2020年に公開された「逢いたくていま」のカバーは、高木紗友希の歌を一人の歌い手として知る入口です。
Juice=Juiceで歌っていた頃から、さゆべえとしてのソロ録音までをたどると、その声には出し方を見直した時間と、自分で歌い回しを考える姿勢が重なっています。
強い声を出すことと、歌の気持ちを届けること。
その二つをどう両立させるかが、彼女の歌の歩みを考える軸になります。
高木紗友希の歌を知る入口
『逢いたくていま』のソロカバー(2020年公開)。
2015年の時点で、高木は歌う言葉を大切にできる人になりたいと、ブログの質問に答えていました。
声を伸ばすことや歌い回しを増やすことの先に、何を届けたいのか。
その問いは、後の発声の見直しにも、ソロ曲の録音にもつながっています。
歌への自信の始まりには、聴いた声を自分でも試す楽しさがありました。
2018年の対談では、小学2年生の頃にコブクロを好きになり、車で繰り返しアルバムを聴いて、ハモリを練習していたと話しています。
家族に褒められることが嬉しく、歌う人になりたいと思うようになったそうです。
好きな歌を聴き、自分の声で重ねてみる経験が、後に別の歌い手の技術を学ぶ姿勢にも重なります。
2015年|自分で考えたフェイクが曲に残る
『First Squeeze!』に収められた「生まれたてのBaby Love」は、高木が歌うだけでなく、歌い方を作る側にもいたことを示す曲です。
2015年のアルバム評で、ピロスエはこの曲が高木のソウルフルな歌唱を生かしていると評しました。
終盤でメンバーが順に歌うフェイクも、高木が考えたものだと紹介しています。
『生まれたてのBaby Love』(2015年)の公式音源。
本人も2018年のブログで、録音時に自分が考えて歌った最後のフェイクを、完成したCDではみんなが歌っていて感動したと振り返っています。
ライブで突然思いつくアレンジもあれば、日常の中で思いついて次に試そうとするものもある。
決まった旋律を歌う中に、自分の発想を入れる楽しさが育っていました。
ここで面白いのは、思いついた歌い方が自分だけのパートで終わらなかったことです。
一人で試したフレーズをほかのメンバーが歌い、曲の終盤を受け渡していく。
高木が喜んだのは、そのように自分のアイデアがグループの歌になった経験でした。
同じアルバムの「Magic of Love (J=J 2015Ver.)」も、その歌い回しが注目された曲です。
2018年の楽曲評でピロスエは、高木のフェイクパートなどが、このカバーをグループの代表的なライブ曲へ押し上げたと捉えています。
自分が加えた歌い方が、グループの曲の魅力として定着していったのです。
もとは太陽とシスコムーンの1999年の曲で、Juice=Juiceが2015年にカバーしたものです。
すでに知られた曲を歌う場合にも、自分たちの歌として育てられる部分がありました。
『Magic of Love (J=J 2015Ver.)』の2015年の公式音源。
2015〜2017年|思うように出ない声と向き合う

