段原瑠々の歌を、よく通る声や高音の印象だけで捉えると、本人が考えていることを見落とします。
自分らしさをどこに入れるか、歌い上げるのをどこで控えるか、誰と声を重ねるか。
声の出し方を学びながら、それを曲の表現へつなげてきた人です。
声の個性を、歌い回しで作る
段原は、幼い頃からスクールで歌とダンスを学んできました。
その頃の自分の歌を、癖が少なく、どこにでもある声のように感じていたといいます。
2021年に語った、歌い回しで自分らしさを出したいという考えには、この自己評価がありました。
本人が挙げたのは、喉を絞る、開く、声を裏返すといった感覚です。
持って生まれた声質を変えようとするより、曲のどこで音を強調し、どこに小さな癖を加えるかを考える。
段原にとって歌い回しは、習ってきた歌を自分の歌にするための工夫でもあったのです。
低い声とファルセットも、出し方を探してきた
2018年には、低い声と、裏声であるファルセットの安定を課題として挙げていました。
菅井先生のレッスンで、別の出し方なら声が出やすくなると教わり、練習中にはできる瞬間もあったといいます。
ただ、一度できれば身についたわけではありません。
本人によれば、レッスンは理屈で手順を教わるというより、うまく出たときの感覚を覚える進め方でした。
練習中に出せた声を安定して使えるように、その感覚をつかむことが当時の課題だったのです。
段原が増やしたかったのは、曲の印象に合わせて使える声の選択肢でした。
2022年には、担当するフェイクが増え、その歌い方を先生へ相談しているとも話しています。
自分の音域や歌い方を、指導を受けながら確かめています。
音域を広げる練習は自分でもする一方、その方法が合っているかを先生に確認する、と本人は説明しました。
歌いたい形が先にあり、それを出す方法を相談する。
得意な高音をさらに目立たせるだけでなく、任されたフェイクをどう表現するかが、練習の具体的な目的になっています。

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歌う声と話す声を、本人は別の感覚で捉えている
2020年のブログで段原は、話す声と歌う声の調子が、必ずしも同じにならないと書いています。
歌った直後は普段どおりに話しにくく、話しているうちに声が安定してくることもあるそうです。
本人にとっては、歌声から話し声へ切り替わる途中の感覚でした。
歌う声の中へ、会話のような温度を持ち込む表現もあります。
「がんばれないよ」で求められた、息を出す程度の感覚で歌うという指示は、その一例です。
一音ずつを立派に聴かせることを控え、口ずさむような声で気持ちを表しています。
録音した時点では、本人も、この控えめな歌が作品になってよいのか不安だったそうです。
ところが、自分の考えで歌ったものと、指示を受けたものを聴き比べると、後者のほうが曲に合うと感じました。
歌っている最中の手応えだけで判断せず、録った声を聴き直したことが、新しい表現を受け入れる手がかりになったのです。
ここでの息の使い方は、歌の主人公が落ち込んで帰る場面と結びついています。
力を抜くことそのものが目的ではなく、大きく歌い上げる気持ちにはなれない人物を表すための選択でした。
声を十分に響かせられる人だからこそ、その力をどこまで使うかが表現の分かれ目になります。
明るい声にも、大人っぽい声にも人物の理由がある
「POPPIN’ LOVE」では、かわいさをもっと出すよう促され、本人にとっても特に明るい声のトーンを試しました。
男の子に振り回される女の子を、リズムの動きと一緒に表したかったと話しています。
「がんばれないよ」で歌い上げるのを控えたこととは、別の方向に声を広げる経験でした。
一方、「Mon Amour」では、普段の自分とは異なる強い女性を演じることを楽しんでいます。
段原を含む四人で歌う曲で、終盤の掛け合いや井上玲音のフェイクもお気に入りとして挙げました。
曲の人物になったつもりで声を選ぶことと、他の声が入ることで場面がどう動くかを楽しむことが、一緒になっています。
一人で歌う声と、重ねる声を考え分ける
Juice=Juiceでは、歌の途中で次々に声が受け渡されます。
「四の五の言わず颯(さっ)と別れてあげた」の録音でも、段原のフェイクに井上玲音のハモリが加わりました。
段原自身も、その重なりによってかっこよくなったと話しています。
先に段原が録音し、井上が後からハモリを試したところ、採用されたという経緯でした。
最初から二人の見せ場として決められていたものを録るだけでなく、すでにある歌へ別の声を加えて、曲の可能性を広げた例です。
段原のフェイクはそのまま一人の技術を示す部分にもなり得ますが、この曲では声同士の組み合わせが魅力になりました。

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声を重ねず、ソロをつなぐ部分にも調整があります。
「四の五の言わず颯(さっ)と別れてあげた」では、恋愛を経験してきた大人の女性を制作側と共有しながら、段原自身の大人っぽさと、グループ全体でのまとまりを両立させようとしました。
一人の声を最大限に押し出すだけでなく、前後に違う年齢や個性のメンバーが歌うことも考えていたのです。
準備した声を、本番では動かせるようにする
2026年の取材で段原は、リハーサルでは歌い方や表情を決め、本番ではメンバーの影響を受けたいと話しています。
準備したとおりにしか歌えない状態にするのでなく、その日の仲間の歌で、自分も変われるようにしていました。
リハーサルで後輩から相談を受けたときにも、自分と同じ表現にすることだけを求めてはいません。
Billboard JAPANの取材では、複数のやり方を提示して、選べる方法を増やしたいと話しています。
教えるために考えると、自分にも新しい疑問が生まれるという説明でした。
歌い方を言葉にして伝える時間も、自分の表現を確かめ直す機会になっています。
2025年のバンド編成のライブでは、メンバーの歌の遊びに演奏側も応え、熱が高まっていったと振り返りました。
歌手の変化に伴奏も反応するため、準備した音源へ声を乗せる場合とは違う楽しさがあります。
メンバーに影響を受けたいという姿勢は、演奏する相手とのやり取りにもつながっているのです。
声の出し方を覚えることと、毎回同じ声を出すことは別です。
使える声があれば、その場で別の表情を選べる。
段原の発声を考える面白さは、声の強さと、その声を動かす自由がつながっているところにあります。
その選択肢をどう増やしてきたかは、段原瑠々の歌唱変遷でたどっています。







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