から高い声へ移ったときの勢いが、聴き手の記憶に残っています。
「なごり雪」の穏やかな印象に、こうした声の動きも加えると、イルカの歌唱の幅が分かります。
本人も55周年のツアーについて語る中で、生楽器の素朴な響きに加え、1980年代の力のあるバンドサウンドも取り上げたいと話しています。
しっとり聴かせる曲と、厚い伴奏で盛り上がる曲の両方を大切にしているのです。
「Follow Me」で目立つ高音の勢いも、そうしたイルカの多彩な音楽の一面として聴くと、特別な例外には感じられなくなります。

画像出典:写真掲載元
「うた の こども」の語尾には、響きとビブラートがある
2022年の「うた の こども」では、語尾の響きやビブラートが、歌唱の特徴として指摘されています。
イルカ本人は、意識的に歌い方を切り替えるのではなく、イントロが鳴ると、その音の中へ自然に入っていくと説明しました。
「うた の こども」アルバム『うた の こども』収録音源(2022年)
「Follow Me」では高音へ上がる勢いが印象に残り、「うた の こども」では語尾の響きが取り上げられる。
同じ歌手の声でも、耳を引くところは曲によって違います。
柔らかい声、力強い声と大きく分けるだけでなく、声が動く瞬間や、言葉の終わり方まで見ると、違いを具体的に捉えられます。
録音を差し替えると、呼吸のつながりまで変わる
イルカによれば、歌の録音はおおむね三、四回ほど行います。
録ったものを聴き、自分のイメージと違うと感じれば、もう一度歌って比べるという進め方です。
声の質も微妙に変わるため、そのときの歌を聴いて選んでいます。
録音では、別のテイクから一部分を差し替えると、イルカはすぐに気づくといいます。
呼吸のつながりが変わり、違うと感じれば、そこをまとめて歌い直すこともあります。
一音だけを取り出せばよく聞こえても、その前後とつないだときに、本人の歌った感覚と合わなくなる。
この話からは、一曲の流れの中で息と言葉をつなげている、イルカの感覚が伝わってきます。
歌い方を先に決めず、その日の演奏に入る
「なごり雪」のように長く歌っている曲でも、イルカは、その日にどう歌うかを細かい段取りとして決めてはいないそうです。
2026年の取材では、イントロが鳴ったらその音に乗って歌うと説明しています。
歌い方を変えようと意識するのではなく、日によって変わるのも自然なことだと受け止めていました。
本人は、コンサートはその日の朝から始まっているという言い方もしています。
起きたときの気分や身体の調子も、その日の歌に関わると考えているのです。
伴奏者が歌に合わせるだけでなく、イルカ自身も演奏を聴いています。
さらに客席の反応によっても歌は変わるといいます。
同じ曲の同じ歌詞でも、目の前の楽器や人と交わすものは毎回違うのです。
この話を、録音の呼吸のつながりへのこだわりと重ねると、一つひとつの音を切り離して考えない姿勢が伝わってきます。
直前にどう歌ったか、伴奏がどう響いたかが、その先の言葉につながる。
高音やビブラートだけを取り出すのに加え、一曲が進む中で声がどう動くかを聴くと、イルカの歌の生き生きとしたところに近づけます。
声の質感と、一曲を歌い進める呼吸
「なごり雪」の言葉の届き方、「Follow Me」の高い声への勢い、「うた の こども」の語尾の響き。
曲ごとの違いに加え、録音時の本人の言葉からは、呼吸のつながりも歌唱の大切な部分だと分かります。
声の質感と、その声で一曲をどう歌い進めるか。
その二つを合わせて見ると、イルカの歌い方を具体的に捉えられます。
声が出ない時期に発音と呼吸を見つめ直した歩みは、イルカの歌唱変遷で取り上げています。







コメント