画像出典:写真掲載元
一方で、本人には声の出し方を見直す課題もありました。
2015年7月のブログでは、菅井先生のレッスンで喉を無理に使わない出し方を学んでいると記しています。
それまで自分では無理をしているつもりがなかったという言葉に、見直しの難しさが表れています。
慣れた出し方も、そのまま続けてよいかを確かめる対象になっていました。
レッスンでは、顎や舌の使い方を少し変えたときに、声が出る感覚を経験しています。
本人はその驚きとともに、教わった方法を自分のものにしたいと書きました。
その場で声を出せることから、普段の歌で使えることへ。
指導を受けたあとの課題も、本人は意識していたのです。
2016年11月、高木は声帯結節の手術を受けたことを公表しました。
それ以前には息漏れや高い声の出にくさがあり、頭の中で思い描いたように歌えないことがあったと説明しています。
彼女にとって大切だったのは、思ったとおりの歌を歌える状態へ戻ることでした。
本人の説明によると、ツアーなどの仕事が続く中で手術の時期を探し、日本武道館公演の終了後に、家族やスタッフと相談して決めたものでした。
歌えないことへの悔しさがある一方、歌を続けるために休む時間を取る判断でもありました。
歌えない期間にも、ほかの歌手の歌を聴き、自分の理想の形を考えていました。
メンバーがレッスンへ行ったと知ると、置いていかれるような焦りもあったそうです。
そこで、ただ音楽を流すのではなく、一曲を聴く間に、自分の歌いたい形をはっきりさせようとしていました。
療養中の11月23日のブログには、以前、先生から何も考えずに子供の頃のように歌うよう促されても、それが難しかったという記録があります。
学んだことが増えるほど、歌い方のことを考えずに歌うのが難しくなる。
歌のために身につけた方法を、歌う瞬間にどこまで意識するかも課題でした。
2017年1月になると、教わった方法が少しずつ身についてきたと書いています。
以前は考えながらでなければできなかったことが、歌う中でできるようになり、声も出やすく感じられるようになった。
聴き手には小さな違いでも、自分には大きな変化だと捉えていました。
新しい出し方を学ぶ段階から、その出し方で歌うことを受け入れる段階へ進んでいたのです。
同じブログには、歌うことがとても楽しいという実感もあります。
身につけた方法は、失敗を避けるためだけのものではなく、再び歌そのものへ気持ちを向ける支えになっていました。
2018年|声の出し方から、届けたい気持ちへ
2018年の段原瑠々との対談で、高木は海外の歌手の技術をまねして練習し、できるようになったものを自分たちの曲へ生かすと話しています。
同時に、発声ばかり考えると、歌で届けたいことを歌えていないと感じることもあると述べました。
身につけた技術を使うことと、歌へ気持ちを向けることの両方が必要になっていたのです。
その対談では、菅谷梨沙子が歌う「Love together」に衝撃を受けたことも挙げています。
高木が受け取ったのは、声の大きさだけでは説明できない、相手へ歌を届ける力でした。
また、自分にない恋愛の経験を歌うときは、身近な人の経験に重ねることもできると考えています。
発声や歌い回しに加えて、誰の気持ちとして歌うかも、表現を探す手がかりになっていました。
フェイクについても、本番で試した表現を客席やメンバー、スタッフが受け入れてくれたと話しています。
自由に歌うことは、自分だけで完結するものではありませんでした。
周囲の反応に支えられながら、次のライブでまた新しい歌を見せようとしていたのです。
声の出し方を学び直しても、何を伝えるかという最初の問いは残っていました。
技術を増やした分だけ、歌へ気持ちを向けることも大切になっていたのでしょう。
ソロの「マイラブ」|一曲の中で歌い方を選び直す

画像出典:写真掲載元
さゆべえ名義の「マイラブ」は、2023年に配信されたソロ曲です。
ドラマ『ブラザー・トラップ』のエンディング曲として、プロデューサーの阿部愛沙美から依頼されました。
阿部が評価していたのは、高音に加え、声や息、表情を通して曲の世界を伝えるところだったといいます。
2023年3月の公開対談では、グループ時代の一曲一時間から一時間半ほどの録音に対し、この曲は約五時間をかけ、歌い方を聴き比べて選んだと説明しています。
「マイラブ」では、主人公の気持ちに沿って、冬から春へとイメージが移っていきます。
後半は笑顔で明るく歌うことも試し、一曲の中で声の表情を変えていました。
一つの強い印象を残すだけでなく、最初から最後まで、人物の気持ちの動きを自分の声で運ぶ録音です。
さらに、終盤の一節を高く歌うよう求められ、しばらく歌っていなかった高さに不安を感じたとも明かしています。
練習と録音を通じて、その曲に必要な歌い方を探したのです。
本人にとって、こうしたゆったりした曲は、必ずしも得意なものではありませんでした。
勢いに任せると歌が強くなりすぎるため、言葉を届けることを意識したと話しています。
2015年に語っていた目標は、ソロになった後も、一曲の細部を選ぶ基準として残っていました。
『マイラブ』(2023年)の公式パフォーマンス映像。
自分でフェイクを作ること、声が思うように出ない状況で方法を見直すこと、一曲のためにいくつもの歌い方を試すこと。
高木紗友希の変遷には、歌の自由と、その自由を支える準備の両方があります。
その発声と表現の関係は、高木紗友希の歌い方で取り上げています。







コメント