南沙織の歌い方・発声|『17才』の低音と、まっすぐ伸ばす語尾

公式ギャラリーに掲載された南沙織 シンガー
公式ギャラリーに掲載された南沙織

『17才』の南沙織には、初々しさとともに、太さを感じさせる低音があります。
爽やかな曲の中にも、声そのものの厚みがある。
その質感が、南沙織の歌声を印象づけています。

また、『潮風のメロディ』では、語尾をまっすぐ伸ばす歌い方が特徴です。
声の質感と、長く伸ばす音の扱いから、歌い方を見ていきます。

『17才』、初々しい曲に響く低音

1971年のデビュー曲『17才』を、藤原陽祐は、初々しさの中でふと低い声が艶やかに響く歌として評しています。
注目しているのは、曲全体を大人びて歌い込むことより、明るい歌の途中で現れる声の表情です。
優しさと太さを併せ持つ低音が、一曲を幼さだけでは捉えられないものにしている、という見方です。

この場合、低音に厚みがあることと、強い声で押して歌うことは分けて聴くと分かりやすくなります。
声の太さは音色の印象であり、歌い方の強さは、その音をどのくらい目立たせ、どう次へつなぐかにも関わるからです。
『17才』の明るさと、低い声の落ち着きは、一方が他方を打ち消すものではありません。

曲を聴き返すときは、歌い出しからずっと同じ声の表情が続くと思わず、旋律が低いほうへ動いたときの響きを追ってみてください。
声に厚みを感じる箇所の前後で、言葉の運びはどう続いているか。
低音だけを切り離さず、フレーズの中に置いて聴くと、爽やかさと落ち着きが両立する理由をつかみやすくなります。

公式ギャラリーに掲載された南沙織
公式ギャラリーに掲載された南沙織。
画像出典:写真掲載元

『潮風のメロディ』、サビの語尾をまっすぐ伸ばす

同じ1971年の『潮風のメロディ』には、長く伸ばす声の特徴が表れています。
高護はこの曲の解説で、南沙織が語尾をストレートに歌うことを挙げています。
サビで言葉を伸ばすところにも、声を大きく揺らす歌い回しを加えていないという分析です。

高護が具体例にしているのは、サビ前半で語尾の母音を長く保つ部分です。
そこで大きく揺らしたり、音を何度も回したりせず、伸びる線をまっすぐ保っていると分析しています。
Aメロには軽くアクセントを加える箇所もありますが、それを曲全体の癖にしない。
装飾を増やさなくても、言葉の置き方で旋律の表情を作る歌唱として捉えられています。

また高護がいう自然なビート感は、歌を先へ急がせることでも、遅らせてためることでもなく、音符に対して素直に言葉を置くことです。
語尾を長く保つ部分と、次の言葉に入るタイミングを合わせて見ると、「まっすぐ歌う」の中身が分かります。

ここでいう「まっすぐ」は、すべての音を同じ強さ、同じ長さで歌うということではありません。
メロディには短い音も長い音もあり、言葉を発する瞬間と、母音が残る時間もあります。
伸ばした声に装飾を加えるかどうかと、歌詞に表情をつけるかどうかは、別に考えられるのです。

例えばサビを聴くとき、まず言葉の最後の母音に注意を向け、次にその前の言葉が入る瞬間へ耳を戻してみる。
長い声だけを追ったときと、短い言葉からそこへ至る流れを追ったときでは、曲の見え方が変わります。
高護の指摘を手掛かりにすると、南沙織の自然さを、雰囲気だけでなく、音の始まりと終わりから考えられます。

『純潔』、短く切る歌の手本

小泉今日子が中学生の頃、レッスンでよく練習したのは『純潔』でした。
出だしを口ずさみながら、スタッカートのように音を短く切る曲なので練習になる、と教わったことを振り返っています。

これは、南沙織がどの曲でも言葉を切って歌うという意味ではありません。
『潮風のメロディ』では長い語尾をどう保つか、『純潔』では短い音の区切りをどう刻むか。
伸ばす曲と切る曲を並べることで、声質だけでは説明できないリズムの違いが見えてきます。

短く切る歌では、声を出している時間と、次の言葉までの間が一組になります。
一音ずつの区切りを聴けば、軽快さが速いテンポだけから生まれるわけではないことも分かります。
『純潔』がレッスンの題材になった話は、声の魅力にひかれて聴いていた曲にも、言葉を扱う具体的な課題があることを示しています。

小泉が練習した出だしは、一曲の第一印象を作る箇所でもあります。
最初の言葉の区切りから聴くと、旋律の勢いを声がどう伝えるかが分かります。
その軽快な入口と、『潮風のメロディ』の長く続く語尾を比べると、同じ歌手の持つ二つの表情を具体的に追えます。

公式ギャラリーに掲載された南沙織の笑顔
公式ギャラリーに掲載された南沙織の笑顔。
画像出典:写真掲載元

『哀愁のページ』、語りから歌へ入る声

1972年の『哀愁のページ』では、歌声だけでなく、冒頭の英語の語りも入口になります。
音楽解説者の榊ひろとは、この語りに導かれて展開する、スローなバラードの世界を取り上げています。
旋律を歌い始める前から、聴き手と声との距離が作られている曲です。

語りでは、言葉の意味や抑揚を頼りに耳を傾け、歌に入ると、そこへ音の高さと長さが加わります。
同じ声が話すときと歌うときで、何が変わり、何がつながっているのか。
そこへ注目すると、声の美しさだけとは違う聴き方ができます。
『純潔』のように短い音を刻む曲と並べれば、言葉を置くための時間の違いも感じ取りやすくなります。

声が伴奏やコーラスの中でどう聴こえるかも、南沙織の曲を楽しむ手掛かりです。
榊は『ひとかけらの純情』について、男女の混声コーラスを取り入れた作りを挙げています。
主旋律を歌う声と、後ろから支える声を分けて追うと、一人の声の輪郭と、曲全体の厚みを聴き分けられます。
歌が豊かに聴こえる理由を、主役の声量だけで考えずにすむのです。

『グッバイ・ガール』の日本語版と英語版で言葉を聴く

言葉と旋律の関係を確かめるには、1978年の『グッバイ・ガール』も手掛かりになります。
このシングルには、日本語の歌唱と英語版が用意されています。
同じ歌手、同じ曲を、異なる言葉で聴ける例です。

比べるときは、まず同じメロディの短い一節を選び、どこで言葉が区切れ、どの音が長く残るかに注意を向けるとよいでしょう。
日本語と英語では一つの言葉の中に含まれる音の数も、意味のまとまりも違います。
旋律を覚えている曲でも、言葉が替わると、耳が拾うアクセントは同じとは限りません。

語尾の母音を伸ばす『潮風のメロディ』、短い音の区切りを持つ『純潔』、語りから始まる『哀愁のページ』。
そこへ二つの言語で歌う曲を加えると、南沙織の歌を、爽やかな声という一言から、言葉を音楽にするさまざまな働きへと広げて聴けます。
声の厚み、音の長さ、言葉の入るタイミング。
この三つを別々に追ってから一曲を通して聴くと、まっすぐな歌唱の中にある表情が見つけやすくなります。

『色づく街』などで表現が広がった過程は、南沙織の歌唱変遷でたどっています。

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