松本伊代の歌い方・発声|低い声と、仮歌から受け継いだ鼻にかける歌い方

2025年9月公開のインタビューで撮影された松本伊代 シンガー
2025年9月公開のインタビューで撮影された松本伊代

松本伊代の歌声には、低めの声を生かす曲作りと、本人が覚えてきた節回しの両方が関わっています。
『センチメンタル・ジャーニー』の鼻にかけた歌い方は、仮歌を歌った飯田久彦をまねたものだと本人は話しています。
特徴的な声の響きが、最初から本人だけで考えられたわけではなかったのです。
声に合う音域と、歌い方を覚えた経緯から、その個性を見ていきます。

低めの声に合わせて作られた『センチメンタル・ジャーニー』

松本伊代は、2025年のインタビューで、自分はもともと声が低く、『センチメンタル・ジャーニー』をはじめ、高めに作られていない曲が多いと話しています。
本人の声に合わせた曲が、長く歌い続けられる理由の一つになっていると考えているのです。
同じ取材では、年を重ねても声が出るように、ボイストレーニングを続けているとも語っています。

『センチメンタル・ジャーニー』の制作時には、筒美京平のピアノに合わせて本人が歌い、声や音域を確かめてもらったという回想もあります。
曲に声を無理に当てはめるだけでなく、その声が歌える範囲を確認しながら作られたと本人は受け止めています。
声の低さは、曲を作る段階から生かそうとされていた個性でした。

2021年のインタビューで撮影された松本伊代(撮影:高野広美)
2021年のインタビューで撮影された松本伊代(撮影:高野広美)。
画像出典:写真掲載元

松本は、編曲家の船山基紀も、この声を生かしたキーにしてくれたり、カバーをどう編曲して歌うか提案してくれたりすると話しています。
自分の声の持ち味と、曲の音域や伴奏を合わせていく。
そうした制作担当者との関係も、松本伊代の歌い方を支えています。

鼻にかける歌い方と節回しは、飯田久彦の仮歌から

声に合う曲を得たうえで、歌い方そのものを覚える手掛かりになったのが仮歌でした。
2021年のインタビューで、本人は、初期の仮歌の多くを担当ディレクターの飯田久彦が歌っていたと明かしています。
『センチメンタル・ジャーニー』の節回しや鼻にかけた歌い方も、飯田のまねだったそうです。

本人は、その説明の中で、タイトルを歌う部分を例に挙げています。
『ジャーニー』を単に言葉として言い切ることと、メロディに合わせて節をつけて歌うことには違いがあります。
ここで聴きたいのは、声の低さだけでなく、言葉が旋律になるときの運び方と声の響きです。

2025年9月公開のインタビューで撮影された松本伊代
2025年9月公開のインタビューで撮影された松本伊代。
画像出典:写真掲載元

鼻にかけるという本人の説明から分かるのは、響かせ方も含めて仮歌を覚えた、ということです。
生まれ持った声の特徴と、歌を覚える過程で取り入れた歌い方が重なっています。
松本伊代らしさを声質だけで説明すると、この覚えてきた歌い方を見落としてしまいます。

2021年の歌い直しでも、本人は飯田の歌唱指導を思い出したと話しています。
長く歌ってきた曲の個性には、作曲家が声に合わせて作ったメロディと、ディレクターから受け取った歌い方が、今も関わっているのです。

『ラブ・ミー・テンダー』『ビリーヴ』には、高い音が続く難しさもある

声に合わせた曲が多くても、すべてが同じ歌いやすさだったわけではありません。
本人が2021年に具体的に挙げたのは、『ラブ・ミー・テンダー』と『ビリーヴ』です。
高音が続くところは初めは大変だったものの、練習するうちに高い声も出せるようになっていったと話しています。

低い声が個性であることと、高い音を使わないことは、同じではありません。
本人の話では、自分に合う曲の中にも負担を感じる部分があり、その曲を歌うために取り組んでいました。
二曲を聴くときは、曲全体の明るい印象だけでなく、本人が難しさを挙げた、高い音が続く部分に注目すると、その話と結びつきます。

声を保つ取り組みについて、2024年の取材では、発声練習に通い、自宅でも声を出すことがあると話しています。
声に合う曲を持ちながら、その歌を歌い続けるための練習にも取り組んでいます。

『真夏の出来事』で探した、物まねにならない歌い方

自分の声に合わせて作られた歌と、ほかの歌手のために作られた歌では、取り組み方も変わります。
『トレジャー・ヴォイス』の制作時、松本はカバー曲の難しさを、原曲を歌う人の個性の強さと結びつけて話していました。
歌い方をなぞれば物まねに近づき、そこから離れて歌うと物足りなく感じてしまったのです。

特に悩んだのが、平山みきの『真夏の出来事』でした。
そこで船山がテンポを上げると、松本自身の歌い方に近づいた感覚があったといいます。
原曲の声色を再現する方法だけでなく、言葉を運ぶ速さを変えることで、自分の声が収まる場所を探した例です。

この話からは、鼻にかけた声という特徴だけでは説明できない部分が見えてきます。
同じ歌詞と旋律でも、伴奏の進み方が変われば、歌い手が感じる歌いやすさも変わる。
声を別人のように作り替える前に、編曲との組み合わせで持ち味を引き出せるのです。

この制作では、船山が編曲の途中段階も聴かせていました。
松本は、完成までの過程を体験できたのは初めてだったと振り返っています。
出来上がった伴奏に歌を乗せるだけでなく、伴奏が自分の歌に近づいていく様子を知れたことも、このカバーを考えるうえで大切です。

少人数の伴奏で見えてくる、低い声と歌の難しさ

2025年のカバー中心の公演『Adagio』では、ギターとキーボードを中心にした二人の演奏で歌いました。
この公演を企画した船山は、『くれないホテル』の録音を通じて感じた魅力として、松本のアルトの声と、それを扱う技量を挙げています。
低い声そのものに加え、その声で曲を表現する力も評価しているのです。

ただし、柔らかな伴奏で落ち着いて聴こえる歌が、本人にとって容易とは限りません。
公演で歌った『悲しくてやりきれない』については、難しいため近年は歌うのを避けていたと明かしていました。
ゆったりした歌では、言葉を伸ばしている間も表情を保ち、次の言葉へつなぐ時間があります。
高い音が続く曲とは違うところに、歌を聴かせる課題が生まれます。

また、『黄昏のビギン』に初めて取り組む際は、ちあきなおみの歌を聴いて練習したといいます。
ほかの人の歌を参考にすることは、必ずしもその声のまねをすることではありません。
曲の進み方を覚えることと、自分の声でどう歌うかを決めることは、別々に考えられます。
デビュー曲では仮歌から節回しを受け取り、カバーでは原曲を学びながら自分の歌を探す。
その両方の経験が、松本伊代の歌い方につながっています。

松本伊代の歌には、低い声に合わせた音域、仮歌から覚えた鼻にかける歌い方、そして曲の難しい部分に取り組んできた経験があります。
曲と声が合うように作られたことも、覚えた歌い方を使い続けてきたことも、その個性を考える手掛かりになります。
同じ曲を年月とともにどう歌い直したかは、松本伊代の歌唱変遷でたどっています。

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