藤本美貴の歌を知る手がかりは、声の艶と、曲に応じて変わる表情です。
リズムのある曲で感じる勢いだけでなく、歌謡曲やバラードをじっくり届ける歌も、その魅力に含まれています。
制作関係者の言葉と、具体的な公演での歌唱評から、その声の使い方を見ていきましょう。
演歌をまねた経験と、声に合う歌を探すこと
藤本は2022年の文化放送『くにまる食堂』で、子供の頃は祖母と一緒に演歌を聴き、自分でも歌っていたと話しました。
好きだったのは『大阪すずめ』で、節回しをまねしながら歌っていたそうです。
ただ、本人はこの曲について、いかにも演歌らしいこぶしが比較的少なく、歌いやすかったとも説明しています。
この話から、藤本の歌をすべて演歌の技術で説明することはできません。
むしろ、声を揺らす技巧だけでなく、自分が歌いやすい旋律に親しんできたという背景が見えます。
後に『置き手紙』で評価される艶も、大きなこぶしがあるかどうかとは別の、声そのものが持つ表情として考えられるでしょう。
艶のある声が、恋の歌を自分の表情にする
『置き手紙』は、藤本美貴と堀内孝雄が同じ日に、それぞれの歌で発売した曲です。
同じ詞と旋律で、去った恋人を思う女性をどう歌うか。
作曲者の杉本眞人は、堀内には人生の深みを、藤本には等身大の人物としてのよさを感じていました。
藤本の声質は、杉本が予想していた以上のものだったといいます。
発売時の評が対比したのは、藤本が20代の恋の切なさを現在のこととして歌うのに対し、堀内は過去の恋を懐かしむように歌う、という距離の違いでした。
堀内の声を音へそっと乗せる丁寧さに対して、藤本の声の艶は、今その別れの中にいる人物を印象づける。
同じ曲を聴き比べることで、声の個性が物語の時間まで変えて聴かせるという面白さがあります。
聴き比べる際には、どちらが強く声を出しているかだけでなく、歌い手と歌詞の人物の距離に注目するとよいでしょう。
別れを振り返る語りとして聴こえるか、今まさに思いを抱える人の声として聴こえるか。
杉本のいう等身大のよさは、藤本が年上の歌手の貫禄をなぞるのでなく、その声で一人の人物を感じさせるところにあります。
『ブギートレイン'03』は、録音の中で味が増す歌
『ブギートレイン’03』の録音を、つんく♂は、粘れば粘るほど良いテイクが取れた仕事として振り返っています。
同じ対談で語っているのは、複雑な曲をさらりと仕上げる歌手もいれば、録音を重ねる中で歌の味が増していく歌手もいる、という違いです。
藤本は後者として挙げられています。
完成形へ正確に近づくだけでなく、何度も歌う中で作り手が残したくなる表情が出てくる歌手だったのです。
BARKSがこの曲の魅力として挙げたのは、ファンクを感じさせる歌い方でした。
『置き手紙』の艶を生かす歌とは、違う曲の表情が評価されています。
つんく♂は藤本本人との対談でも、同じような短調の曲を渡しても、松浦亜弥が歌う時とは別の作品になる面白さを語りました。
歌い手の個性は、曲が明るいか暗いかという分類だけでは決まりません。
『ブギートレイン’03』の録音で増していった味も、決まった音を歌う中に藤本ならではの表情が現れることを、作り手が楽しんでいた例と捉えられます。

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グループでは、自分の歌を全体の流れに置く
ソロで一曲を歌うのとは別に、グループには歌割りを受け持つ難しさがありました。
藤本はグループへの加入時を振り返り、細かな立ち位置やフォーメーションとともに歌割りにも苦労したと話しています。
他のメンバーが何度も披露してきた曲へ入り、歌と動きを合わせる必要がありました。
ここでは、自分の声を聴かせることだけでなく、前後のパートとつながる一曲を作ることが課題になります。
自分の担当箇所を把握し、他のメンバーと同じ進行の中で歌い出す。
藤本が語る難しさは、ソロで歌える力があっても、集団の中でその歌を届けるには別の準備が要ることを示しています。
『置き手紙』で、じっくり聴く時間を作る
『置き手紙』は、2013年の10周年ライブでも歌われました。
当初は予定になかったものの、発売時に各地を一緒に回ったファンにとっても大切な曲だと、セットリストへ加えられた作品です。
その公演評は、声量と安定感を保ち、じっくり聴かせる歌唱だったと記しています。
ファンと声を上げて楽しむ曲が並ぶ公演で、言葉に耳を傾ける時間を作った曲でもありました。
『幼なじみ』では、優しい声で語りかける
『幼なじみ』のようなバラードでは、別の声の表情が記録されています。
2022年の20周年ライブを伝えた音楽ナタリーは、この曲を大人びた優しい声で、語りかけるように歌ったと記しました。
賑やかな曲で見せる存在感とは違う、相手に近づくような歌です。

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同じ公演には、客席とのやり取りで盛り上がる『ロマンティック 浮かれモード』もあります。
この2022年公演では声出しに制限があり、観客は拍手やペンライトで応えていました。
声援との掛け合いがなくても、会場を一緒に盛り上げる歌として機能していたのです。
その一方で、『幼なじみ』では一人に語りかけるような優しさへ向かう。
会場全体へ声を投げかける場面と、近くで話すように言葉を届ける場面が、同じ歌手の中にあるのです。
ピアノや生バンドと、言葉を聴かせる場を作る
2024年のCOTTON CLUB公演では、グループ時代の楽曲『声』をピアノだけの伴奏で歌っています。
多くの音が重なる編成とは違い、声と一台の楽器で曲を運ぶ場面です。
歌詞の入り方やフレーズの終わりまで、二つの音の関係に耳を向けられる選択といえるでしょう。
同じ公演では、テレサ・テンの『時の流れに身をまかせ』も披露しました。
藤本によると、この曲は歌謡曲に取り組む際に教えてもらい、『置き手紙』とともに歌っていた思い出の曲です。
この日は大人の観客に届く歌として選ばれており、曲を知る人の記憶も受け止めながら聴かせる場になっていました。
藤本は2023年のインタビューで、生バンドなら録音された伴奏とは違うこともできる楽しさを語っています。
どの曲を歌えば観客が喜ぶかを考え、自分で選ぶこともライブの面白さになっていました。
声の艶や勢いに加え、どんな伴奏で、誰に向けて届けるかが、歌の表情を作る要素になっています。
『置き手紙』では、別れの中にいる人物を自分の声で歌う。
『ブギートレイン’03』では、録音を重ねる中で作り手を驚かせる味を生む。
曲へ声を当てはめるだけでなく、藤本が歌うことで生まれる表情が、制作とライブの両方で評価されてきました。







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