尾崎亜美は、声を張ると、つるりとした響きではなく、歪みのある声になると話しています。
その声でも可愛らしくありたい、というのが本人の考えです。
ハスキーな声でどんな気持ちを伝えるか。
その響きの生かし方と、作品に残す歌の選び方をたどります。
スープ 正規配信音源(2012年「soup」収録版)
柔らかく歌う声と、張ったときのハスキーさ
2012年のインタビューでは、柔らかく歌うときと、声を張って少しハスキーになるときの違いが話題になりました。
本人も、張った声には歪みが出ると認めています。
そのうえで、歪みがあっても可愛い声で歌いたいと話しました。
滑らかな声だけを理想とするのではなく、張ったときに出る質感も、自分の歌の中で生かそうとしているのです。
本人の目標には、声を張ったときにも、歌の表情を大切にする意識が見えます。
力強い声で、優しい気持ちも歌う
2018年の本人取材でも、尾崎亜美は、ハスキーな声でいろいろな表現ができるよう心がけていると話しています。
歌には力強さが必要でも、優しさや切なさ、愛おしさを伝えたい。
自分の感情を激しく押しつけるような歌にはしたくない、という考えもありました。
ハスキーな声の持ち主である本人が、その声で柔らかな気持ちも届けようとしていました。
本人の中には、歌い手を動かすプロデューサーとしての自分もいます。
別の歌い方を試してみるよう、自分自身に注文する。
その働きかけが、同じ声から異なる色合いを出すことにつながったと、本人は捉えています。
相手の声を生かして、自分の歌い方も動かす
『Life Begins at 60』では、共演者に合わせる作業が自分の歌にも変化をもたらしました。
miwaと歌う「マイ・ピュア・レディ」は、まず彼女が伸びやかに歌えるよう、キーも含めた環境を整えています。
その後で、自分がどのように加われば二人の歌になるかを考えたそうです。
自分の代表曲であっても、以前の歌い方をそのまま重ねることを出発点にはしていません。
槇原敬之と歌う「1グラムの歌」では、逆に槇原が尾崎のオリジナルのキーを希望しました。
本人は、そこで生まれた槇原の裏声の温かさを喜び、自分のほうが男らしく聞こえるかもしれないと話しています。
編曲や相手の声との出会いから、自分も歌い方を少し変えたと説明していました。
二人の声を似せるだけでなく、違う質感が並ぶことにも、新しい表現の可能性を見ていたのです。
制作では、若い共演者に口の開け方やアクセントも提案しています。
一方で、すでに自分の世界を持つ歌手には、自由に歌えることを大切にしていました。
どこを細かく整え、どこを相手に委ねるかという判断も含めて、声の表情を作っています。
共演盤は、同じ旋律を違う声が引き継ぐところや、二つの声が合わさるところに注目すると、こうした考えをたどりやすい作品です。
「スープ」——歌い直すより、そのときの声を残す
2012年のアルバム『soup』の表題曲「スープ」には、自宅で作ったデモの歌が使われています。
この曲は、自分の音楽を愛してくれていた人を亡くし、その悲しみを優しい歌にしたいという思いから生まれました。
尾崎亜美は、このテイクでは、歌おうと意識しなくても、言葉とメロディーに導かれるように歌えたと話しました。
ところが、その後は歌おうとしても悲しみが強く、歌えなくなったといいます。
大切な人を失った多くの人々を思い、今こそ歌う必要があると気持ちが動いたのは、東日本大震災を経てからでした。
アルバムに残す声として選んだのは、曲が生まれたときのデモでした。
機材を整えた録音よりも、その場で言葉とメロディーに気持ちを託せた歌が、この曲には合うと感じていたのです。
歌い直せば、最初と同じ気持ちを再現できるとは限りません。
「スープ」の選択には、そのときにしか残せなかった表現を大切にする判断がありました。
どんな声なら、その曲の気持ちを運べるのか。
張った声の可愛らしさを考えることにも、「スープ」のテイクを選ぶことにも、声から伝わるものを大切にする姿勢が表れています。

画像出典:写真掲載元
同じ歌でも、何を込めるかを選び直す
2021年の『Bon appetit』にも、歌う自分を客観的に見つめる姿勢が表れています。
「月を見つめて哭いた」は、大人のラブソングを歌う自分への、プロデューサーとしてのリクエストだったと本人は説明しています。
一方、「Jewel」は過去の時間へ戻るような気持ちで歌った曲でした。
同じアルバムの中でも、歌の主人公との距離や、思い描く場面を変えているのです。
藤田恵美に提供した「潮騒」を自分で歌った際には、鎮魂の思いを改めて込めています。
藤田の優しい歌声の版も好きだとしたうえで、自分が今その歌を歌う意味を選び直していました。
「To Shining Shining Days」では、ソウルの雰囲気を持つコーラスを気に入っていると説明しています。
歌声の魅力は主旋律だけにあるのではなく、重ねる声の表情にも及んでいます。
この録音で小原礼はボーカル録音のエンジニアも務め、自宅でコーラスを録り、編集する尾崎の作業を振り返っています。
尾崎は歌った後の選択にも関わり、作品としてどんな声を残すかまで考える人です。
「スープ」で最初の歌を残した判断と、別の曲で新しい気持ちを込め直す判断は、その曲に必要な表現を選ぶという点でつながっています。
別れの歌からも伝わる、穏やかな優しさ
その表現が客席にどう届いたかを知る例に、2026年10月の東京国際フォーラム公演があります。
会場で聴いた音楽評論家の田家秀樹は、小原礼と二人で歌った「オリビアを聴きながら」に、しみじみとした優しさを感じたと記しています。
悲しい別れの曲でありながら、聴いている自分は穏やかな気分になったという感想です。
田家は、昔と同じ声だと評価するのではなく、丁寧に歌う姿から、今の歌として伝わるものを感じたとも記しています。
声の変化があっても、その日の表現を受け取ろうとする聴き方です。
これは、この日の演奏に触れた人の受け止め方ですが、本人が語ってきた歌唱の理想を考える具体例になります。
悲しさを扱う曲でも、強い悲しみをそのまま聴き手へ押しつける必要はない。
ハスキーな声で力を示しながらも、その中に優しさや愛おしさを残すという目標は、曲を受け取る側の気持ちにも関わっています。
声のざらつきだけを特徴として捉えると見落としやすい、尾崎亜美の表現の大切な部分です。
若い頃と後年の歌いやすさの違い、声帯手術を経た今の声との向き合い方は、尾崎亜美の歌唱変遷でたどっています。







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